いつか桜の木の下で、あなたと

木星トライアングル

いつか桜の木の下で、あなたと

 いつからだろう。こんな帰り道を当たり前だと思えなくなったのは。

 学校が終わった後、私と健司は一緒に帰り道を歩いていた。いつもは部活が終わる6時過ぎに帰っているが、今日はテスト期間中なので部活もなく、まだ空も明るい。とはいっても今は冬なので気温が低くて、コートを着ていても夕方は寒い。道路は溶けた雪がこの寒さで凍っていて、油断していると転んでしまいそう。滑らないよう一歩一歩ゆっくり歩いているせいで冬の帰り道はいつもより長く感じる。

「今日は一段と寒いね」

 私が話しかけると彼はボソッとああ、と返事をした。

「この調子だとまだ冬は明けそうにないなー。部活も屋内でしか出来ないし、早く春になんないかなー」

 そう言っても彼はやはりそうだな、と短い返事しかしない。

 彼はいつもこんな感じだ。自分からあまり話題を振らないし、私が話しかけても話を広げようとしない。でもそれは今に始まったことじゃない。ずっと昔からのことだ。

 私と彼は小学校の頃からの付き合いだ。小学校の3年生の時に同じクラスになって以降、よく一緒に遊ぶようになった。それから中学でも同じクラスになり、二年生になった今でもこうして二人の友人関係は続いている。

 だから彼のそういうところが、ただ口べたで不器用なだけだと言うことも知っている。本当は優しくて思いやりのある人だということも。だから私は結構彼を信用しているし、時には悩みを話したりすることがある。勿論女子の友達も普通にいるけれど、それとは別に彼と一緒に話していたいときもある。それは多分彼も同じだと思う。だからこうして、今でも一緒に帰ったりしている。


「ねぇ、二人って付き合ってるの?」

 ある日お昼を食べているとき、友達からこんなことを訊かれた。

「ううん。ただの友達」

「えー。ほんとに-?」

「ほんとだって。何か期待してる?」

「だって二人って結構前から仲いいんでしょ? 実はお互いアレだったりしないの?」

 そう言って彼女は意地悪な笑みを浮かべる。

「えー? うーん……。特に」

「なんだー。つまんないの」

 彼女はがっかりとした顔で卵焼きをパクッと口に入れた。


───好きじゃない、というと嘘になるかも知れない。

 中学1年生になってから私は彼のことを異性として意識するようになった。一緒にいると変に緊張してしまったり、勉強してる途中で呆然と彼のことを考えてしまったり。彼のことを考えるだけで体がぽかぽかして体がふわふわと浮かび上がるような、そんな気持ちになった。

 でも、それを口に出さないまま胸にしまい込んでいるうちに、そんな胸が熱くなるような感情も時間が経つにつれてだんだん熱を失っていくのを感じた。

 彼のことを思う気持ちが友達として好きなのか、それとも男性として好きなのか……それがわからなくなってしまったのだ。この感情がほんとに恋で合っているのか。それとも、これを恋だと思い込んでただ一人で恋する自分に酔っているだけなのか。まるで、一度あったはずのカメラのピントがまたずれていくみたいに、自分の感情にもやがかかっていく感じがした。

 はぁ、と息を吐くと白い吐息が宙へと上っていき、やがて空へたどり着く前に散り散りになって消えていく。朝見つけた花壇の上の小さな雪だるまは誰かがぶつかったのか、形が崩れてずいぶん不格好な見た目になってしまっていた。


「でもさぁ、あんたはそうでも健司君はわかんないよ」

「え?」

 彼女は私をからかうようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

「小さい頃からずっと友達として一緒にいた女の子、でも実は……みたいな?」

「えー?」


───それは、ないんじゃないかな。

 彼は昔から少しも変わっていない。照れるとすぐ首を掻き始める癖も、時々見せる優しい笑顔も。そして、どんなことだって諦めないで精一杯頑張るその横顔も。ずっと昔から変わらない。それが私にとってなにより嬉しいのだけれど、時々、それが私をもやもやとした気持ちにさせる。

