第4話
「ただいまー」
ランニングを終え、自宅へと戻った俺は元気よく帰宅を告げる。
「……ま、誰も居ないんですけどねー」
哀しい独り言を呟きながら靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
俺の両親は仕事人間だ。父親は世界を飛び回る一流企業の商社マンで、もう一年近く会っていない。母親は大手学習塾の講師で、こちらも激務で職場の近くにマンションを借りてほとんどそこで寝泊まりしている。そういえばこちらともしばらく顔を合わせていない気がする。このように、我が家の家族関係は非常に冷えきっている。
「今日の晩飯はどうすっかなー」
別に寂しいだとか、そういうのはない。こんなのは小学生の時からずっとだし、むしろ自由でありがたいくらいだ。学校の成績にもとやかく言われないし、リビングの大きなテレビで堂々とアニメも見れるしゲームも出来る。お小遣いの使い方もうるさく言われないから、好きなものを買える。唯一不自由な点は『黙っていてもご飯ができる』なんていうのが無いことくらいだ。
「栄養のあるものをしっかり食べる、ねえ……」
すみれ先生に言われたとおり、まず俺はよく動いた。そうすると次はよく食べる、ということを実行しなければならない。
いつもの俺の晩飯はコンビニか、ラーメン屋か、牛丼屋か、ハンバーガーか、極希に宅配ピザか、こういったものを気分でローテーションさせている。そうなるとさてしかし、正直どれもジャンクフードだらけで栄養のあるものというのは難しい。
「よし、こうなったら自炊するか」
俺は自炊はしないだけで出来ないわけではない。早速冷蔵庫の中を確認する。冷凍庫に豚肉を発見、これでタンパク質はオーケー。
「ご飯は冷凍のが沢山あるし炭水化物もオーケーだな」
後はビタミンだな。野菜が欲しい。
「野菜やっさい、野菜はないかな~っと」
冷蔵庫の中を更に物色する。
「お、もやしだ! あとは……チューブのにんにく見っけ。じゃああれを作るか」
早速見つけた材料で俺は調理を始める。
「ああ、料理が得意な幼馴染とかいたらなー」
幼馴染キャラは料理や掃除などの家事全般が得意である場合が多い。世話を焼いてくれる女の子というのは、やはり魅力的なのだ。逆に自分が世話をしないと生きていけない系の生活能力皆無な幼馴染も嫌いじゃないが、でも幼馴染の王道は家庭的なキャラだろう。
「ま、結局美少女なら何でもいいんだけどなー、ぬははは」
豚肉ともやしを炒めながら一人で笑う。愉快な夕方だった。
「さあそろそろ完成だ……」
ご飯山盛りの丼の上に炒めたもやしと豚肉を載せて、すりおろしにんにくを山ほどぶっかける。
「ふふふ、なかなかじゃないか」
今日の晩飯、名付けて『二郎丼』。ニンニク野菜マシ、丼の上に高い塔が聳え立つ。
「ビタミン、食物繊維、タンパク質、炭水化物、完璧だぜ!」
完璧過ぎる自分の才能に戦慄する。
「いっただっきまーす!」
山盛りの野菜をかき分け、下からご飯を掬い上げ掻き込んでいく。うん、久しぶりに作ったにしてはいい出来だ。
『次のニュースです。昨今世間を騒がせていた連続爆弾魔が、無事逮捕されました』
何となく点けていたテレビからそんなニュースが流れてきた。
最近良く流れていた爆弾魔のニュース。政府機関などにも爆弾が仕掛けられたりして大きな騒ぎになったが、しかし警察は中々犯人を特定できず捜査は難航していたようだった。この犯人の逮捕、世間にとっては非常に重要なことなんだろうが、ごく普通の高校生の暮らしにはあまり関係がない。差し迫っては目の前の丼のほうが俺にとってよっぽど重要で、エロゲーの発売日の延期のほうが俺の生活に密接に関わっているのだ。
「さってと、夕方アニメでも見るかなあ」
テレビのチャンネルを回して俺は二郎丼を食い続けた。
