少女が立ち上がる
「作戦開始!」
アリスのその声が響く。魔族の群衆はすぐに行動へと移した。
我先にと駆けていく。その様相は”笑顔”だった。
誰しもが彼しもが、歓喜に満ちたような表情だった。
「凄い、ね」
春花はその様子を、ただそうとしか表現できなかった。
ほとんど全員が出ていった後、アリスはゆったりとした歩調で春花に近づき言う。
「みんな今日を待ち焦がれていたからね。本当に、待たせ過ぎちゃった」
ペロッと舌を出してバツが悪そうにそう言った。
「マヤ暦の終わり。二〇十二年十二月……」
「別にそれに合わせる必要なんて無かったけどね。でも、確かに地表魔力が濃くなってるのは確かだから、私達が動くには丁度良かった。それに、厳戒令が出てるから民間人をあまり巻き込まなくても済む」
春花は自身の両手に嵌められた四つの指輪を顔に近づけた。人差し指と中指にそれぞれ一つずつ嵌められた指輪は銀でできており、中央に大きな宝石のようなものが埋め込まれていた。
「大丈夫。春花ちゃんなら大丈夫。この半年、ずーっと特訓してきたから」
それは不安、自信のなさの現れだった。それを見抜くようにアリスから声をかけられる。
「それじゃあ、行こっか」
返事をしようとした時、電子音が鳴り響いた。プルルルというシンプルな携帯の呼び出し音だった。
二つ折りの携帯を春花は取り出す。画面に表示されたのは”父”の一文字。
「……出たほうがいいんじゃないかな」
アリスが動こうとしない春花へとそう言う。
「……はい」
それに従うように春花は電話に出る。
「春花、か?……父さんだ」
彼女は返事をしない。
「その、なんだ。今日のことは知っているだろう?ーーそれで、今何処に居るんだ。帰ってきて……家族、で過ごさないか」
春花は無言で言葉を聞いていた。
「……正直に言おう」
まるでため息のようにその言葉は出てきた。
ゆっくりと、その言葉は連ねられていく。
「俺は……俺と母さんはお前のことが本当に怖かった。怖かったんだ。わけのわからない力を平気で当たり前のように扱えるお前が。……だけど、そんなことを俺は認めたくなかった。認められるわけがなかった。母さんとも何度も話した。俺達は……取り返しのつかないことをしてきたのかもしれない。だけど……だから、もう一度、話し合いさせてくれないだろうか。チャンスをくれないだろうか。最後の……もしかすると今度こそ世界が終わってしまうのかもしれない。だから、最後に、一緒に居てくれないだろうか」
春花は無言を貫く。
「……わかってる。勝手なことを言っていると思うだろう。だけど、お前が生まれてきた時は本当に、本当に嬉しかったんだ。春の花のように、美しく、楽しい世界に居られるようにと名前をつけたんだ。……本当に、すまなかった。どうか、帰ってきてくれないか」
「……そんな自己満足に付き合ってられないの。せいぜい、元気で居てね」
そう言って春花は携帯を地面に叩きつけ、踏み潰した。何度も、何度も踏みつけた。ぜーはーと息が切れるほどに激しく繰り返した。
「良いの?携帯」
それが止むと直ぐにアリスは声をかけた。
「うん……お父さんがね、帰ってこいって」
震える声で、春花はそう答える。
「そっか」
アリスは春花を抱きとめた。
「帰りたかったら、帰っても大丈夫。私は、私達は決して貴女とその家族を傷つけはしない」
「……そうじゃない。そうじゃないの」
まるですがるかのように、春花はアリスを抱きしめる。
「うん……そう、遅すぎた。遅すぎたんだよね」
アリスは彼女の頭を優しく撫でた。
「泣き虫だね。春花ちゃんは」
「だって……だって……どうして今更、今になって」
咽び泣くような声。
「私が、私が力を見せたから。私が力を発揮しちゃったから、お母さんはお父さんに怒鳴られるようになった。お父さんは私を怯えた目で見るようになった。お母さんは私を憎むような目で見るようになった。全部、全部私が」
「違う。違うよ春花ちゃん。そうだとしても、それは人間の、生物として当たり前の事。異物を、異質を排除しようとするのは当然の事だったんだ。だけど、これからはそうじゃない。私達が魔法を使うことが当たり前の世界を作るから。それは、春花ちゃんも一緒に」
「……うん」
◆
「来たぞ、本当に」
月下にあるのは魔王城ーーそれは名古屋港沿岸に巨大な四本の鎖で係留されていた。
その手前に配備されているのは日本護国軍三個師団だった。
戦車が整列し、歩兵は盾を構え小銃を引っさげスコープ越しにその姿を捉えていた。
「総員、構え」
その手前に居るのは僅か五人だった。
一人はアリス。一人は春花、一人はエリザ。
加えて二人……一人は真っ白な長い髪、真っ白で青ざめた肌、赤い目を持つ女性。赤いタイトドレスを身にまとう。
もう一人は栗毛の天然パーマがかかった長身の少女だ。どこかの学生服の上にジャージを羽織り、ポケットに手を入れている。
