第10話
「……は?」
思わず俺はそう声を漏らす。助けてと言われ紙が無いと言われるのならまだ分かる。だが、今のどこに嗚咽を漏らす要素があったのか。いや、おれが気付かっただけで泣く場所があったのかもしれない。うん。そうだ。そうに違いない。
マロンとの会話でも何回も指摘されてきたからな。多分、俺が戦場暮らしが長いのも関係しているのだろう。
「あー、紙を取ってくるから何処にあるか教えて貰ってもいいか?」
「取ってきてくれるの?」
「ああ、そのなんだ。そこで泣かれてたら俺もトイレ行きたい時困るしな」
我ながら変な言い訳だが、この声の主の好感度を少しでも上げておけば西の魔女と出会った時に助けてくれるかもしれない。そうでなくても、ある程度揺さぶりを仕掛けることは可能になるはずだ。
「ありがとう。えっと紙は寝室にあるベッドの隣にあるんだけど」
何でベッドの横に置いてんだよ!思わず声が出そうになったわ!!
「……分かった。取ってくるから少しそこで待ってろ」
「はーい!出来るだけ早く取ってきてね」
魔女イルスに関する資料を探すつもりがトイレの紙を探すことになるとは……。っと、寝室は他の家とは少し違うんだな。
普通の家ならベッドと小さな机と椅子、クローゼッドというのがベースなのだが、魔女イルスの寝室はそこに本棚と研究道具らしきものが置いてあった。
それとこれは、全魔女の手配書か?
机の前の壁に貼られている手配書は全魔女の手配書で、それぞれに名前と二つ名と懸賞金が書いてある。
東の魔女シリス=レコード 懸賞金1800万。
西の魔女イルス=グローヴィア 懸賞金1600万。
南の魔女ミューネ=リュグレッド 懸賞金2500万。
北の魔女ルフィア=クレイダ 懸賞金2000万。
これだけを見たらミューネ=リュグレッドという魔女が一番強く危険だと思われるかもしれない。だが、マロンの情報を聞くに一番危険なのは間違いなく魔女イルス=グローヴィアだ。
「褌を締めなおさないとな……」
研究道具も気になるが手配書で時間を取りすぎた。トイレの紙を持つと急いでトイレの前へと戻る。
「悪い、待たせた」
「遅ーい!何やってたの!」
「それで、紙はどこ置いとけばいい。入口の横か?」
「えっ、無視?……そうね、置いといてくれたら勝手に取るから入口近くなら適当でいいわよ」
「分かった、俺はもう行くから早く出ろよな」
入口横に紙を置くとわざと大きな音を立てながら離れ、少し離れた位置についたら足音小さく鳴らして遠くへ行ったように見せかけて近くの物陰に隠れて様子を伺う。
少し待っているとドアが開いて中から人が出てきた。
「やっぱり魔女イルスだったか……」
出てきたのは、先程魔女イルスの寝室で見た手配書に乗っていた顔。紫色の髪に赤い瞳を持った少女の容姿をした彼女は入口に置いてある紙を取ると中に引っ込む。
「ふぅ、助かったー。それにしても紙持ってきてくれたの誰だったんだろうな。女の子の声だったけど……」
ドアが開いているままだから声が聞こえる。どうやら、まだこちらが侵入してきた敵だということには気づいてないらしい。
腰の鞘からダガーを抜くとそれを構えて一気に距離を詰める。
「えっ?」
流石にドア前まで来れば気付かれるか。だけどこの距離……貰った!
ダガーを持つ手を手前に引くと一気に前に突き出す。
「くっ……!エアシールド!!」
魔女イルスは驚いたはものの魔法を使って攻撃を防ぐ。
「くそっ……防がれたか」
相手が魔法を使う場合、距離を取っての攻防は危険だ。だからと言って情報が無いまま近接での攻防も得策ではない。ならどうすればいいのか……答えは簡単だ。相手に攻撃を与える隙を無くせばいいのだ。
「さっきトイレの紙持ってきてくれた子だよね?これはどういうつもり?」
「どういうつもりだって? そりゃあ目の前に賞金首が居たら誰だって狩るだろ。特に傭兵ならな!!」
ギィン!という音ともにエアシールドが弾け、俺と魔女イルスの間を遮っていた壁が無くなる。
「今ならまだお遊びで済ましてあげるから今すぐその剣を収めなさい」
「そりゃ俺も今の状態じゃ魔女を相手にしたくないけど、街を解放するにはお前を倒すしかないだろ?諦めて死んでくべしっ……!」
ダガーを振るって攻撃をする暇を与えないようにしようとするが、飛んできたトイレの紙によってこちらの攻撃が中断されてしまう。
「街を解放?何を言っているの?」
知らないのか?いやそんなはずはない。マロンの街の住人をアンデッドに変えたのは魔女イルス、こいつのはずだ。いや惚けているのか。……まあいい。距離も取られたし、ここは一度間合いを確認しとくついでに再度確認しておくか。
「知らないのなら教えてやるよ。マロンという女は知ってるだろ? 彼女が住んでいる街の住人をアンデッドに変えたのがお前で、お前を倒せば街は解放されるってことだ。まあ、倒して解放が出来ないのなら捕らえて無理やり解放させるだけだけどな」
「ッ……!!マロン。へえ、そう……生きてたんだあいつ」
本性を表したか。マロンと言った瞬間に顔が変わり、先程まで優しかった顔は憎悪に染まって俺のことも蔑んだ目で見てくる。
「どうした?もしかして怒っているのか?」
「ああ、そういう……。ううん、哀れんでるだけ。ごめんね、一瞬だけ痛いだろうけどそれは君のためだから許して………」
「あ?何を言っ……て……!!」
ああ、これ前にも似た感じがあったな。
目の前には視界を遮るほどの光量を放つ魔法陣が形成されており、中からは黒い小さな雷の玉が出てきてた。
「ブルサンダー」
ドガァン!!という大きな音が最後に聞こえ、視界が暗くなっていく。視界の端では、魔女イルスが俺のことを哀れんだ目で見ていたような気がした。
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