 去年のまだ夏に入る少し前、少し日の光がうっとうしく感じられた日のことだ。

「ねぇ、健司はさ、彼女とかつくらないの?」

 少しだけ眠そうな顔をしていた彼に私はこんな質問をした。すると彼はうーんとしばらくうなってから、

「今のところ、ないかな」

と答えた。

「ふーん。勿体ない。健司って見た目は意外と悪くないのに」

「意外とは余計だろ」

「えへへ」

 私は調子に乗って、彼を少しからかってみる。彼のむっとした顔がなんだかかわいらしく見える。

「……お前は」

「ん?」

「お前はつくらないのか?彼氏」

 彼にそう質問されて、胸がどきっとする。彼のことだから多分、なんとなく私と同じ質問をしてみただけだってことはわかってる。なのに、私はどんな返事をすればいいのか真剣に考えてしまう。彼はどんな答えが欲しくて私に質問しているんだろう。もし彼氏が欲しいって私が言ったら、彼はどんな反応をするんだろう。

───あなたが好き、って言ったらどんな反応をするんだろう。

「私は……まだいいかな」

 結局私は一歩踏み出す勇気が出せなくて、そんな答えに逃げてしまった。

「ふうん……そっか」

 チラッと横目で彼を見ると、彼は先ほどまでと変わらず少し眠そうな顔をしていた。多分私に好きな人がいてもいなくても変わらずこんな顔をしているんだろうなと思う。じゃあ、私の胸にあるこのもやもやとした気持ちはなんの意味があるんだろう、なんて考えている私の隣で彼はからっとした様子でこう言った。

「まあ、その方が俺たちらしいよな」

 私達らしい───その言葉は確かに私達をつなげる言葉だ。私達が確かに同じ場所にいて、同じ気持ちを共有している。それを証明してくれる言葉。だけどそれは、ときに私達をそこに縛り付けている言葉でもあって。もし私がその「私達らしさ」を捨ててしまったら、もう私達の間には何もなくなってしまうんじゃないか、もう一緒にはいられないんじゃないか。そう考えると私は恐くなって、一歩も動けなくなってしまう。そして「私達らしい」という言葉に安心して、それにすがってしまう。一緒にいられるだけで幸せなんだと思ってしまう。

 私の気持ちなんか気づかずそんな言葉で満足している彼に、私は怒りたくなって、今すぐ泣いてしまいたくなって。でもそんなぐちゃぐちゃとした気持ちだけは気づかれたくなくて。そのときの私は笑顔を作って、そうだね、なんて答えることしか出来なかった。

 

 冬の日の入りは早く、夕日が白い雪をオレンジ色の光で照らしていた。その反対側の空は青紫色に染まっていて、今にもこの空全体に広がろうとしている。

 そんなオレンジと紫の間に挟まれながら私達は歩いていた。今日はいつにもまして彼の口数が少ないような気がして、私はなんだか落ち着かない気持ちになる。

「そう言えば、昨日クイズ番組やってたけど見た?」

 何でもいいから会話をしたかった私はなんとなく適当な話題を彼に振った。

「ああ、お前が好きな俳優の……会澤亮? が出てたヤツ? 見た」

「昨日の亮くんの答え変なのばっかで面白かったよね-。特に『イエス オア ボム』のときとかさー」

「あーわかる」

「あとさ、あれあるじゃん? あのみんなで同じ答え選ばないといけないヤツ。あれさー……」

 こうして二人で何でもないような話をしているときが一番落ち着く。実際は私が一方的に話しかけてることが多いんだけど。彼は嫌な顔をしないで、うんうんと頷きながら私の話を聞いてくれて、それが嬉しくってついついいろんなことを話してしまう。

 思い返してみれば私達は出会ったときからずっとこんな感じだ。小学3年生の頃、昼休みに一人で遊んでいた彼のことが気になって、私から話しかけたのがきっかけだった。それからよく私から話しかけるようになって、一緒に遊ぶようになって、一緒に帰るようにもなって……。もしかしたら彼にとって本当は迷惑なのかも知れないけど、中学生になった今でもこうして一緒にいてくれるってことは、多分彼も嫌なわけじゃない……と思う。

