第1話
「大丈夫?」
「ああ……すまない、もう大丈夫だ」
泣き始めて数分間ずっと俺の背中をさすって泣き止ませてくれたことにお礼をしつつ、スッキリとした頭の中で今までの出来事を整理する。
まずこの女は間違いなくこの家に住んでいる人物だろう。何故俺を家まで運んだのかは知らないが、恐らく今の俺が少女の姿になっているからという可能性が高い。
先ほど起こしてもらった時に見えた部屋の奥にある鏡。そこには25年以上戦場に身を置いたせいで強面になった俺は写っておらず、変わりにあの時ルフィアが背負ってきた仮死状態だったはずの少女が写っていた。
最後にルフィアが使った魔法……あれは身体を入れ替える的な魔法だったのだろう。なぜ俺とこの少女を入れ替えたのかは分からないが、こうなっている以上ルフィアの魔法は成功してしまったと考える方がいいか。
だがまあ今回はそのお陰で助かったとも言える。
今も昔も変わらず子供というものは子供という事だけでアドバンテージになるものだ。俺のような傭兵は子供でも警戒はするが、戦いに身を置かないものからしたら子供に警戒なんてしないからな。
急に泣き始めたのもこの身体が原因の可能性が高いが、これ以上考えるとなると情報があまりにも足らないから一旦辞めておくか。
「そういえば俺を見つけた時、周りに誰かいなかったか? 例えば銀髪で魔法使いの格好をした女や茶髪の強面男とか」
「私が貴女を見つけた時は近くには誰も居なかったわよ。それにしても驚いたわよ……街の外で貴方みたいな小さな女の子がたったひとりで倒れているんだから。もし何かあったのならお姉さんが相談に乗るわよ。あっ、でも女の子だから自分のこと俺って言っちゃダメだぞ!」
メッ!と言った感じで指を俺に向けると、飲み物持ってくるわねと言って部屋から出ていった。
部屋の入口から遠くへ行ったのを確認すると部屋の探索を再開する。
今のうちに出来ることはやっとかなければならない。
まずは部屋を探索してあの女の情報がないか探すこと、そしてもう一つは偽名を考えることだ。
流石に助けてもらっただけではあの女を信用することは出来ない。これが本当の善意で失礼なことをしていると理解していても傭兵というものは人を疑うのが基本だ。もし騙されていて死んでから反省じゃ遅いからな。
偽名は今の俺が少女の姿で本当の名前が中性的でも女らしくもないので使いづらいからだ。本当は俺が男だということを告げるのもありなのだが、身体を入れ替える魔法など信じられるはずがないだろうし、万が一信じても本当は男だと言うことが知られれば警戒される可能性もあると考えると偽名は考えていて損は無い。
それにしても……。
部屋を改めて見渡すとそこそこ良い家だということが分かる。部屋には鏡が置いてあり広さもそれなりにある。ベットの布も薄い布1枚ではなく複数の厚い布を使っているところを見るに、貴族階級ではないとしても中流階級ではあると言ったところか。
続けて棚を探索してると一通の封筒を見つける。封筒は古く、文字も掠れているがなんとか読むことは出来る。
宛名はマロン=スノヴェルで差出人はパブロ=スノヴェル。ファミリーネームが一緒ってことは旦那か?
封筒の封を切ると中の手紙をとって内容を確認する。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
マロンへ
今オレはザック=バリューさんの元での魔力中毒の研究をしている。魔力中毒を研究している学者は少ないらしく資料も少ないが、ザックさんの元に行ったのは間違いではなかったと思う。
まだ特効薬は出来てないが進行を遅らせる薬なら出来たからだ。今は副作用などを確認してる最中で完成したとは言えないが、副作用などが特に無ければ今度それを持って家に帰ってくる。
マロンにはエルナが生まれたばかりで大変な時期なのにそんな時に一人にしてしまって申し訳なく思っている。俺は旦那としても父親としても失格だ。
今度帰ってきた時はオレとマロンとエルナの家族3人でピクニックに行こう。
そしてオレと一緒に南大陸で暮らさないか。
エルナのことを考えたらやっぱり南大陸に引っ越した方がいいと思うんだ。南大陸ならザックさんもいるし研究所もあるから何かあった時に対処しやすい。環境もそっちと変わらないから移動中の身体への負担も少なくて済む。
最終判断はマロンに任せるが、出来れば今度俺が帰ってくる時までに決めといてくれ
パブロより
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
手紙は旦那からの物で間違いなようだな。内容は魔力中毒のことらしいが気になるのは名前の方だな。
手紙の状態から見るに10年以上前のようだが、あの女以外に人の気配は感じなかったし母親だとしても若すぎるぞ。もしも女が娘のエルナだとしたら辻褄は合うのかもしれないが、それでも手紙の保存状態から10代前半ではないとおかしい。
俺が手紙を見ながら考えているとこちらに近づいてくる気配を感じた。
慌てて手紙を封筒に戻して棚にしまいベットに座ると同時に部屋のドアが開いた。
「待たせちゃった?」
「いやもう少し遅くても大丈夫だった」
「それならよかった。待たせた代わりに果汁ジュース持ってきたよ」
そう言うと女は手に持っていたコップをこっちに差し出してきたので、それを受け取ると喉に流し込む。
毒が入っている可能性もあるが流石に出されたものを貰わない訳にはいかないしな…………ヴッ!
「どうかしたの?」
女は心配そうにこちらを見ているがそんなものは気にしてられない。今気にすべきなのは女の正体やこれからの事ではない、この果汁ジュースのことだ。
何だこの果汁ジュースは………上手いじゃないか!!
一体なんの果実を使ってるんだ? 一般的な果汁ジュースは水で薄めていると聞くがまさかこれも水で薄めているのか!?
いやそれはない。この濃さは水で薄めたのではない別の何かで薄めた味だ。そうだ、絶対そうに違いない!そしてサッパリしていて喉に入りやすくて美味しい味だ。……何だ……一体何で薄めたんだ…………ッ!!
「美味しいようで何より」
「はっ!」
ふと声が聞こえて顔を上げるとそこには笑顔の女がいた。
「あっ、いや……これは、違っ!」
また油断した……ッ! 今日だけで2回目だぞ!
泣いた時から精神が肉体に引っ張られている感覚はしていたが、まさかここまで引っ張られているとは……。
俺が慌てているのを勘違いしたのか女は微笑みながら励ましてくれる。
「いいのよ別に気にしなくて。それよりも貴女の名前教えてくれない?」
「名前?」
「さっきから聞こうとしてたんだけど聞きそびれちゃって……。ちなみに私の名前はマロン。マロン=スノヴェルよ、よろしく」
女──マロンが手を差し出してきたが、俺はそれを握り返すのを少し躊躇った。
マロン=スノヴェルは先ほどの手紙出てきた女でエルナの母親だった。ということは最低でも30近くになっているはずだが、どう見ても目の前にいるマロンは10代にしか見えない。見た目が若い人と言われたらそれで終わりだが、何故か嫌な予感がする。
所謂傭兵としての感だ。だからと言ってこのまま差し出された手を握り返さないのは逆に怪しまれる。意を決して俺は手を握り返すと、そのまま自己紹介をする。
「俺はルーラ=ディンド、ルーラと呼んでくれ」
怪しまれないように自然に偽名を名乗り笑顔を作る。傭兵時代だと強面だから意味なかった笑顔も今の姿だと絵になるから多少のことは見逃してくれるだろう。そう思って作った笑顔だったが、帰ってきたのは「俺って言っちゃダメって言ったでしょ!」というお叱りの言葉だった。
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