「エリザ、陽子、先陣をお願い」
アリスがそう告げると二人は身をかがめた。
エリザの手には長剣と盾があった。剣は片手で扱うに丁度いい程度のサイズ、盾はスクトゥムのような大型の盾だ。どちらも白銀のように輝いており、装飾はないがまるで芸術品のような代物だった。背には真っ白な鳥の翼が伸びており、月明かりで美しく煌めく。天使と呼ばれるである象徴そのもののそれは魔力の塊であり飛行や防護の魔法の塊であることが知られている。
陽子とは天然パーマの少女の事だった。捲られた袖の下、腕はまるで獣のソレのように毛で覆われており、手は強靭な爪があった。足もまた獣のソレに近い容貌であり、頭からは狼の耳が生えていた。獣人、ワーウルフ。その破壊力は伝承通りである。
二人が前に飛び出す。空気が後から追いかけるように風となる。
「撃てー!」
同時に戦車、重火器が火花を噴いた。
その煙を纏うように、二人は戦車の目の前まで迫り、その剣で、腕で宙へと薙ぎ払った。
「バケ……モノ……」
誰かのその声は重火器の音でかき消える。だが、彼女達へ弾丸が届くようすはない。まるで見えない壁にあたっているように弾丸は跳ね飛ばされ、地に落ちる。
「魔力……障壁……!」
「そう、これが”今の”人間との決定的な差。魔力障壁にございます」
エリザはそう告げて首を跳ね飛ばす。
「無駄」
陽子はそう告げてその腕で身体を切り裂く。
まるで相手にならない。
赤子の手を捻るよりもずっと造作もないかのように、彼女達は戦場を闊歩する。
中央、ど真ん中をただ真っ直ぐに道を開けるように二人が制し、三人がそれに続くように悠々と歩く。
「やっぱり駄目だ!」「お終いだ!」「クソッタレ!」
怒号が、やがて悲鳴に変わっていく。
「逃げるなら追わない。私達は私達の宮殿に用があるだけです」
それに応じるように、アリスは声を発した。その声はまるで脳に直接聞こえるかのように、弾丸と爆発の轟音の中でも耳に入ってきた。
「向かってくるのであれば容赦はできません。しかし、此処から去るのであれば私達が危害を加える事はない」
「総員、怯むな!銀弾装填!」
部隊長らしき男はしかしその言葉を無視し、あくまで戦闘を続けるよう命じる。
「これなら効くだろ!撃てー!」
砲弾の雨。
重い砲撃音が幾重にも重なり、土煙が舞う。
「魔力障壁は銀を防げない……それが通用したのはお伽噺と十三年前まで。最早、銀は私達の弱点ではありません」
だがしかし、彼女達は立っていた。
何事もなかったかのように平然としていた。
アリスの告げた言葉がさらに、絶望を深めた。
「嘘だ……嘘だろ……」「ナンデ……」「無敵かよ!」
口々に怯えを発する。
身体は震え、勝手に後退りする。
攻撃力で言えば今のところはエリザと陽子の近接攻撃だけだ。実際、同じ剣や長物武器で応戦していればただの膂力の強い相手ぐらいで収まったのかもしれない。本来であれば取るに足らないものだ。だがしかし、現代兵器、現代戦争の装備ではそうはいかなかった。そう想定されているものではなかった。精々がナイフか銃剣である。最も殺傷能力の高いはずの銃が効かず、その攻撃を防ぐ手立ても薄いとなると、その勝ち目は明らかだった。
防御力。それこそが人類間の戦争と魔族との戦争における最大の違いだった。
「銀は効くはずじゃなかったのかよ……」
まるで児戯だ。そうでも言わんばかりに、彼女達はものともせずに海岸線までたどり着く。
「行かせるな!行かせれば世界が終わるぞ!」
誰かが叫んだ。
「飽和攻撃だ!魔力障壁だって無限じゃない!」
誰かが咆哮した。
「死ね!死にやがれってんだ!」
誰かが狂乱した。
だがーー
「聳え立つは鉄城、打ち払うは鏡像、汝は恒常の虚構成りて我らを守る白亜也。
霧が彼女達と軍隊の間を分け隔てた。数キロメートルもの幅に展開されたそれは正しく城壁そのものだ。
躍起になって兵士は銃を打ち続けるが、その霧はまるでスポンジのように弾丸を吸収していく。壁の反対側に、その弾丸が通る事はない。
「まだだ、まだ海軍が……」
海上の駆逐艦隊が砲を向けた。同時に真っ二つにそれらは折れる。
「な……」
遅れて耳を劈くような甲高く大きな音ーー鉄がぶつかる音がした。
それは駆逐艦が割れる音だった。
「私達は別に人間を滅ぼしたいだなんて思ってません。今から、それを全世界に向けて告げましょう。それでは、さようなら」
アリスはそう言い残し、魔王城に手をかざす。呼応するように魔王城から光の階段が降りてくる。
「だったら、何をしようっていうんだ!」
「領土を得て、国を作り、主権を持ち、繁栄する。人間社会と同じことです」
それだけ言い残し、彼女達は階段を登っていった。
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