傭兵は自分を探して旅に出る

黒乃瀬 綾斗

第0話 プロローグ

 戦場はこの世でもっとも死に近い場所だ……。

 気を抜けばその瞬間に首は刎ねられ、気を抜かなくても不慮の事故で死に至ることがある。魔獣災害や傷口から毒が入ったなど色々あるが、殆どの傭兵はそれらに対する知識が無いせいで死に至る。

 戦場では個人の強さは関係ない。

 個人が強くても人である限り何時か疲労は溜まり足が止まってしまう。其処を突かれて死に至るなど、英雄に憧れた少年の間でよく聞く話だ。


 俺はガキの頃から戦場で生きてきた。スラムで生まれ街で暮らすことが出来なかった俺は、その日の食い扶持を稼ぐため傭兵として生きてきた。

 だけどガキでは戦場で稼ぐことは出来なかった。普通は門前払いをくらい、運良く合格したとしても体のいい肉壁として利用されるだけだ。

 だから戦場から生きて帰ろうとお金は得られない。相手側からしたら肉壁として消費される道具だからだ。

 もしその事について問い詰めようしようとしても、聞いてない。そんな契約はしていない。お前が勝手に勘違いしただけだ。と言われ、最後は衛兵を呼ぶぞと脅される。


 ガキは傭兵ではお金を稼げない。そのことに気づいた俺は、薬草や戦術について学ぶことにした。

 力ではなく学で雇われるようにするために。

 読めなかった文字は孤児院でやっている授業に紛れ込み、書物は公共の図書館に侵入して、食事は食事処が棄てた廃棄物を食べながら、住居はごみ捨て場で隠れ住みながら、とにかく知識を詰め込んだ。持ち余る時間全てつぎ込んで。


 だからだろう。5年の命と言われてる傭兵生活で俺は25年も生き残った。詰め込んだ知識は魔獣発生の知らせを俺に知らせ、毒に蝕まれた俺の体を癒して何度も死の危機から俺を救ってくれた。

 今でこそ傭兵として名を馳せている俺だが、過去を振り返ってみると死の危機に瀕したことは何回もあったという事だ。


 じゃあ今は死の危機に瀕することは無いのか?と言われれば答えはNOだ。

 例え5年の命である傭兵生活を25年生きようと、どれだけの知識を蓄えようと、そして知識に見合う実力を身につけたとしても戦場では簡単に命が消し飛ぶ。


 今の俺がそうだ。

 先程まで剣を持っていた腕は飛び、地に付いていた足は折れて立ち上がる事すらできない状況。

 苦しみながらも顔を上げると、そこには銀髪の髪をした女がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 俺の今の状況を作り出した元凶にして、北大陸を活動拠点に置いているアクルスタ協会から2000万の賞金を掛けられている女。

 名前は確か……ルフィア=クレイダだったか?