 できることなら、これからも二人でこんな風に一緒にいたい。二人でいろんな話をして一緒に笑ったり、ときどき悩んでいることがあったら相談したり。お互いの気持ちを共有して、ずっと大切な時間を過ごしていけるのなら、友達同士の関係だってかまわない。今ではそう思ってる。私が恋心のように感じていたものは多分思春期の心が見せた錯覚だったのだ。むしろ、友達だからこそ私達はこの先もずっと変わらない関係を続けていけるはずだ。

「……そういえば健司ってどこの高校目指してるんだっけ?」

 私達ももうすぐ3年生になり、本格的に高校受験に向けて頑張らなければいけない時期だ。健司がどこの高校を目指しているのかふと気になって、私は彼に尋ねた。

「……岩岡第二」

 彼は目線を下にして少しうつむきながら、ボソッとした声で呟くように答えた。

「え!? 私と同じとこなんだ! でも大丈夫? あそこ少し偏差値高めだけど」

「……まぁ」

 普段からはきはきと話すタイプではないけれど、いつも以上に歯切れの悪い言い方に、あまり勉強が上手くいってないのかなと少し心配になる。

「……よかったら今度一緒に勉強しよっか。健司って確か英語得意だったよね? 私わからないとこあるから教えて欲しいし」

 私は彼と視線を合わせたくてうつむき気味な彼の顔をのぞき込むようにしながら話す。

「……まぁ、そうだな。頼むわ」

 そう言って彼はばつが悪そうな顔をしながら苦笑いした。志望校が私と同じとこだというのは初耳だったので少し驚いたけど、高校でもまた一緒に学生生活を送れるかも知れないと思うと嬉しかった。


 家の近くの公園まで来ると、そこで雪遊びをする小学生達の声が聞こえてきた。学校から帰る途中にランドセルを適当なところに集めて無邪気に笑いながら遊ぶ子供達の姿に、少し懐かしい気持ちになる。

「そういえば覚えてる?ここで一緒に四つ葉のクローバー探したこと」

「ん?あーなんとなく」

 彼はどこか遠くを見るような目をしながら答える。その様子に本当に覚えてるのかなとつい疑ってしまう。

「あれって確か小4の頃だっけ?」

「多分」

 その頃雑誌で幸運の四つ葉のクローバーのことを知った私は、この公園まで来て雑草の生えている辺りを探していた。

「一人で探してたらたまたま健司が公園にきて、何してるのって声かけてくれてさ。四つ葉のクローバー探してるって言ったら、黙って一緒に探してくれたよね」

「結局見つからなかったけどな」

「でも健司ってば日が暮れるまで探してくれたよね。私はもういいって言ったのにさ。……結構嬉しかったんだよ? 私」

 探すのも疲れてきて、きっとここにはないんだって弱音を吐いていた私に絶対あるって言い張って探してくれた、夕焼けに赤く照らされた彼の必死な顔を私は今でもまだ覚えている。

「また今度一緒に探す? あのときのリベンジで」

 あのときのことがなんだか懐かしくなって、気づいたらそんなことを口にしていた。けれど彼はそんな私の気持ちなんて知らないんだろう。

「やだよ、もうそういう年じゃないし。それに今更いらないだろ?」

「……そうだよね。ごめん」

 考えてみれば当たり前だった。私も彼もあと数ヶ月で中学3年生。そして来年には高校生になる。もう子供みたいに男女一緒に草むらで遊ぶような年じゃない。彼の言ってることの方が正しいってことはわかる。

 だけど、あのときのことを特別な思い出みたいに感じてるのは私だけなのかなって思うと、少しだけ淋しくなった。

「……そういえばさ、部活のことなんだけどさ」

 これ以上余計なことを考え始める前に話題を変えようと思って、二人とも所属しているテニス部の話を始めた。今日はなぜか、自分でも不自然に思うくらい彼に話しかけてしまう。そうしないとどこか落ち着かないというか、彼の声を聞いていたいというか。

