03

 それからどうなったのか、仁はあまりちゃんと覚えてはいない。ただ、気付けば腕の中では、意識を失った春が自分にもたれかかっていた。

 自分の頬には濡れたあとがあって、家の中では見知らぬ大人たちがバタバタと動き回っていて。うち一人に手を差し伸べられて、安心した仁は堰を切ったように大声で泣きだした。

 夜になり、やっと警察署から開放された仁と春は、仁の母に連れられて成宮家へと帰った。保護施設に、と警察は言ったが、仁の強い希望を受け、母もそれを是とした為に保護観察対象とされることを条件に一時保護として認められたのだ。

「良かったね、春ちゃん。これからはずっといっしょだよ」

 笑って言った仁には、春の表情は見えていなかった。


「新しい家族」が、春には分からなかった。例えどの空間に居ても、彼女の中での「味方」は仁だけ。気付いたのは、数日が経ってからだった。

 はじめて会った頃のような、まっさらな人形のようになってしまった春は、成宮家に来てから一度も笑顔を見せてくれない。

「さみしいの? おれがいるのに」

 何気ない一言。それが、春の心を深く突き刺した。

「じんくん……っ」

 泣きだした春が、当てなく両の手をさまよわせる。その手を取れば、彼女は仁にしがみついて更に泣いた。

 なぜ彼女が泣くのか、それが分からないまま、仁はただ春の背を抱きしめるしか出来ない。

「いない……っ、かえって、こない……!」

「え……?」

 思わず呆然と返す。

「帰って来ない」……誰が? まさか、両親のことを言っているのか。あんな人たちを、親だと認識していたのだろうか。

「春ちゃん……」

「いない……っ」

「おれじゃ、だめ?」

 いなくなったりしないから。きっと、いつだって、きみの所へ帰るから。

 ぎゅっと力一杯抱きしめて、その日は二人抱き合って眠った。学校にも行かずに春につきっきりでいる彼を、そんな仁にすがる春を、誰も責めることが出来なかった。

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