第46話 秘境的草原と沙織の秘密(?)
目的地が少々奥まった所ということで、桔梗達は車で行ける位置まで移動した後、アイテムボックスに車を収納。その後は歩いて向かった。
舗装はされておらず、しかし別段苦労無く歩ける道を10分程行くと、ここで突如視界が開け、前方に一面の草原が広がる。
青々としげる若葉が風に揺れ、小さな波を作る。その風に乗った独特の青臭さが桔梗達の鼻腔をくすぐり、初夏の訪れを告げる。
そんな近頃の街では感じられない草葉の匂いや景色に、皆の心は躍った。
そして遂に抑えきれなくなったのか、異世界の少女達が溜め込んでいたワクワクを解放するかのように、ワーと楽しげに走っていく。ウズウズとしながら、しかしどこか斜に構えていた彩姫もラティアナに連れられ少女達の方へと歩を進めていった。
と、そんな中走る事はせず、視界一杯に広がる草原を眺める者が2人居た。──桔梗と沙織である。
彼らは横並びに立ち、走り回る少女達に視線を向けている。
とは言え、その表情は大きく違う。
沙織が目を細め、柔らかい視線を向ける一方で、桔梗は驚いた様に目を丸くしていた。
「よく見つけましたね、この場所」
「奥様の持つありとあらゆる権力を駆使して発見致しました」
「……何か嫌だなその言い方。凄く助かりましたけど」
「事実ですから」
言って、沙織がフフッと柔らかく笑う。
……本当、彩姫母には頭が上がらないな。
戸籍の件といい、彩姫母には助けられてばかりであり、桔梗は「今度何かお礼をしなきゃな」と心の中で思うのであった。
その後、再び無言で少女達を眺める。気持ちの良い風に吹かれながら、そのままぼーっとしていた2人であったが、ここで桔梗はチラと沙織へ視線を向けた。
特に深い理由はない。ただ何となしに沙織の表情が気になったのである。
きっとリラックスした笑みを浮かべているのだろう。
そう想像していた桔梗であったが、視線の先にある沙織の表情は、想像とは裏腹に何やら憂いを帯びた様子であった。
桔梗が探知の魔法を使用し、人が来てもすぐにわかる様にした事から、本来の姿となり、伸び伸びと過ごしている少女達。そんな彼女達を見るにしては少々おかしな表情である。
桔梗は横目で見て不思議に思い思わず口を開く。
「どうかしましたか?」
桔梗の問いに、沙織はチラと桔梗へと視線を向けた後、再び少女達の方へと視線を向け、
「いえ、あの……少し昔を思い出してしまいまして」
「昔……」
水森家に仕える前……だろうか。
そう考えながらも、その先の答えを待ち、桔梗は沙織へと視線を向ける。その視線を受けながら、沙織はどこか遠くを見つめるように目を細め、
「……はい。娘が居た頃の事を」
どこか憂いを帯びた様子でそう口にした。その言葉に、桔梗の脳内は混乱する。
「……娘」
……娘? えっ、沙織さんって既婚者だったの!? いや、てか居たってどういう事?
脳内がパニック状態に陥りながらも、しかしあいも変わらず憂いを帯びた表情の沙織に「若そうなのに色々と大変なんだな」などと思い、視線を落とす桔梗。
2人を数秒の静寂が包む。
何とも言えない空気が流れる中、ここで沙織が変わらず深刻そうな表情のまま、
「……まぁ、嘘ですけど」
「…………へ?」
パッと沙織の方へと視線を向けると、そこにはしてやったりと言いたげなドヤ顔があった。そしてそのままダメ押しとばかりに、
「嘘です」
「心配した気持ち返してくれます!?」
思わず声を上げる桔梗。そこへ楽しげにシッポをブンブンと振りながらシアがやってくる。
「どうしたっすか、ご主人」
「あぁ、ごめん。何でもないよ」
「……? そんな事より! ご主人も遊ぶっすよー!」
「……ちょっ!」
言って引っ張るシア。桔梗で無ければ物理的に腕がもげていたであろう力を受け、たたらを踏む桔梗。
「沙織さんも! ほらいくっすよー!」
言ってシアがぴょんぴょんと跳ねる。
「はい。わかりました」
そんな彼女の様子に微笑みを返した後、沙織はシアの元へと近づいていく。
その際、微笑みを浮かべた彼女の表情が一瞬だけ憂いを帯びたものになったのだが、その表情は誰も見る事が叶わなかった。
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