 別に特別何か聞きたいことがあるわけでもないのに。

「私達ももう来年で引退じゃん?だからさー」

「あのさ、一つ訊いていいか?」

 私の話を遮って彼が突然そう尋ねた。少し驚いて彼の顔を見てみると、彼は相変わらず目線を下にしながら私に話しかけている。

「今日の昼休み、篠山に話があるって呼ばれてたじゃん?何の話だったの」

「ああ、うん。えっと……」

 これは健司に話そうか悩んでいたんだけど、まあ別に、特別隠すようなことでもないか。一呼吸置いてから、私は口を開く。

「実はさ、告白されちゃってさ。篠山君に」

 誰かから告白されたなんて話、他の人に話すのは少しだけ恥ずかしくなって顔が赤くなる。このことは他の友達には話してなくて、健司が初めてだった。

「……」

 しかし彼はそれを聞いてもただ黙ったままだった。それなりの付き合いなんだから少しくらいなにかリアクションしてくれてもいいのに、と思う。

「篠山君ってば、私のことを校舎裏まで呼んでさ、俺君のことが好きだ、俺と付き合って欲しい、だって。ベタだよねー。漫画とかでみるやつそのまんまでさ、びっくりしちゃった」

「それで、OKしたのか?」

 ようやく彼は口を開いたが、やっぱり私の方を見て話してはくれない。そのことに私は少しむかっとして、それと同時に少し虚しい気持ちになった。

「……返事まだしてないんだよね。急な話だったからすぐに決められなくてさ」

「……で、お前はどうしようと思ってんの?」

「うん……。OKしようかなって思ってる」

 篠山君のことは別に嫌いではなかった。優しかったし、話すことは面白いし、笑顔が人懐っこくて可愛い。クラスでは周りにいる人のことを笑わせてくれるムードメイカーで、だけど人が嫌がるようなことは絶対にしない人。

 私は彼のそういうところが素敵だと思うし、とても善い人だと思う。そんな彼が私のことを好きでいてくれたことは嬉しかったし、私もそんな彼にちゃんと真剣に答えてあげるべきだと思う。

 だけど、そんな気持ちとは裏腹にどこかもやもやとした感情が私の中にあった。彼と付き合うことを選んだら、何か大切なものを置いていくことになるような。そんなあやふやで理屈のない気持ち。

 別に、誰かに恋をしているわけでもないのに───。

「……そうか」

 彼の返事はいつも通り簡素で短いものだった。別に何か特別な反応を期待していたわけじゃない。だけど、もう少し私のことに関心を持ってくれてもいいのにと思う。彼にしてみれば、私の恋愛事情なんて関係ないんだろうけど……。それでも一度くらい、私達の関係について考えてくれたことはないんだろうか。

「……健司はどう思う?私と篠山君がつきあい始めたら」

 自分でも無意識のうちにそんなことを彼に訊いていた。自分でも何言ってるんだろうと思って、言った後からだんだん恥ずかしくなってきた。

 彼は少しの間だ黙り込んでから、口を開いた。

「……いいんじゃないか。篠山っていい奴だし」

 その答えを聞いて、私はなんだか今まで自分が悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてしまった。いつもそうだ。二人のことで悩んでいるのは私だけで、彼は私の気持ちなんて何にも考えていない。

「……そっか」

 だけど、彼の方が正しいんだ。だって私達はきっと、どこまでいってもかけがえのない友達同士なのだから。


 その後は特に何か話すこともなく、私の家の前で別れた。

「じゃあ、また学校でね」

「なあ。篠山にはいつ返事するんだ?」

 家の中に入ろうとする私を呼び止めて彼が尋ねた。

「うーん……月曜日に返事しようと思ってる。急がなくていいとは言われたんだけど、あまり待たせるのも相手に悪いし」

「そうか……じゃあ、また学校でな」

 彼は最後何か言いたそうな顔をしていたが、結局そのまま帰って行った。私はしばらくの間、玄関の前で彼の後ろ姿を見送ってから家の中へ入った。

 

 それからの休日は期末テストに向けて勉強をしながらも、告白を受けようかどうか決められないでいた。けれど、告白してくれた篠山君が本気だってことは伝わってきたし、私に断る理由なんてない。

 何より、自分の思いが相手に伝わらないっていうのはすごく、辛い。

「……やっぱり明日、OKしよう」

 日曜日の夜、そうベットの上で寝転がりながら考えていると突然玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。

