第12話
翌日、いつもよりもうきうきとした様子で起きてきたリーフェの黒髪を、カレルがいつものように三つ編みにする。
どうもリーフェは自分に関することは特に苦手らしく、未だにまともに髪を編めたことがないのだ。
「良いお天気でよかったです!」
「そうだね、洗濯物を干していっても平気そうだ」
朝食のパンに木苺のジャムを塗りながらリーフェは外を見る。朝から雲ひとつない快晴だ。これならきっと通り雨の心配もないだろう。
朝食のあとには庭の野菜やハーブに水をやり、洗濯物を干す。それからようやく街に向かって出発だ。
上着を羽織りながらカレルはリーフェを見る。
「リーフェ。先に言っておくけど、街で僕のことを間違ってもお師匠さまなんて呼ばないようにね」
「どうしてですか?」
「なんの師匠だって聞かれたら困るでしょ。馬鹿正直に魔女ですなんて言うつもり?」
言ったところでカレルが魔女で、その上師であるなんて信じてもらえるとは思えないが、それでも隠しておいたほうがいい。
「わ、わかりました! ええと、それじゃあなんと呼べば……」
「好きに呼んだら?」
もともと最初から好きに呼べと言っている。それで勝手に師匠と呼び始めたのはリーフェだ。
「え、えぇ……カ、カレルさん、とかですか……?」
「まぁ妥当なところだろうね」
普通なら最初にその呼び方を思いつくと思うんだけどね、という嫌味が頭をかすめていったが口には出さないでおくことにした。だって相手はリーフェだから言ったところで嫌味も効果はないだろうし。
特に戸締りをする様子もなくカレルはすたすたと歩き出す。
「留守の間にお客様が来たりしませんか?」
カレルのあとを追いかけながらリーフェが尋ねる。せっかくこんな森の奥までやってきたのに森の魔女がいなかったらがっかりするだろう。
「そうそう客なんて来ないし、僕がいない間は誰もあの家にはたどり着けないよ」
「ま、魔法ですか!?」
「そうだね魔法だね」
天気がいいので木々の合間から零れてくる日差しがキラキラとしている。森の中を歩きながらカレルはたまに「あの植物の名前は?」と問題を出してくることもあったし、知らない花について教えてくれることもあった。
そうして散歩するように森を歩くこと十五分ほど。
木々が徐々に減ってきたと思うと、街道に出た。
「ここからは二十分くらい歩くかな。疲れてない?」
「平気です! これでも修行の成果もあって体力もついてきたんですよ!」
「はいはい修行ね。それ街では口に出さないようにね」
なんの修行だと聞かれたら困るし、リーフェは絶対に口を滑らせる。魔女の修行などといってやっていることは畑仕事や掃除洗濯が主なのだが。
整備された街道は森の中よりもずっと歩きやすいが、目新しい植物もないのでリーフェには少し退屈だ。森の中のほうがずっと楽しい。
「それにしても、こんな近くに街があったんですね?」
リーフェも魔女の家の場所を正しく把握しているわけではないし、近隣の地図を理解していないので知らないのだが、森の奥深くに住んでいるのだと思っていた。
しかし徒歩で森の外の街にいけるのだから、それほど奥でもないのだろう。
「そんなわけないでしょ。ちょっと近道したからそう感じるだけだよ」
「ちかみち?」
「魔法を使って森の中で歩く距離をいじってる」
「そ、そんなことできるんですか!?」
「できるよ。森の魔女ならね」
さらりと、まるで朝ご飯を作るよりも簡単なことであるようにカレルは答える。
(や、やっぱりお師匠さまはすごい魔女さまなのね……!)
