第40話 桔梗vsリウ

 闘うと言っても、当然地球上では闘えない。

 桔梗達がそんな事をすれば、辺り一体は更地になってしまう。


 ではどうするか。


 簡単な事で、闘っても問題ない空間を作ってしまえば良いのである。


 と言うことで、桔梗は早速空間魔法を使用し、異空間を作成した。


 リビングの壁に入口を設置し、2人で中へと入る。


 異空間の中は、当然ではあるが何も無い。辺りを見回し見えるものと言えば、異空間特有である、幾つもの色が混ざり合ったかの様な表現のし難い色のみである。


 正直その色合いもあってか、人によっては気持ち悪さを感じてしまいそうな空間ではあるが、桔梗達は幾度となく異空間を使用している事もあり、別段気分を害する事はなかった。


 桔梗とリウが少し距離を開け向かい合う。そして軽く身体を動かした後、桔梗が口を開く。


「いつでもいいよ、リウ」


「……どこまで……耐えられる?」


「うーん、リウなら6割程度かな」


 流石に急揃えの異空間では、圧倒的な強者であるリウの全力を受け止める事は不可能であった。


 リウはうんと頷く。


「わかった……なら少しだけ……本気でいく」


 瞬間、リウの瞳が赤く染まり、額から2本のツノが伸びる。

 そして背からはスキル『暴食』の代名詞とも言うべき数本の黒いもやが出現し、同時にバチバチという電気の様な音と共に、彼女の周囲を黒や赤の稲妻が走る。


 そして──


「……いくッ!」


 言葉の後、リウの姿がその場から消え……桔梗の背後に現れる。


 ──そこらの一般人ではまず視認出来ない程のスピード。


 おおよそ物理法則すら超えた動きとスピードで桔梗へと接近したリウは、背から伸びる靄を自在に操ると、複数回の攻撃を桔梗へと仕掛けた。


 しかし、桔梗は前方を向いたまま動かない。


 こうして、リウが繰り出した攻撃は、何をするでもなくその場に立ち尽くす桔梗へと直撃し──なかった。


 リウの操る靄が触れる瞬間、桔梗の姿がブレた。そして、逃げ場などない様に思えるリウの攻撃を、軽やかな動きで躱していく。


「………」


 しかしリウは一切驚かない。何故ならば、この攻撃が避けられるのは想定の内であり、本命はこれではないのだから。


 ここで、突如桔梗の足元に黒い穴が開く。そして瞬く間に、中から大口を開けた黒い塊が飛び出すと、桔梗を呑み込んだ。


「…………」


 辺りを静寂が支配する。


 さながらサメの如く、いやそれ以上に鋭く悍しい靄による捕食。


 例えどんな強者でも、大抵の存在は喰われた瞬間に魔力を吸い尽くされて、その生命活動を終えることになる。


 それこそ、ファンタジー系の物語に登場するドラゴンや、魔王の様な存在であっても。


 しかし──


「…………ッ!」


 突如、桔梗を呑み込んだ黒い靄から光が漏れ出す。

 そしてそれは徐々に強くなって行き、遂に横に一本の光の線が出来たと思うと、靄が裂け、中から淡い光を纏った無傷の桔梗が姿を現した。


「……流石……桔梗……」


 リウは静かに、しかし戦闘狂の如くニヤリと笑う。


 勿論、リウはこの攻撃で桔梗が傷を負うとは思っていなかった。

 しかし、実際に無傷な姿を目にすると、やはり桔梗の圧倒的な強さを実感する。


 ……強い、楽しい、もっと闘いたい。


 幾ら心優しい少女と言っても、リウの種族は強者との戦闘を何よりも好む魔族である。


 その本能にはどうしても逆らえないのか、徐々にリウは戦闘にのめり込み、ギアが上がっていく。そして、


「……もっと……いくよ……」


 瞬間、リウの周囲を走る赤黒の稲妻が更に激しさを増す。そしてほぼ同時に、先程とは比べられない速度でリウが攻撃を仕掛けた。


 ──その後、先程と似たような展開が続いた。


