第9話

「ここが、アルダーヌダンジョンか」


 目の前には小さな洞窟の入口がポツンと立っていた。マロンから借りたランタン型の魔道具を片手に洞窟の中へと入る。

 洞窟内は小さな入口と比べ、自分が手を広げて横1列に5人は入れる余裕があるほど広い。広いと色々メリットがあって良いことだらけなんだが、ここ洞窟では違う。広いとは別に明かりが壁まで届く必要があるのだ。


 今、俺の持っているランタン型の魔道具の明かりでは壁から4歩離れた所までしか光は届かず、壁沿いに何か居たとしても気付くことは無い。そう、だから壁沿いにもし敵が居た場合は不意打ちを喰らう確率が高くなっているのだ。

 まあ、そうならない為にも使える感覚は全て普段より研ぎ澄ましているのだが、それをするとずっと集中し続けるということになって無駄に体力を使う。

 だから魔道具を腰の剣帯に付けると、ダガーを抜いて洞窟内を駆け始める。


 走ることでも体力は使うが感覚を研ぎ澄ますのよりは体力を使わない。それに、疲れるよりも先に魔女の住処を見つけてしまえば歩いて探した時よりも体力を使わないってわけだ。走るぶん、敵に遭遇する危険度も増すがな……。


 ●〇●〇●


 走り出して20分。今は下の階層へ続く階段を降りて2層目を探索中だ。

 一層目は魔獣との遭遇も魔女の住処も何もなく、ただひたすらに洞窟内を走るだけという作業になってしまった。

 アルダーヌダンジョンは2層で出来ているダンジョンのため、流石に2層目も何も無いということはないと思うが、念のため更に注意を凝らして探すことにする。


「ん?今なにかあったな……」


 2層を探索して10分。一層の探索と合わせると丁度25分が経過した頃、ようやく魔女の住処にあたる手掛かりらしきものを発見する。

 それはたった一つの違和感。来た道を戻って違和感を感じた壁付近を調べ始める。一見すると普通の洞窟の壁にしか見えないが、長年傭兵として人の裏をかき続けた俺だからこそ気づけた違和感。いや、まあ少し盛った。これは戦いの経験が長ければ誰でも気付けることだろう。


「っと、あったな……」


 違和感を感じた壁の近くにある岩裏。そこには一つの魔道具が置いてあった。魔道具を手に取り、下に付いていたスイッチを押して止めると、違和感を感じた壁が徐々に歪み始めてドアが出現する。


「幻覚作用の魔道具かよ……」


 嫌いなタイプの魔道具に思わず悪態を付くが、魔道具を背負い袋に入れると何事も無かったかのようにドアを開けて中に入る。


「これは家…なのか……?」


 中は生活感が漂う内装をしており、近くにあった机の上には食べかけのご飯が置いてあるなど、ここが洞窟の中だということを知らなければ普通の家と見間違うほどだった。


「さて、人の気配が無いうちにさっさと探索するか」


 魔女イルスは何処かに出払っているのか人の気配はしない。なら、このうちに出来るだけ情報を集め戦闘を有利に運びたい。

 近くにあった箱の中を漁り始める。箱の中は沢山の研究資料が入っており、中にはマロンの街の資料も入っている。だが、魔女イルスに関する情報は無く、研究資料に関してもマロンの街の状況を解決するための情報は一つも無かった。


 他には何かないかとよく探索するが、どうやらこの部屋は研究資料の入った箱以外は普通の家と変わらない部屋らしく怪しいところは見つからなかった。


「なら次に入るのはこの二つのどちらかだが……」


 リビングと思わしき部屋と繋がっている部屋は2つあり、それぞれのドアに寝室とトイレと書いてある。


「トイレは流石に無いよな……」


 念のため先にトイレを探索しようとしてドアノブに手をかけると、中から声が聞こえてきた。


「あっ、今入ってるわ!!」

「すまん!入ってたのか……」


 なんだ、トイレ入ってたのか。てっきり敵が居たのかと思ったじゃないか。しかし、トイレから出てくるまではトイレ内は探索できないからその間にどこ探すか……開いているのはもう寝室しかないんだよな。


 ……っていやいやいやいや!! 今の誰だよ!?流れるようにスルーしちゃったけど、今絶対トイレの中から聞こえたよな? それに、さっきまでこの部屋には人の気配がしなかった筈で、今も人の気配はしないのに一体誰が入ってるんだ!?


 動揺で上下に震えてるが、誰が居るのかは確かめないといけない。再度、トイレに近づくとドアをノックする。


「誰かいるのか?」


 返事は返ってこない。今の一瞬で居なくなるなど有り得ない。マロンの街の前科があるが、それでもおかしいと思いドアに耳を当てて耳を澄ます。すると、中から僅かな嗚咽と「助けて……」という声が聞こえてきた。


「どうした!? 何があったんだ!?」


 まさか何かあったのか!?急いでドアノブを捻って開けようとするが、鍵が掛かってるらしく開かない。


「くそっ……!大丈夫か!? 今開けるからな!!」


 取り敢えず安心させる為にそう叫ぶと、小さな声がトイレの中から聞こえて来る。


「………………ない……」

「なんだ!出来ればもう少し大きな声で頼む!」


 僅かに聞こえない声量で届いたためもう1度頼むと、今度はハッキリと聞こえる声量の声が俺の耳に届いた。


「紙が……ない…………」

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