街はレインデルスの森の西にある小さな街だ。この先にある港町へと続く街道の途中にあるのでそれなりに栄えているものの、王都の貴族からすれば田舎そのものである。
大通りには店が立ち並んでいるが、その数も多くはない。
「ついでに果物もいくつか買って帰ろうか」
きょろきょろとあちこちを落ち着きなく見ているリーフェを見失わないようにしながら、カレルが籠に積まれた林檎を見る。
つやつやとしていて美味しそうだ。
野菜は畑で育てているが、果物はあまりない。森に自生している木苺などは別だが、林檎は森にはないので買わなければ味わえないのだ。
「林檎ですか? ジャムにします?」
すっかりジャムが好きになっているらしいリーフェはわくわくした顔でカレルを見てくる。
「わざわざジャムにしなくてもそのまま食べてもいいし……そうだな、アップルパイとか?」
「アップルパイ!」
まだ作るとも言っていないのにリーフェは嬉しそうに目を輝かせている。
これはもう買って帰らないというわけにはいかないらしい。
「……ひとかご分ちょうだい」
「あいよ。仲がいいねぇ、姉弟かい?」
リーフェとカレルのやり取りに、店主が林檎を紙袋に入れながら問いかけてくる。
「いいえ、わたしとお――」
「姉弟ではないよ」
すっかり忘れていて「お師匠さま」と呼びそうになったリーフェの声をカレルがやや強引に遮る。
「えっ、じゃあなんだい、まさか新婚かい!?」
「もっと違うよ!」
リーフェが口を挟む暇もなくカレルが否定する。
(新婚……新婚って、え、わたしったらお師匠さまの奥さんだと思われたの……!?)
林檎を受け取ったカレルが少し疲れた様子でリーフェの手を引く。そんな様子もただの知り合いというには無理がありすぎるくらいなのだが、本人たちは気づいていないらしい。
「し、新婚というのは誤解にもほどがあるのでは! その、わたしくらいの年齢なら結婚していてもおかしくはないですけど、おし――」
「庶民なら結婚はけっこう早いと思うよ。男も女もね」
ついまたお師匠さまと言いかけたリーフェの言葉をカレルは呆れ混じりに遮る。
「そ、そうですか……?」
「そうだよ。……ていうかさ、君、僕のこといくつだと思っているの?」
「え、えっと……」
初めて会ったときはおそらく同じくらいの年頃だろうと思った。リーフェと同い年なら十七歳ということになるが、カレルはリーフェよりもずっと大人っぽい。
しかしその身長は他人から見るとリーフェの弟なのでは? と思われるほど、十七歳の少年としては華奢だ。
「じゅ、十八歳くらい、ですか?」
悩んだ末にリーフェはたぶん年上で、でもそれほど上ではないだろうと答えを出した。
「…………僕が怒るんじゃないかって考えて予想よりも一、二歳上にして答えたでしょ」
心なしが低めの声でカレルが呟く。
リーフェは「ええ!?」と驚いて声を上げた。
「な、なんでわかるんですか!?」
「この質問をしたあと相手は皆同じような顔をするからだよ」
つまりカレルが毎度同じような反応をされるらしい。
(でも、それじゃあ本当は何歳なのかしら……)
どうやら十八歳ではないらしい。たぶん、もう少し上のようだけど。
「あっ! も、もしかして実は何百歳とか!?」
「大きな声で何を馬鹿なことを言ってるの」
ぺし、とおでこを軽く叩かれる。
街中だったことを忘れて迂闊なことを言ってしまった。しかしあまりにも荒唐無稽で誰もリーフェの発言を気にかける者はいない。
「今年で二十二歳だよ。びっくりするほど童顔で、年齢をあてられた人は今まで一人もいないね」
「二十二歳!?」
今日一番に大きい声が出た。
(わ、わたしよりもヒューベルトお兄様の方が年が近かったの……!?)
リーフェの従兄は今年二十四歳だ。従兄のヒューベルトはカレルよりももっと背が高いし、体格もいい。比較対象を彼しか知らないが、それにしてもカレルは小柄だし童顔すぎる。
「想像通りの反応どーも」
しれっとした顔のカレルは驚かれることになれているのだろう。
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