第13話

 驚いてばかりのリーフェを落ち着かせて、目的の食器を見ることにする。

 露店に並べられた色とりどりの皿を見て、リーフェはひたすら悩み始めた。

「この色も綺麗だけど、お花の模様も素敵……はっ! この木皿なら割れる心配をしなくてもいいのでは!?」

「これからも割る前提で考えないの」

「はい……」

 割らないようになるためにリーフェが気に入る皿を買いに来たのだ。落としても大丈夫だからなんて理由で選んでも成長しない。

「おっちょこちょいな奥さんを持つと大変だねぇ」

「奥さんじゃないし新婚じゃないから」

 にこにこと微笑ましそうにリーフェの接客をしている店主に見事に誤解されているようなのでカレルもすかさず訂正する。

 うんうん唸りながら皿を選ぶリーフェに、店主もあれこれと見せてはアドバイスをしている。店側の邪魔にならないようならまだ悩ませておいていいだろう。

 悩むのもまた買い物の醍醐味だ。それを味わうのもリーフェにとってはいい経験だろう。

 カレルは辛抱強く、リーフェが決めるのを待つことにした。


 ふと、カレルは隣の店に並ぶ新聞を見つける。

 王都から離れたこの街には情報は遅れてやってくるものの、人里離れて暮らすカレルは街に来た時には新聞などはよく買う。

 世情にあまりに疎いと客とのやり取りにも支障が出るからだ。


『ローデヴェイグ伯爵令嬢、ストラウス修道院への道中で行方不明』


 思わず大きな見出しが目がとまる。

 カレルはリーフェの家名を知らない。聞いていないからだ。

 伯爵令嬢であることはぽろりと零していたので知っている。修道院へと行くところだったということも。

 総合的に考えれば、これはリーフェのことなんだろう。

「一部ちょうだい」

 言いながら支払いを済ませ、そのまま新聞を読み始める。すぐ傍のリーフェはカレルが新聞を買ったことにすら気づいていないらしい。


『伯爵令嬢リーフェ・ラウラ・ローデヴェイグは王太子の婚約者であるロザンネ嬢に数々の嫌がらせをしていたことを糾弾され、その身は王都追放となるはずであったが証拠が揃わず。しかしローデヴェイグ伯爵は娘をストラウク修道院へ送ることにした。

 父親にさえ見放された彼女は道中のレインデルスの森で行方知れずとなる。同行していた侍女や御者の話では馬車に酔ったので休みたいと川辺で休憩をとっていた時のことだそうだ。

 二人がほんの数分目を離した間に、姿は消えていた。これはまさにレインデルスの森の魔女の仕業ではないだろうか!

 また一部では川に落ちて流されたのだろうという見解が広まっている。どちらにせよ、令嬢の命はおそらく既に消え去ったあとなのではないかと思われ、王都を騒がせた事件の結末としてはなんともあっけない』


 新聞といっても庶民に娯楽を提供する俗物な記事ばかりを書いている社だ。

 カレルは新聞を折りたたんで上着の中にしまう。おおよその内容はリーフェから聞いたものと一致している。

 どうやら彼女は王都ではとっくに死んだ人にされてしまったらしい。


「おしっ……ん、んん! 決めました! お皿はこれにしようと思います!」


 お師匠さまと呼びかけてギリギリのところで自分で気づいたリーフェは、皿を手にカレルを見る。ようやく決めたらしい。

 リーフェが大事そうに持っているのは、深い緑色の皿だ。ところどころに白い花が描かれている。カモミールの花だ。

「それじゃあ、この皿を二枚。あと木皿も」

「えっ木皿も買うんですか?」

「そうだね、割れない皿は必要だろうしね」

 うう、とたくさん悩んだリーフェはぐったりしている。皿を受け取ると街での用事は済んでしまった。

「何か見たいものはある?」

「見たいもの?」

「他に買いたいものとか、欲しいものとか」

 問うとリーフェは困ったような顔になる。

「ええと、よくわかりません……」

 何が必要か。

 何が欲しいか。

 この少女がそういったことを考えることなく育ったのだと感じさせられる。

 リーフェくらいの年頃なら、服だとか装飾品だとか、欲しいものなんていくらでも浮かびそうなものなのに。

「……それじゃあもう帰ろうか。アップルパイを焼かないといけないしね」

「はい!」

 アップルパイという単語にリーフェは嬉しそうに笑う。

 食い気は人一倍あるみたいなのにな、と苦笑しながらカレルはリーフェの歩調に合わせてゆっくりと歩き出した。

 あと何回かこうして買い物を体験すれば、いつかリーフェも『欲しいもの』を見つけるかもしれない。

 その時は値段次第では買ってあげてもいいかなと思う。彼女なりに、毎日がんばっているから。


「そういえば、なんでその皿に決めたの?」

 森の入り口が見え始めたところで、カレルがリーフェに問いかけた。

 皿は持ち帰る途中でリーフェが落としたりしないように、カレルが持っている。

「そのお皿はお師匠さまの……あっ」

「もういつもみたいに呼んでもいいよ。森に入るしね」

 リーフェはしまった、という顔をするけれど、もう誰かに聞かれるような心配はない。

 ほっとしたように顔を綻ばせ、リーフェはカレルが持つ皿を見つめる。今は包装されて絵柄は見えなくなってしまっているが、リーフェはしっかり覚えていた。

「お皿は、お師匠さまの目と同じ色だったんです! 綺麗な緑色にカモミールの花が、とても素敵だったので」

 カレルは驚いて目を丸くする。

 リーフェがこの皿を選んだ理由が、あまりにも予想外すぎて咄嗟に反応できなかった。

「……そう、なんだ?」

「はい!」

 ぎこちなく返事をするカレルの動揺にはさっぱり気づかず、リーフェはにこにこと笑顔で答える。


 知れば知るほど、この少女はいい子だと思う。ちょっとマヌケでお馬鹿なところはあるけれど。

 少なくとも、カレルはそう感じる。

 だからこそ不思議だ。

 不思議でたまらなかった。

 どうしてこの子が、王都でめんどくさいいざこざに巻き込まれてしまったんだろう?

 どんくさそうで濡れ衣を着せるのにちょうど良かったから?

 だとすればなんとも不運な話だ。


「……アップルパイの他にはなにを作ろうか」

 ぽつりとカレルが呟くと、リーフェは首を傾げた。

「他に?」

「林檎、ひとつかふたつは余るよ。そのまま食べる?」

 林檎を使った菓子はたくさんあるけれど、美味しそうな林檎だから、すべてお菓子に使ってしまうのももったいないかもしれない。

「お師匠さま、わたし林檎が剥けません」

「知ってるよむしろ剥けたら驚きだよ」

「剥けるようになりたいです!」

 弟子はどうやらやりたいことはすぐに思いつくらしい。

 四苦八苦しながら林檎の皮を剥くリーフェの姿を想像して、カレルはうーんと唸る。

「……それならもうひとかご買ってくるべきだったかなぁ……」


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