第47話 招かれざるモノ

「いきますわよ! ……えいっ!」


 ほんわかとした雰囲気を醸し出すルミアが、可愛らしい掛け声と共にサッカーボールを蹴る。


 瞬間──凄まじい破裂音と共に音速を超えたサッカーボールが飛んでいく。

 どこぞの超次元GKもが裸足で逃げ出す程の威力のボール。全てを破壊し尽くすその脅威の前に立つのは──彩姫である。


「甘いわ!」


 言葉と共に彩姫はサッカーボールを両手で受ける。その破壊力に思わずザザザッと後退するも、彩姫はきっちりとボールを抑えた。


「流石……我らが守護神」


 リウのキラキラした瞳を受け、彩姫はフフンと得意げに微笑んだ後、


「……さ、反撃開始よ!」


 言って彩姫はパントキックでボールを前線へと飛ばした。


 そんな少女達の様子をのんびりと眺める存在が2人──桔梗と沙織である。

 何故シアに連れて行かれた筈の2人が再びのんびりとしているかと言うと、単純に沙織の体力が尽きたからである。

 しかし仕方が無いと言えるだろう、その時は力をセーブしていたとは言え、共に遊ぶ少女達は無尽蔵の体力を有する超人。一般人の沙織が力尽きてしまうのは至極当然の事であった。


 と、そんなこんなで休憩をする沙織は、目前で繰り広げられる異次元な技の数々に驚いた様子で、


「……凄まじい力ですね。あの華奢な身体のどこにそんな力が」

「大抵は魔力による身体強化の影響ですね」

「身体強化……ですか。魔力というものは使い勝手が良いのですね」


 言ってウンウンと頷く沙織。そんな彼女の様子を柔らかな瞳で見た後、桔梗の視線はスマホへと向く。するとそこにはデフォルトの背景と共に『12:00』という文字が書かれている。つまり正午である。


 桔梗は再び横に座る沙織の方へと視線を向けると、


「さて、そろそろお昼にしますか」

「そうですね……ちょうど対戦も終わったようですし」


 言って前方へと視線を向ける沙織。つられてそちらへと目を向けると、そこには腰に手を当て得意げなシアとラティアナ……そして数人の妖精の幼女達と、勝負に負けたのか『orz』がそっくりそのままあてはまる様なポーズをした彩姫とリウの姿があった。


 ──どっからどうみても数の暴力である。


 桔梗は苦笑いをした後、立ち上がると、


「みんなそろそろお昼にしようか」


 瞬間、ガックリしていた筈のリウがバッと立ち上がると、一瞬で桔梗へと近づき、キラキラとした視線を向ける。


「お昼……!」


 全く流石の食いしん坊さんである。……まぁそれは彼女だけでは無い様だが。


「おひるーーーーーー!!!!」

「お腹ペコペコっすー!」


 言ってラティアナとシアも一瞬で桔梗へと寄る。そしてその少し後に、落ち着いた様子の彩姫とルミアが桔梗の元へとやってきた。


 ……彩姫とルミアは相変わらず大人びてるな。


 シアと同年代であるのに、どうしてこうも違うのかと桔梗が心の中で思っていると、ここで「クゥゥ」という可愛らしい音が響いた。


 思わず音の方へと視線を向けると、そこには顔を真っ赤にしたルミアの姿が。


「お腹が……空きましたわ」


 愛らしい彼女の姿に皆愛しさを覚えつつ、


「さ、準備しようか」


 桔梗の声の後準備に取り掛かった。


 準備と言ってもそう大した事は無い。

 彩姫が持参した大きめのレジャーシートを広げ、そこに円形で座る。そしてその中心にアイテムボックスから取り出した弁当を広げるだけである。


 蓋が閉じた弁当箱。それをまるで宝箱に対するかの様に見つめる少女達。


「待ちきれない」「ワクワク」


 そんな意味を孕んだ彼女達の視線を受けながら、桔梗は弁当箱を開く。


 瞬間、少女達と沙織から感心の声が上がった。


「凄い! 豪華っす!」

「……全部食べたい。いや、食べる」

「流石ね。美味しそう」

「……♪」


 少女達の言葉、そして小躍りするラティアナの姿を目にし、ルミアは桔梗の方へと視線を向けるとニコリと微笑む。

 桔梗も「喜んでもらえたね」といった笑みをルミアへと向けた。


 その後、手を合わせ「いただきます」と言うと、皆我先にとお弁当へと手を伸ばした。


 そんな中、落ち着いた様子の沙織がお弁当へと目を向けたまま口を開く。


「……こちらは桔梗様が?」


「えっと、おかず類は僕ですね。主食系はルミアが作ってくれました」


「なるほど、お二人で……」


 言って控えめに唐揚げを掴み口元へと運ぶ。そして咀嚼、咀嚼して──


「桔梗様」

「はい」

「採用です」

「何に!?」

「おめでとうございます。桔梗様は明日から水森家の料理人です」

「初めて聴きましたよその話!」

「初めて言いましたから。……まぁ、冗談で、それくらい美味しいという事です」

「回りくどい! いや、でも嬉しい……何だこの複雑な感情!」


 そんな2人の仲睦まじい様を目にし、彩姫は小さく微笑むと、サンドイッチを口にする。


「ん、おいしっ」


 そして桔梗とルミアの相変わらずの料理の上手さに感嘆すると共に「本当にうちの料理人になれば良いのに」と心の中で思うのであった。


 ◇


 昼食を摂った後、食休みを挟み、少女達は再び遊びに出かける。その中にはラティアナに連れられていった彩姫と沙織の姿もあった。


 そんな中、遊ぶ少女達を眺めながら優雅に過ごす桔梗とルミア。


 彼女達の笑顔に平和だなーと思いつつ、隣で微笑むルミアに声を掛ける。


「この世界にはどう……慣れた?」

「いえ、正直まだまだですわ……けれど──」


 言って目を瞑り、少しして再び開くと、


「不安はありませんわ。だってこの世界には桔梗をはじめとした大好きな皆様が居ますから」


 言って満面の笑顔を見せた。


 勿論、未だ家族と会えない不安はあるだろう。しかしひとまずは現状を受け入れようとしているのか、その笑顔には以前似た様な質問をした時の様な不安げな様子はあまり見られない。


 ……良かった。


 ルミアの笑顔に桔梗は安堵の息を吐く。そして愛らしい笑顔を向けるルミアへと笑顔を返し──ここで桔梗は彼女の背後に言いようの無い違和感を覚えた。


 その違和感はじわりじわりと増していき──瞬間、突如空間が歪み、中から鎌のようなものが覗いた。


「……ッ! ルミア! 危な──」

「────え?」


 ルミアが桔梗の視線を追って振り向こうとし、しかしそれよりも早く鎌が振られ、それがルミアの命を狩るべく彼女の首へと吸い込まれていく。

 そして遂にその鎌が振り切られた時、そこにはルミアの亡骸が──無かった。


「……ふぅ。間一髪セーフだったね」

「──桔梗……さまぁ……」


 鎌から2メートル程離れた地点。そこにはルミアをお姫様抱っこの形で抱える桔梗の姿があった。が風に靡き、の瞳が目前を睨む。


「桔梗、あれは──」


 異変に気付いた少女達が桔梗へと寄る。


「わからない。ただ一つ言えるのは──」


 キッと鋭い視線を向ける桔梗。その視線の先には、


「──あれが、招かれざるモノという事かな」


 3メートルを超える、おぞましい化け物の姿があった。


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