04

 数ヵ月後、行方をくらませた両親の代わりに春を引き取ったのは、元々彼女の親戚だったという夫婦。春の名を教えてくれた人。子供が出来ず寂しかったのだと言った。

 成宮家を出た春は、田中たなか春になった。

 田中夫妻は、春を学校に通わせたかった。だがそれは叶いそうにない。というのも、春はこれまで学校になど通っていなかった。外に出る時は常に仁が一緒だった。仁が居ない時に『外』に出ることに、ひどく怯えていた。

 噂で聞いた。成宮家の仁君は、どうやら天才らしいと。春が彼にしかなついていないなら、彼しか信じられていないなら、彼を頼るしかないだろう。

「家庭教師? 仁ちゃんが?」

「お願いします。春ちゃんが……普通の生活が出来るようになるまで、仁君にそばに居てもらいたいんです」

 それはきっと、仁だから出来たことなのだろう。一年半ほどの間、仁は学校が終わるなり春の所へ飛んでいって、家庭教師をして、時に外に連れ出して。自分の友人と引き合わせて人に慣れさせもした。

 勉学面で人より優れていた。友人も決して少なくなかった。そんな仁だからこそ、小学生でありながら一つしか歳の変わらない少女の家庭教師なんてことができたのだろう。

 勿論、田中夫妻や自身の両親の協力もあった。ないはずがなかった。

 あの両親の元に生まれたのは、春にとって間違いなく不運であり不幸であっただろう。だが仁と出会えたことは、田中夫妻に引き取られたことは、幸運であった筈だ。

 わずか一年半で小学五年までの知識を教え込み社会性まで身に付けさせた仁の功績は、地元で密やかに噂となり、間もなく広まった。

 仁の中学入学とともに春は小学校へ通えるようになり、自力で友人も作れるようになっていた。

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