気になるふたりのスタッフ
通っているスポーツジムは、開館して8年経っている。大手不動産会社が経営していて都内には10カ所ほどある。ヒロシの通う東急沿線のジムは住宅街の中にありとても近くて通い易いヒロシは開館以来の古株会員である。
開館の時から見かけているM美さんという女性スタッフがいる。M美さんは事務方のスタッフである。最初はフロント受付や、ジム内のデスクにいた。2~3年して、15分の短いストレッチ系プログラムを持つようになった。インストラクターになる努力をしていたようだ。今ではヨガ系のプログラムも担当するところを見掛けるようになった。ジムには10人ほどのスタッフがあるが、M美さんは綺麗系で知的、会員への愛想も良く存在感がある。
ヒロシは、ジムではどちらかというと有酸素系のトレーニングをする。ジョギングマシンとか、スタジオプログラムも動き回るものを選ぶ。だが、身体が硬いのをなんとかしたいと、M美さんのヨガのプログラムにも良く参加している。それもあって、ジムですれ違うと、M美さんはヒロシにいつも笑顔で挨拶の声を掛けてくれる。
「お早う御座いまーす、朝一番から頑張ってますねー。」
「うわー、汗びっしょりですねー、健康的じゃないですかー。」
「こんばんわー、今日はこの時間ですか。お仕事終わってからなんですね。お疲れ様です。」
何気ない声掛けだが、ヒロシには好印象だ。
2年程前のことだ。若い男性の新人スタッフが入ってきた。K君と言う。彼も最初は事務スタッフだった。彼もスタジオのインストラクターを目指していた。1年経ち、僕が良く参加するボクササイズのプログラムでK君がデビューした。格闘技系プログラムのインストラクターのライセンスを取れたようだ。K君の担当する張り切り過ぎて・・少々ハードな内容になるのが困ったものだが・・。ヒロシが会員間の噂を聞いたところによると、どうやらアルバイトのようだ。まだ二十歳ぐらいの学生らしい。ヒロシの通うジムは比較的年齢層が高い。K君は、そこらへんを考慮したプログラムの組み立てを考慮するところまで頭が回らず必死だ。、まぁ、頑張っているようなのでよしとしよう。
ヒロシは、K君が入ってきた時から思っていることがあった。実は・・、M美さんとそっくりなのだ。顔立ち、少々ふくよかな?体型、雰囲気・・。なによりも、2人とも名字が同だ。間違いない、K君はM美さんの弟である。おそらく、姉の伝で、この学生の間、このジムでアルバイトをすることにしたのだろう。M美お姉さん、弟の世話をして、弟も同じところで働く・・、ヒロシは微笑ましいことだと2人をみている。
先日の祝日のことだった。このスポーツジムは祝日となると多くのイベントが企画される。他ジムから有名なインストラクターがきたり、珍しいエクササイズプログラムが組まれたりする。この日は、例のダンス系プログラムの『リストモス』でもイベントが組まれた。ジョイントプログラムというものだった。通常のスタジオプログラムでは正面に立つインストラクターは一人だが、この日は二人のインストラクターが前に立ち盛り上げようという企画だ。
サプライズだった。いつもの女性インストラクターと・・、もう一人はプログラム開始まで伏せられていた。プログラム開始直前にスタジオに入ってきたもう一人のインストラクターは・・、なんとK君だった。一般的にダンス系プログラムのインストラクターは女性が多いので・・、男性であり、しかも若いアルバイトのK君だということで参加していた会員達は大盛り上がりだった。K君は、どうやら隠れてダンスプログラムのインストラクターになる努力もしていたらしい。たいしたものだ。
とはいえK君はなれないプログラムのインストラクターということで緊張しっぱなし。先輩の女性インストラクターにもエクササイズ中に何度もK君に突っ込み入れられていた。それがおかしく、皆の笑いを誘いながらの楽しいイベントとなった。
無事、一時間のプログラムが終わった。ヒロシがフリーエリアで軽く仕上げのストレッチをしていた時、その前をK君が通り掛かった。ヒロシはK君に声を掛けてみた。
「お疲れ様、ジョイント、中々良かったよ。」
「ありがとうございます。なんとかやりきりました。」
ヒロシは、少し彼のことを聞いてみようと思った。
「まだ学生なんだよね。アルバイト?」
「はいそうです。学生しながらやってます。」
ヒロシは前々から思っていた疑問を解決してみようと思った。
「K君は、お姉さんに誘われてアルバイトすることにしたんだね?」
「えっ?、あー・・・、あの・・・」
彼が何か言いずらそうにしている。そして恥ずかしそうに口を開いた。
「あの・・・、M美は・・・・僕の・・・・、」
何か、躊躇して話そうとしている。そしてヒロシにだけ聞こえるように行った。
「M美は・・僕の母親です。」
ヒロシは、口をあんぐりとした・・。M美さん、とても若くみえるが・・。
ヒロシは自分の人間観察力の低さに呆れた。でもこの2人の関係を知って・・、このジムがとてもアットホームに思えた祝日の午後であった。
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