「誰だろ? こんな時間に」

 少し経って再びチャイムの音が聞こえる。

「お母さんは……お風呂か」

 仕方なく立ち上がって私は玄関へ向かった。

「はーい。どちら様ですか?」

「あ、えーっと……。俺だけど……」

 靴を履きながら尋ねると、扉の向こう側から健司の声が聞こえてきた。

「健司!? どうしたのこんな時間に?」

 私はびっくりして扉を開けると、しんしんと雪が降る中、頭にうっすらと白い雪を積もらせた健司が立っていた。ここまで走ってきたのか少し息が上がっている。

「いや……その……どうしても話したいことがあって……。篠山の告白、やっぱり受けるのか?」

「うん、そのつもりだけど……?」

「そっか……あのさ」

 この寒さのせいか彼は顔を真っ赤に染めて首の後ろをかきながら、慣れない様子でたどたどしく話し始める。

「俺って昔から何やっても上手くいかなくってさ。だけどお前は昔から明るかったし、運動も勉強も出来て、しかもみんなに優しくて。俺みたいなやつにも話しかけてくれてさ。だから俺はずっとお前に憧れてたって言うか、その……目標みたいな感じでさ。いつか俺もお前みたいになりたいって思ってて……。だけど俺は相変わらずダメで、お前に助けてもらってばっかりでさ」

 彼の言葉はまとまりがなくて、彼が何を伝えようとしているのかわからなかったけれど、彼の一生懸命に話す姿からその言葉の一つ一つが飾ったものではなくて、彼の本心からの言葉だってことだけは私の胸に伝わってきた。

「だから、何が言いたいかっていうと……その……」

 彼は大きく息を吐いて一呼吸置いた後、真剣な眼差しで私の方を向いた。

「待っていて欲しい。その……何をってことは上手く言えねぇんだけど……もう少しだけ待っていて欲しいんだ」

 そこには具体的なことも、具体的な理由もなかったけれど、その言葉の中には確かに彼の真剣でひたむきな情熱があった。それだけあれば十分だった。

「なんかごめん……。急にこんなこと言われても迷惑だよな」

「ううん。そんなことない。……わかった。待っていてあげる」

 嬉しかった。彼のその気持ちが私に向けられたものだってことがただ嬉しかった。嬉しくて少し泣いてしまいそうだったけど、その代わりに私は精一杯の笑顔で彼に向かって微笑んだ。

「これからもずっと、待っていてあげる。だから、ありがとう」

 今も雪はしんしんと降り続けていた。きっと明日にはまた積もってしまうだろう。だけど雪が積もって街が白く輝いている光景を私は嫌いではなかった。


「ごめんなさい。篠山君の気持ちに私は応えられそうにない」

 次の日、校舎裏で私は篠山君に告白の返事をしていた。

「……そっか、ごめんね。それと、ありがとう」

 彼は残念そうな顔をした後、すぐに笑顔を作ってそう言った。

「だけど……もしよければ理由を聞いてもいいかな? もちろん無理に話してくれなくて大丈夫だけど……」

「ううん。……私って臆病だからさ、自分でできないって思ったことはいつも諦めちゃうの。それが自分にとって大事なことだったとしても」

「あまりそんな風には見えないけど……?」

「そう? でもね。今自分の中にある気持ちだけは、もう少しだけ大事にしていたいって思うの。この気持ちがどんな気持ちなのか、自分の中でもまだはっきりとしてないんだけど。自分の気持ちと、もう少しだけ向き合っていたいと思うんだ」

 自分でも失礼だなって思うくらい身勝手な理由だったけれど、これが今の自分の正直な気持ちだった。

「……そうなんだ。話してくれてありがとう。俺がこういうのも変だけど……頑張って」

 彼はそう言って、優しく微笑んでくれた。

「うん。ありがとう」

「じゃあ、俺、先教室戻ってるから」

 そう言って彼はその場から去って行った。

 緊張が解けた私はふぅと一息ついてその場にしゃがみ込んだ。近くにあった桜の木を見上げてみると、枝の先に小さな蕾がついているのが見えた。やがて冬が明けて春が来たら、きっとこの桜は満開の花びらを咲かせるだろう。それがいつ頃なのかはわからないけれど、私はそのときが少しだけ楽しみだった。

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