人間模様11 スポーツジムの人々

herosea

ダンスプログラム

 ジムでは、一人黙々と汗を流していた。ランニングマシンで走ったり、筋力を鍛えたりと。ジムにはマシン設備の他に、ガラス張りで外から見えるスタジオがある。スタジオは板張りで、エアロビクスのレッスンを良くやっている。ヒロシは、マシンで汗を流しながら横目でスタジオを見て、

「恥ずかしくて、あんなの出来ない。」

と、思っていた。学生時代は合気道をやっていた。武闘派・体育会系だったこともあり、どうも派手な動きを自分がやることが想像できないのだ。


 変化があったのは3年前だった。スタジオプログラムにボクササイズが設定された。音楽に合わせてシャドーボクシングをやるレッスンだ。

「これなら恥ずかしくはない。」

と、参加してみた。意外に面白かった。汗もすごく掻く。以降、スタジオに入るという遠慮は無くなった。すると欲が出て・・、いつの間にかエアロビクスにも参加するようになった。やってみればなんのことはない。体育の体操の延長みたいなもので面白い。


 ということで、今では、マシントレーニングはあまりやらずに、スタジオプログラムに参加して汗を流すことが多くなっている。プログラムも最近では増えた。昇降台をつかったステップ、ストレッチボール、ヨガ、ピラティス・・。ヒロシは色々なプログラムにチャレンジするようになった。


 しかし、一つだけ参加無理・・と思っているプログラムがあった。それはダンス系のプログラムである。『リトモス』というダンスレッスンらしい。外からそのプログラムを見ていると、ヒップホップ、ジャズ、フラメンコ、ラテン、ディスコ・・と、色々なダンスを踊っている。エアロビクスとは違う。これは明らかにダンスだ。ヒロシはダンスというキャラではないと思っている。そのプログラムに参加している会員達をみて羨ましいと思いつつ、自分とは違う人種を感じていた。


---

 4月入った。

 学校や企業が新しい期となるように、ヒロシの通うジムも運営に変化がある。たとえばフロアレイアウトをいじったりとかだが、スタジオプログラムのスケジュール変更もその一つである。


 最初の日曜日の朝、ヒロシは一番でジムに入館した。軽くストレッチ、ランニングマシンで汗を流した後、いつもの通り、ボクササイズのプログラムに参加することにした。4月からのスケジュール変更でも、日曜の午前のボクササイズはそのままであった。いつもの通り、スタジオに入り、入口から一番奥の後ろに場所をとり、プログラムが始まるのを待った。


 考えてみればこの時にすでに違和感を感じていた。参加者が多くスタジオ内は非常に混んでいる。たまたまそうなんだろうとは思うが、どうも見慣れない人達なのだ。さらに、参加している人達のウェアが少々カラフルで見栄えがするようにみえる・・。


 開始時刻がきた。スタジオのドアが閉まり、前にインストラクターが出来た。あれ?

「今日は、女性のインストラクターか。」


いつもは若い筋肉粒々の男性インストラクターだが、今日は女性だった。そしてその女性のウェアもカラフルでファッショナブルだ。どちらかというとボクササイズのインストラクターは地味なトレーニングウェアばかりなので、

「オシャレな女性なんだろう。」

と内心思った・・時だった。


そのスレンダーな女性インストラクターが元気な声で話し始めた。

 「お早うございまーす! リトモスのダンスプログラム始めまーす。今日初めての人いますかぁー!」


ヒロシは唖然とした。間違えた・・。あーそうか、ボクササイズは同じ時間通りなんだがスタジオが変わっていたのだ。すでに、スタジオの一番奥にいるものだからこれから間抜けに出るのも恥ずかしい。去るも地獄去らぬも地獄・・だ。


