第2話

目が覚めると、不思議な庭にいた。小さな家と大きな木があって、色々な花が咲き乱れている。私の目の前には、入れられたばかりの紅茶と焼きたてのクッキーが置かれていた。

テーブルを挟んだ向こう側には、金髪の美しい女性が頬杖をついて私を見ている。どんな表情をしているのかはわかるのに、どんな顔つきなのかよく分からない。白い靄に隠されたような不思議な感じだ。

「おはよう。気分はどうかしら?」

「えっと、悪くないです。」

ソプラノの綺麗で落ち着いた声上司の甲高いだけの声と違って、私を落ち着かせてくれる。行きなりの事だったけれど、怖いことは何もない。

どうぞと薦められるままに紅茶を一口飲む。いい香りと温かさにほっと体の力が抜けていく。クッキーをひとつふたっつと摘まんでいく。

紅茶を半分ほど飲み終えた所で女性が私を眺めていたことに気付く。

「すみません。こんなにゆったりとしたお茶の時間って久しぶりで…」

「いいのよ、ゆっくりと味わって」

私のカップに紅茶とミルクを足してくれる。あまりの美味しさに一気に飲み干してしまうほどに好みの味だった。

置かれていたティーポットに新しいお湯を入れる。

「実はね、貴女にお話があってここに呼んだのよ」

おいてあった砂時計をひっくり返した。

「貴女は今、仮死状態にあるの」

「仮死状態?」

「ええ、言わば生と死の間をさ迷っている状態なのよね」

顔の前で手を組み真剣な眼差しで私をみてくる。

「貴女には今二つの選択肢があるの。1息を吹き返して今までの生活に戻る。2新しく産まれかわって新しい人生を歩んでいくか。選んでちょうだい。この砂時計が落ちきる前に」

女性にふざけている様子はない。

今のまま生き返る…。きっと生き返っても何も変わらない、今まで通り上司にイビられて廻に助けを求めることも出来ず同じことを繰り返す気がする。今回のことで周りは変わるかもしれないけれど、私はきっと変われないのだから。だったら…

「2でお願いします。私を新しく生まれ変わらせてください。」

自然と答えは出ていた。

「貴女ならそう言うと思っていたわ。ちょっと作業があるから、お茶とお菓子食べて待ってて?」

女性はどこからかバインダーを取り出し見始める。

私は言われた通りクッキーに手を伸ばすサクッとしていながらもどこかしんなりしているクッキーがとても気に入っていた。一枚、二枚と食べて、紅茶を一口飲む。じんわりとした温かさが体の隅々まで行き渡っていく。まるで、冬の寒い日に外で温かいココアを飲んだときみたいな温かさ。

ゆっくりと紅茶をのみ終えると身体中が暖かくなっていた。けれど、少しだけ物足りなさが残っていた。もう一枚だけクッキーに手を伸ばし、かじる。これだ、私が求めていたのはこれだとしっくり来た。

「よっし!」

女性はバインダーから一枚の紙を抜き取ると何かを書き込み終わると、折り紙を作り始めた。

「これはね、方舟であり揺り篭なのよ。貴女を導くためのね」

舟を川に浮かべる。沈むこともなく、その場に留まり続けている。不思議な光景を眺めていると、背中を強く押された。バランスを崩して、顔面から川に入ってしまうと思ったら、私は舟に吸い込まれる。

いや、私自身が舟になったと言えばいいのだろうか、ゆっくりと流れに乗り始める。

女性はにこやかな笑顔で手を降っていた。

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