02

「すみません、電話いいですか? あとコレ終わったので、次のやつお願いします」

 は? と言葉を失う仁の隣から、保健医が「いいですよ」と言いながら立ち上がる。先程解答用紙を取り替えてから、ほんの十分程度しか経っていない。後ろを向いて電話を始めた片桐少年は、テスト用紙に興味など持っていない様子だった。

「何、オジサン? 調査報告書? 机の上に置いてたじゃん。だからちゃんと持って行ってって言ったのに……。前日には鞄の中に入れてよね。分かったよ、学校終わったら持ってく。いいよ綾木さんにお茶淹れてもらうから。あ、あとほら、今追ってる案件、あれね、川さらってみて。凶器出てくるから。……あーそっちじゃなくて、もうひとつ東の橋のとこ。そうそこ。犯人、素手で触ってたから指紋も出る筈だよ」

 さらさらと彼の口から出る言葉はおよそ子供らしいものなどなく、どこをどう聞いても警察の捜査に協力しているようなそれだ。電話の相手……オジサンとは誰だろうか。にしても詳しい。まるで見ていたかのような口振りではないか。

 そしてもう一人出た名前、綾木……初老の男性で、毎回デスクに座ってお茶を飲んでいるイメージがある。いつも片桐が居ないので、プリント類を預けるのは大体彼へだ。そもそも片桐は最初の一回しか会ってはおらず、その後二回ほど仁が警視庁を訪れてはいるものの、仕事中ではあるらしいのだがニアミスにすらならず留守だった。

 どうせ教室に戻ったところで試験は済んでいるから暇だ。少し彼を観察するのも面白いかも知れない。

 机に片肘をついて顎を乗せ、仁は片桐少年──ややこしいので“湊”としよう──を見る。電話を切った彼はまた机に向かってシャーペンを走らせ始めた。

「次ください」

 またものの五分少々で解き終えたらしい湊に「これで終わりです」と保健医が言うと、あっさりと淡々とした態度で帰り支度を始める。保健医に言われて彼の鞄を仁が手に取ると、とても軽かった。

 手渡すと湊は無造作に筆箱を鞄に放り込み、その隙間から見えた鞄の中は空っぽのようでもあって。他の何にも興味などないとでも言うように、またスマートフォンを手に取る。

「もしもし、綾木さんですか? そう、その件ですけど……」

 連絡先は、またも警察。どうも忙しいようだ。

 何だか不思議な子供だった。大人顔負けの言葉を並べながら、仁よりも遥かに小柄な少年。いや、成長期が早く来たのか、今の仁と比べてしまえば大抵の同級生が小さいのだが。

 とにかく、彼に対しての不快な印象は掻き消え、仁は湊に興味を抱いていた。

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