しかたがないと覚悟を決めた。このプログラムに・・出ることにした(出るしかない状況だった)。


ヒロシは、インストラクターの呼びかけに応じてて手を挙げて初めてであることを申告した。

すると、インストラクターが僕の方を指差して、


「あっ!、初めての人、見つけたー!」


・・スタジオ内には50人はいるだろうか。50×2、つまり100個の目が・・一番奥後ろのヒロシに・・一斉に振向けられた・・。


 超・は・ず・か・し・い。


女性インストラクターは、「出来なくても最初は誰でもそうだから・・」 と、解説を始めてたが、ヒロシには動揺して耳に入らずである。


そこから11曲の振り付けのプログラムが1時間続いた。最初はセクシーダンスとかで、すると次はラテン、その次はフラメンコと・・、そもそもダンスに慣れていないヒロシであるのに、まったく異なるジャンルのダンスが次から次へと行われる。必死になってついて行こうとするがついていけない。ワンテンポ、ツーテンポ遅れてなんとか見よう見真似するしかない。その見真似も、前を向いている時はいいが、回転とか、後ろを向いての振り付けもある。一瞬、インストラクターが見えなくなって・・、まったくわからなくなる。さらに後ろを向いた時は・・、つまり自分はスタジオの一番前にいることになる。その恥ずかしさも尋常ではない。


ということで、このダンス系プログラムへの初参加のその回は全く付いて行けず散々となった。予測できない身体の動きをしたことと、焦りと恥ずかしさで大汗掻いたヒロシだった。


プログラムが終了して、インストラクターがドア付近で立っていた。汗をびっしょり掻いて出て来たヒロシに女性インストラクターが声を掛けてきた。


「初めての参加どうでした?」


ヒロシは、率直な感想を言った。

「実は、間違って参加しっちゃって。難しい振付けで頭が付いていかないもんで・・。」

「いつも鍛えているから大丈夫ですよ。2,3回ですぐ慣れますよ。」


 ヒロシは、軽く挨拶をしてロッカー室に向かいながら内心思った。

「これからも参加すること前提の言い方をしたな・・、かんべんかんべん、二度と出ないよ・・。」


だが、ヒロシには、あまりのふがいなさに悔しさも残っている。体力、運動神経には自信があるが、お前はトロい・・と自覚するのも嫌だ・・。インストラクターにも言われたからな、もう一度だけ出てみよう。帰宅したころにはそう思うようになっていた。



次の週も同じ一番奥の目立たないところに陣とってあのダンス系プロクラムに参加した。2回目も散々だった。悔しさ勝って後一回やってみるか・・と、3回目も参加しました。すると・・、さすがに3回目になると振りをほんの少しだが覚えるようになった。ヒロシは思った。

「もういいや、これぐらいにしておこう。今日で終わり・・。」

と決めてスタジオを出ようとしたところ・・インストラクターがまた声掛けてきた。

 「随分、上手くなったじゃない!」


ヒロシはとても驚いた。自分のことらしい。

「はっ? 僕のことですか?」

「ちゃんとみていますよ。上手くなりましたね!」


隠れるようにやっていたけど見てくれていたらしい。単純なヒロシだ。

「もう少し、続けてみるか・・。」


次回以降も必死に付いていって、1ヶ月半が過ぎた頃だった。終了後に、また、女性インストラクターが声を掛けてきた。

 「いつも出てるねー、楽しくなっちゃんたんじゃないー?」


ヒロシはキョトンとしたが、そう言われると初めて参加した時の悲壮感はなくなっていることに気が付いた。ダンスなんてにこれまでの人生で避けてきた。でも今はそれをなんとかやっている。そう思ったちら楽しい気分になっている自分に気が付いた。


 その後もなんやかんやと言って続けて、週1回の参加だったのが、できるときは週2回になって・・。気が付いたらもう12月、なんともう8ヶ月も続いている。


 もう、このダンス系プログラムへの参加することに躊躇や恥ずかしさはない。慣れたと言えるだろう。最初の頃の緊張はほぐれて回りを見る余裕も出てきている。最近、ジムでこんなことに気が付いた。僕よりも後からスタジオに参加してきたさらに初心者も何人かいる。初心者と女性インストラクターとの会話が聞こえてくる。こんな会話だ。

 「最初はみんなそうですよ。」

 「あなた、運動神経良さそうだから、すぐ慣れますよ。」

 「随分、上手くなったじゃない!」

 「だんだん楽しくなって来たんじゃない?」

 「あなたのこと、ちゃんと見てますよ。」

・・、ヒロシはこの女性インストラクターの見事な心理操作術にやられたことを悟った。そりゃそうだ、これだけ多くの人が参加していてヒロシだけが褒められるわけがない・・。


 このプログラムはいつも混雑、参加者は増え続けている。噂によると、ある女性インストラクターが受け持っている他ジムのプログラムにも転戦する"追っ掛け"もいるらしい。人気のインストラクターだ。ヒロシはそういうところに見事に迷い込んで・・抜けられないでいる。

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