「……くそ、バドル地獄全然終わんねえぞどうなってんだこれ。……ああっ! また死んだあ……」
その晩、いつもの様に俺は自室のPCの前で趣味に打ち込んでいた。
「やっぱ装備とコンボに問題があるのか? それとも主人公機にこだわっているのが間違いなのか?」
ちなみにロボットバトルもののエロゲで、本編はクリアしたのだがやりこみ要素が多すぎて全く終わる気配を見せない。
「隠しシナリオ開放条件ムズすぎんだろ……」
夕食が終わって、結構な時間プレイしているのだが終りが見えない。霧島レイちゃんの追加シーン回想を見たいがために俺はひたすら迫り来るロボットたちと格闘していた。
「んあー、身体がいてえ」
長時間同じ体勢をとっていたため身体が軋む。首や肩をぐるりと回して凝りをほぐす。
「さって、そろそろ寝るかあ……って、うわ」
時計を見るともう午前三時だった。晩飯を食い終わって、そして風呂をでたのが九時くらいだから、そこからノンストップで六時間ほどゲームしてたということになる。
「よく食べる、までは良かったんだけど、このままじゃよく寝るが実践できなさそうだな」
明日もいつも通り学校があるので、朝七時には起きないと遅刻してしまう。そうなると急いで寝たって、もう四時間くらいしか寝られない。
「さて、どうしたもんか……」
ここまで健全になるための三箇条、『よく動いて』『よく食べる』の二つは実行できた。そうなるとなんとかもう一つの『よく寝る』も実行したくなるのが人情というものだろう。だがしかし、時間的に考えればどうやっても『よく寝る』のは無理だ。
「……う~ん、仕方がないな。よし!」
覚悟を決めた俺は目覚ましの設定を解除、そして携帯の電源を切った。
「決めた、俺は寝る。寝てやる」
父親は絶対に帰ってなんかこない、母さんもきっと職場近くのマンションに泊まりこみだろう。もしこちらに帰ってきたとしても俺が起きるより早く出勤する。目覚ましと携帯さえ落としてしまえば、俺の眠りを妨げるものはもう何もないのだ。
「起こしに来る幼馴染なんてのもいないしな、はっ」
どうせ授業にいったところで碌に教師の話も聞かないのだから、遅刻していったって大した問題ではない。明日の午前の授業はまだ今学期になってから一回も欠席していないし、成績の問題もなし。もうちょっと、もうちょっとだけ切りの良いところまで進めてから寝よう。うん、そうしよう。
「……そしたらもう一時間ぐらいやってもいいか。よっしゃあ、オープンコンバット! ……と、その前にカップ麺作って来よ。ネギらーめんっ、ネギらーめんっ」
どうせ、明日も変わらない日常が待っているんだ。焦ることは何もない。
その時俺は、呑気にもそんなことを考えていた。
これから訪れるとんでもない毎日のことなんて、この時の俺には全く知る由もなかったのだ。
「……ふぁい、もしもし水瀬です……ええ、もちろん寝てたわよ、今何時だと思ってるの? 5時よ、5時。もう殆ど朝じゃないの。で、用件は? ……そう、遂に始めるのね。でもどうしてこんなに遅くなったのよ、今日は早く寝るよう彼には言ってたのに。……え、今やっと寝たって? 全くあの子は人の話を聞かないんだから……。まあ良いわ。それじゃあ言われなくても分かってるとは思うけど、上手くやりなさい。これからやっと、あなたの待ち望んだ生活が始まるんだから。……はあ、何今更不安になってるのよ。……だってぇ、じゃないわよ。あなた、この件のためにどれだけの数の人が動いてるのか、分かってるの? ……彼なら大丈夫よ、今日直接話してみてそう思ったわ。……ええ、ええ。そうよ、頑張りなさい。じゃあ、切るわよ。……はい、お休みなさい。成功を祈ってるわ、それじゃ」
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