 戦場であらかた周りを片付けた俺を魔術を使い不意打ちで四肢を使い物にならなくした敵だ。

 北の魔女と呼ばれ、賞金首でもあるこいつが何故戦場に居たのかも気になるが今はどうでもいい。どうにかしてこのピンチから脱することが最優先事項だ。

 俺がルフィアを睨んでいると、ルフィアがニヤついた顔をさらにニヤつかせる。


「どうしたの?」

「今すぐ、俺の体を治療して死にやがれ」


 唾を吐きながら悪態を吐いてみるが、ルフィアはそれを笑って受け流す。


「そうね、貴方を治療するのは悪くない案かもしれないけど死ぬのはごめんね」


 そう言いながらルフィアは視界の外へと歩き始める。


「じゃあさっさと治療しやがれ」

「いやよ、治療したら貴方ワタシを殺すでしょう」


 当たり前だ。例え治療してもらった恩があったとしても敵は殺すし、そもそも怪我をさせたのはルフィアが原因だ。


「無言ってことは肯定ってことよね。……まあ、もうすぐ治してあげるからそれまでは待ってなさい」


 視界の外からルフィアの声が聞こえて俺は1つ疑問に思った。

 ルフィアからしたら俺は敵だ。

 殺す必要はあろうと治療する必要はないはずだ。

 もし、実験体として捕らえるつもりなら今の状態でも問題ないはずだ。確かに俺は重症だが激しく動かさない限り死ぬことはないだろう。わざわざ治す必要なんてないのだ。

 だからルフィアの言葉に疑問を感じた。そして同時に少しの恐怖が沸いてきた。


 こいつ……一体何をするつもりなんだ……。


 〝治してあげる〟つまり今の状態から更に悪くなることを指しているに違いない。

 そうでなかったとしても間違いなく何かはするだろう。

 そうと分かれば何かあればスグ対応出来るように地面を這って体を少しでも剣に近づける。


 腕は飛んで足は折れて這いにくい中少しずつ近づいて、剣まであと1mにも満たない距離に近づいた時、ルフィアは肩に何かを乗せて戻ってきた。

 そして肩に背負っていた物をドサッと俺の目の前に落とし、そこに置いてあった剣を遠くへと蹴り飛ばした。


「ふう、危なかったわね」

「…………」


 俺は無言の舌打ちをしながらルフィアが落とした物を見る。

 すると物だと思っていた物は一人の少女だということが分かった。

 青髪で10歳に満たってない容姿をしており、その身体からは生気を感じなかった。


「死体か……?」


 思わずそう声を洩らすと、ルフィアは「仮死状態なだけよ」と言って俺と少女の周りの地面に何かを書き始める。


「おい、これはなんだ!今すぐ辞めろ!」


 嫌な予感がして中断を求めるがルフィアの手は止まらない。


「くそっ!」


 急いで地面を這って距離を取ろうとするが腕がない状態では上手く這えず少しずつしか進まない。そうこうしてるうちにルフィアは目的のものを書き終わったらしく、今度は何かを唱え始める。

 そしてそれを見た俺は書いていた物が魔法陣だと確信する。


 魔法陣。

 魔術師が大掛かりな魔術を使用する時に術者の負担を減らすため地面などに書いたりする陣。

 つまり、今ルフィアは俺と少女に対して大掛かりな魔術を使用する気でいるのだ。何かの魔術かまでは分からないが、大掛かりな魔術な以上危険なのは間違いない。


 必死に抵抗しようとしたが、身体は動かず魔術に関しても軽くかじった知識程度しかないのでどうしようもすることが出来ないまま魔術が発動してしまう。


 発動と同時に眩しい光が俺と少女を包みこむ。

 そして目の前が真っ暗になると今度は意識が薄れていく。

 徐々に薄れる意識の中、最後に自分の姿が見えた気がした。



 ●○●○●



「うっ…ぐっ……」


 身体中に鈍い痛みを感じて目を覚ます。

 目を開けると天井の木目が見え、建物の中にいるのがわかった。


 気絶したあと誰かが建物まで運んだのか?


 起きようとするが痛みで身体上手く動かず起き上がることが出来ない。

 このまま身体の痛みが軽くなるまで待機するのもありだが、もしここが北の魔女の家だった場合の危険性を考えると、何もしないわけにはいかない。

 そのため取り敢えず横になったまま警戒しながら武器になるものが無いか探す事にする。


 武器を探し始めて5分。手が届く範囲を探してみたが触れられたのは掛け布団とシーツのみで武器になるものは無いということが分かった。


 当たり前だが武器になるものは無いか……。なら次は周辺確認か。


「ぐっ……ふう……」


 痛みに耐えながら身体を横に倒すと目の前に青い髪の毛がファサと降ってきた。


 ……おかしい、俺の髪は顔にかかるほど長くはないし色も青ではなく茶色だったはずだ。

 違和感を感じて今度は手を見える位置に持ってくる。

 すると目の前に現れたの剣を握ってタコだらけになっている何時もの手では無く、白く少女のような小さな手だった。


 なんだこれは……?


 自分の手が見知らぬ手になっていた事で動機が早くなっていく。

 戦場で隙を作らないように動揺しない訓練はしていたはずだが、それでも動揺を隠せない。


 いや、まて。 俺は青い髪を持った小さな少女を見た覚えがある。まさか……!


 頭の中に浮かんだ一つの仮説。その答えを確認する為に自分の姿が映るものは無いか探そうとしたその時、ガチャリとドアの開く音がした。


「……ッ!!」


 油断した……ッ!


 もし今ドアを開けたのが北の魔女だった場合、俺に抵抗する術はない。ここまで運んでるのを見る限りすぐ殺されるということはないだろうが何されるか分からない。


 クソッ…!


 自分の身体が上手く動かない事にイラつきながら最後の抵抗でもと顔で威嚇の形を作ると、話しかけてきたのは北の魔女ではない見知らぬ女だった。


「あっ、やっと起きたのね。全然起きないから心配したのよ」


 北の魔女ではなかったことに思わず気が抜けて顔が元の形に戻る。それと同時にポロポロと涙が零れ始めた。


「あ……?」


 俺なんで泣いてんだ?


 突如零れた涙に困惑して涙を抑えようとしてるのだが、涙は止まるどころか抑えようとする度にどんどん大きくなっていく。

 そして最後には顔がクシャクシャにして大きな声で泣いた。


 まるで……戦場で家族を殺された少女がやっと安心出来る場所を見つけたかのように。

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