 ギアを上げたリウが、創意工夫し様々な攻撃を仕掛けるが、ことごとく桔梗に避けられるか、もしくは攻撃を相殺されてしまう。


 しかしそれでも、久しぶりの戦闘だったからか、それともスキルの弊害か、リウは非常に楽しげであった。


 ……良い息抜きにもなったかな。


 桔梗がそう考え、そろそろ終わりにしようかと思っていると、リウの方から、


「……楽しい……もっと……」


 という声が聞こえてくる。そして次の瞬間、リウの背から伸びる数本の黒い靄が合わさり──


「もっと……ッ」


「……ちょっ」


 桔梗は思わず声を上げる。


 と言うのも、今からリウが行おうとしているのは、異空間の許容限界である、全力の60%を明らかに超過した攻撃で、放たれたら最後、桔梗自身に被害は無くとも、外の世界に影響が及ぶ事となるのである。


 そうなれば、当然一ノ瀬家は滅茶苦茶になる訳で……。


 流石にそれはまずい為、桔梗はリウに瞬時に近づくと、


「おちつい……てっ」


 言ってリウの背後で禍々しい魔力を溜め込む黒い靄を光魔法により霧散させた後、彼女の額に優しくデコピンをした。


「……あう」


 リウは額を抑えたままらキョトンとした顔で桔梗を見る。


「ヒートアップし過ぎちゃったね」


 桔梗の言葉に、魔族の本能と暴食の弊害により戦闘にのめり込み過ぎてしまった事に気づいたのか、リウは申し訳無さそうに項垂れる。


「……うぅ……ごめんなさい」


「被害は何も無いから、大丈夫大丈夫」


 言ってリウの頭をポンポンとする。


 当たり前の様に桔梗が触れている事から分かる様に、鋭く存在感を発揮していた額のツノは無くなり、また瞳の色も元の色へと戻っている。


「それよりも、調子はどう?」


「ん。魔力の張りも……無いし……心も落ち着いた……もう大丈夫」


「そっか、良かった」


 ほぅと息を吐く。


「……ありがとう……桔梗」


「はいよ」


「……また……やろうね」


「次はリウの全力にも耐えられる様、堅固な異空間を作ってね」


「うん」


 やはり消化不良な部分もあったのか、全力でという桔梗の言葉に、リウが良い笑顔で頷いた。


 こうして、久しぶりの戦闘は終わった。


 と言う事で、そろそろ戻ろうかと考えた所で、入口に人の気配が現れる。


 2人がそちらへと目をやると、そこには兎耳の付いた可愛らしいパジャマに身を包んだルミアの姿があった。


「楽しそうな事していますわね」


「あ、おはようルミア」

「……おはよう」


「おはようございます桔梗様、リウ」


 言って、ルミアが優雅にお辞儀をする。

 その仕草は、彼女が王族である事をありありと感じ取れる程に美麗であったが、彼女の服装は可愛らしい兎耳付きパジャマ。


 ……違和感が凄まじいな。


 と思いつつも、表には出さずにルミアの元へと向かう。


「実は久しぶりに暴食の発作が出てね」


「あ、そういう事だったんですね。リウ……もう大丈夫ですか?」


「ん……大丈夫」


 言ってリウがサムズアップをする。ルミアはほっとした様子で、


「なら良かったですわ」


 と言い、微笑んだ後、一度ゴホンと声を出し、


「ところで桔梗様」


「……ん?」


「実は私も最近使っていないからか『眼』が疼いてしまいまして……もしよろしければ、私とも一戦お願いできませんか?」


「……良いよ、やろうか」


 こうして、桔梗は同様にルミアとも戦った。勿論、ルミアも6割程度の力しか出していなかったが、それでも久しぶりの戦闘に心踊っているようであった。


 その後は目を覚ましたシアとラティアナも交え、久しぶりの戦闘という名の運動を満喫。


 皆一様に良い汗をかいた後、普段よりも少し遅めの朝食を摂るのであった。

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