第5話
その日児童公園で出会った女の子はロングヘアーの似合う、大人しそうな小柄な女の子だった。
女の子はブランコに一人で座って、不安そうな顔をしていた。まるで両親に置いていかれてしまった迷子のような、そんな孤独感が表情からは伺えた。
『なあ、そこのお前』
『え、私?』
『そうだよ。お前、何してんの?』
きっとこの子は笑ったらとてつもなく可愛いんだろうな、なんてそんなことを勝手に思って、俺はその子に声を掛ける。
『えっと……分かんない』
『は? 自分のことなのに、分かんないって何それ』
『ご、ごめんなさい。怒らないで』
俺のぶっきらぼうな口調が怖がらせてしまったのかもしれない。女の子は目をうるませてしまった。反省。
『別に怒ってねえよ』
できるだけ優しい口調になるように気をつけて話す。女の子は泣かせてはいけない、この前マンガの主人公がそう言っていたからきっと間違いではない。
『なあお前暇ならさ、俺と遊ぼうぜ』
この日の俺は一緒に遊ぶ約束をしていた友達にドタキャンを食らってしまって、途方にくれていたところだった。宿題なんかはやる気にはなれないし、家にある本もゲームももう飽きてしまっていた。
『え、私と? いいの?』
彼女の顔がぱあっと明るくなる。その瞬間、心臓がドクンと大きく動いた気がした。
『ああ、もちろん。俺は啓介って言うんだ。お前は?』
『私の名前は――――』
※ ※ ※
「……くん……けくん、啓介くん。朝だよ、早く起きて?」
俺を起こす声と、身体を優しく揺さぶられる感触。意識がゆっくりと覚醒を始める。
内容は覚えていないが、変な夢を見ていた気がする。何故だか懐かしい感じがする変な夢だった。
「ん、あ。俺は……まだ寝るんだ……」
まぶたは酷く重い。誰に起こされたって、俺はまだこの布団の中で安らかに眠り続けるのだ。だって眠いから。
「早く起きないと、学校遅刻しちゃうよ?」
俺を揺さぶる力が徐々に強くなってくる。うざったい、俺は寝るんだ、まだ寝足りないんだ。
「ちっ、うっせえなあ……今日の午前中は寝てるって決めたんだよ」
「サボりなんてそんなのダメだよ。ほら啓介くん、私と一緒に学校行こ?」
その言葉に抵抗するように、俺は布団をぎゅっとつかんで丸くなる。芋虫作戦だ、起きてたまるかってんだ。
「俺は眠いんだ、放っといてくれ」
「本当にネボスケさんさんなんから。……こうなったら、えいっ!」
「うおぁっ!!」
掴んでいた掛け布団を思いっきり剥ぎ取られた。
「ほらほら啓介くん、早く着替えて学校行くよ?」
「ん~、ったく。あんだよ……」
ここでようやく俺は上半身を起こして、瞳を開いた。
「………………………………………」
「いつまでボーっとしてるの? 早くしないと遅刻しちゃうってば」
制服姿の美少女が、俺の部屋に立っていた。
「………………………………………」
雪のように白い肌、黒目がちの大きな瞳、長い睫毛、桜色の小さな唇。その顔立ちはまだ幼さを残すが、恐ろしく可憐だ。腰まで届くその長い黒髪は絹のようにサラサラで、カーテンの隙間から差し込む朝日にキラキラと輝いていた。
「………………………………天使?」
身長は高すぎず低すぎずあくまで標準的、いや理想的といっていい。双丘は大きすぎず、かと言って小さすぎず。これからのさらなる発展を予想させる可能性に満ちた膨らみだった。そしてミニスカートからスラリと伸びた脚は黒のニーソックスで覆われ、その美しさをたたえている。思わず無しゃぶりつきたくなる絶対領域も当然完備していた。文句なし、至れり尽くせり、パーフェクト、そのまま画面の中にいたっておかしくないほどの美少女だった。
「もう、まだ寝ぼけてるの?」
一体この状況は何だ、どういうことだ、どうしてこんな美少女が俺の部屋にいる? どうして俺の名前を呼んでいる? どうして俺を起こしに来ている? 何だ、何なんだ、理解ができない。
「……………そうか。何だ、夢か」
やはりエロゲばかりやり過ぎるとこういう夢を見てしまうのだろう。俺の脳みそも限界が近いのかもしれないな。まあそれでもエロゲを辞めるつもりはないけど。
「こらこら、寝ちゃダメだってば!」
幻覚が再び寝転がった俺を引き起こす。
「なぜだ、なぜ幻覚が俺に触れられるんだ?」
「もう何言ってるの啓介くん? いいから早く、着替えて着替えて」
どうしてだ、夢じゃないのか。
「……………痛い、な」
念のため、こういう時にありがちな頬をつねるという古典的な手法で確認してみた。
「ホッペつねったら痛いのなんて、当たり前だよ。啓介くん、大丈夫?」
「お、おう。俺は大丈夫だ、正常だ、問題ないぞ。うん、大丈夫大丈夫」
「ふふ、変な啓介くん、じゃあ先に下降りてるからね。早く着替えてよ?」
柔らかなほほえみを残して、謎の美少女は俺の部屋を出て行く。
「ま、待て! ちょっと待ってくれ!」
まるで何事もないかのように部屋から立ち去ろうとする彼女を引き止める。
「ん? 何?」
意外そうな顔をした彼女に、俺は意を決して尋ねる。この問題を置き去りにして先に進むことは出来ない、やってはいけない、流されてはいけないのだ。
「…………お前は、お前は誰だ?」
この状況が夢ではないのなら、彼女が俺のエロゲ脳が創りだした幻覚でないのなら、しっかり確認しなければならない。確認して、そしてどうするのかを考えなければ。
「もう、啓介くん。酷いなあ」
俺の言葉にまたしても彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、
「『幼馴染』の顔も忘れちゃったの?」
――――こう、言ったのであった。
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