第3話

『十六時にB棟前集合ね』

『荷物持ちよろしくっ』


 四限が始まって十分くらいした時、スマホが震えたので見てみるとこんなメッセが送られてきた。

 送り主の名前は『あおりんご』つまり蒼井あおいりん、僕の同居人だ。

 先生にバレないように手早く『り』と送ってスマホをしまった。

 まあ、この授業はスマホ触ってても怒られないんだけどね。






「おまたせー」

「おつかれ、早かったね」


 今は十五時五十二分。まだ四限の授業が終わって二分しか経っていない。

 多分走ってきたのだろう。ちょっと息が上がっている。


「うん。終わった瞬間、教室飛び出して階段で来た」


 わざわざ階段を使ったのか……。そんなに急がなくてもいいのに。


「友達とかいいの?」

「いいのいいの。どうせ週に四回は顔合わせるんだから」


 その理論で行くと、僕は毎日顔を合わせてるから、もっと扱いが酷いほうがいいんじゃないだろうか。

 そんなこと本人に言ったら、ほぼ確実に夕飯抜きにされるので言わないけど。

 彼女は僕を見上げて訝しげな視線を送ってきた。


「なんか僕の顔についてる?」

「ううん。それより買い物行こ」

「うん」


 僕らがいつも行くスーパーは学校から駅とは反対方向に五分の所にある。多分この地域だと一番安いし品揃えもいいところだ。

 うちの学生も結構利用するらしい。僕もたまに来ることがある。ここのお弁当は安くて量もそこそこあって、それでいて結構美味しいのだ。

 それでもさすがに彼女の手料理には敵わないので、いつも物足りない感じになってしまう。


「蒼ちゃん、エコバッグ持ってきた?」

「もちろんっ」


 重そうなリュックをガサゴソ探って、大きめのエコバッグを取り出した。

 僕は荷物持ちなのでを持って、彼女についていく。

 なんだか今日は彼女はご機嫌なようだ。その証拠に小さく鼻歌を歌っている。


「なんか今日、いいことあった?」

「ん? あ、わかる?」


 いいことあったらしい。別に今日はいつも通りの朝だったし、いつも通りの授業だったと思うけど……。

 まあ、機嫌が悪いよりはいいので良しとする。


「冬見くんは今日、何が食べたい?」

「うーん……」


 そう言われても思いつかないんだよな。

 僕は食欲が人より少ないらしい。朝昼抜きの夕飯はコンビニのパンとかがザラにあった。

 友達と食べに行くとかは別だけど、普段は一日一食で事足りていた。

 そのことを彼女に言ったら、物凄い剣幕で怒られたっけな……。


「冬見くーん、何も言わないと美味しいオムライスになるよー」

「……わかった、それで」

「え」


 彼女は信じられないという顔で僕の顔を見上げてくる。

 何か変なことを言っただろうか。


「あ、来週の分を前借りってことでしょ?」

「別に、ノーカンでいいけど」

「……冬見くん、熱ある?」


 彼女の手が僕の額に伸びてくる。渋々それを受け入れる。

 彼女の手は暖かい。体温が高いのだろう。子供――体が小さいから。


「熱はないね」

「うん、元気だよ」


 彼女はまだ納得がいかないようで首を傾げている。

 何がそんなに不思議なのだろうか。別に変なことは言ってないと思うんだが。


「ほんとにオムライスでいいの?」

「いいよ?」

「なんで?」


 なんで、と言われましても……。


「蒼ちゃんのオムライス、好きだから」

「すっ――」

「たまにはいいかなって」


 なぜか黙り込んでしまわれた。別に変なことは言ってないと思う。 ……言ってないよな?

 彼女はさらにしばらく沈黙した後、半開きになった口が少し動いたと思うと、急に振り向いてスタスタと歩き始めてしまった。

 ……何か不味いことを言ってしまっただろうか。もう二ヶ月一緒にいるけれど人間関係を語る上ではまだ短いしな……。地雷があったのかもしれない。


 その時、あることに気が付いた。彼女を呼び止めようと、伸ばした手を下ろす。

 ひとつは彼女がいつも買う卵パックをスルーしていること。もうひとつは彼女の耳が少し赤くなっていること。

 まさか、こいつ。 ……まったく、人のこと言えないじゃないか。


「蒼ちゃん、待って」

「な、なに」


 振り向いた彼女の額に、少し強引に手のひらを当てる。やっぱりちょっと熱い。

 無理矢理リュックを奪って、卵パックを買いに戻る。


「あ、ちょっとっ、どうしたの」

「熱があるのはあなたのほうです。夕飯は僕が作るから」

「……熱じゃないよ! ちょっと着込みすぎて暑かっただけ! 大丈夫だから!」


 ほんとか? ……確かに彼女の今日の服装は結構厚着だ。

 朝見た時はフリースにセーターカーディガンだったし、今はコートも着ている。おまけにここの暖房は効きすぎなくらいだ。

 ……確かに暑いのかもしれない。


「無理してない?」

「うん、してないよ。オムライス作れるから、大丈夫」

「……わかった」


 体温計が手元にない以上、彼女の言葉を信じるしかない。帰ったら測ってもらおう。


「リュック返して。あと卵とって」

「うん」

「あとそこの棚の上のほうにあるトマト缶とって。私、手が届かなくて」

「はい」






 レジに行った時、彼女がなぜか全額払ってしまったので、お金を渡そうとしたら「今日はいい、いらない」と言われてしまった。

 家賃、光熱費、食費は折半、と最初に決めたのだけれど……。

 受け取ってくれないなら、今度なにか奢ってあげるか買ってあげるかしよう。クリスマスも近いしね。

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