第13話 成就と喪失
「! !」
跳ね玉のように弾んでいくヴェルサに追いつくと、ヴァンは拳を叩きつけて攻撃した。
「勝手に反応した?」
「それっぽいね」
事態をいち早く把握したヴァイスとリーラは、素早く脳内で取るべき行動を取捨選択し、その場から逃走を選んだ。
不在故の不手際で押し通すしかなかったのだ。ヴァンが手を挙げた時点で明確な反逆行為、仮にヴェルサを倒せても自分たちを含めた他の『ティナの娘』が敵討ちに送られる。
主であるヴァイスは叱責を受けるだろうが、それでも『天臨』を取り上げられる愚は冒せない。
「く! こうなったらやるしかないのです!」
「もとより標的! いざ!」
「「閣下に続け!」」
「っち、俺の部隊も出せよな!」
プロスたちとセイドが突撃すると、残されたアトンたちはどうしてよいかわからず、要塞に向かうプロスの後に続かざるを得なくなった。
「! !」
「な、なによあんた! あたしが誰かわかってるわけ~⁉」
岩をも砕く力を叩きつけているのに、戦慄しているのはヴァンの方であった。数十発も殴っているのに、ヴェルサは出血どころか腫れさえ見せないのだ。
「‼」
鎧が爆発した。
否、赤い胸当てが熱を発射したのだ。農場でヴァンを昏倒させた一撃は、二度目の遭遇でもその命を奪うまでに至らなかった。
まとわりついていた怨念が、ヴァンの肉体からその熱を遮断していたのだ。流石に衝撃までは殺せずに、大地に叩きつけられしばしの痙攣を余儀なくされたが。
「! !」
「え~! その一つ目……生き残り⁉」
一つ目と斧を見てようやくヴェルサは気づいた。同時に、迫る複数の人影にも注意せねばならなくなった。
「覚悟!」
「なによ~! あんたたち~!」
真っすぐに刀を振りかざして突進してくるプロスを迎撃しようとしたヴェルサは、不意に襲い掛かった衝撃に膝をついた。
「はあ?」
『飛ぶ焔』による不可視の攻撃だった。闇夜に紛れた浮かぶ球がヴェルサを囲んで、時間差をつけて逃れられないように攻撃を加えている。
「ヴァンさん! 『要塞』に!」
アトンの叫びが上空の『要塞』から響いた。
内部ではロデが『要塞』を制御し、ヴァンたちの補助を行う傍らアトンらが必死に呼びかけている。
ロデの表情が厳めしいのは、アトンの叫びが気に障っているのと岩をも容易に『抉る』攻撃を受けながら無傷であり、且つ立ち上がらんとしている『黒鉄』ヴェルサに恐怖しているのを隠すためだった。
「一気に決めますよ!」
「了解!」
シェンが太刀をヴェルサに振り下ろす。
一撃を片腕で防ぎながら上げかけた膝を再び屈せねばならなくなったヴェルサは、間髪を入れず背に加わった衝撃と途切れない不可視の攻撃に苛まれた。
「直撃させたのに!」
「恐ろしく硬い!」
片目を逆逆に閉じている双子の少女が、尖角のハンマーを構えながら驚愕していた。死角を突いた上に渾身の一撃を加えたのに、ヴェルサの鎧は傷一つ付かないのだ。
「怯むな! 隙を与えるでない!」
それでも流石はプロスの精鋭部隊である、陣形を組んで彼女の指示通りに、間髪の無い攻撃を加えてヴェルサを釘付けにせんとした。
「うっさいのよー‼」
「攻撃が―」
警告した視力矯正器具をつけた隊員が胴を寸断された。
両腕で衝撃から守られたヴェルサの目が金色に輝き、光の槍とも言うべき熱線が放たれ次々に隊員を討ち取っているのだ。
「『細断光(ビム・フォトン)』‼」
「! !」
「名前はいるのです! だからこそこの威力!」
『要塞』を狙った熱線は『隔てしもの』によって屈折し直撃を阻まれたものの、余波で周囲の森が一瞬で炭化するほどの熱をもたらしていた。
直後に要塞が下降し、倒された隊員たちが無傷で降り立ってきた。復活のための条件さえそろっていれば、彼女たちは不死身の上に恐れを知らず対象に向かっていける。
「なんなのよー‼ 『空腕(ラキタ・シュラッグ)』‼」
しかし、その不死身がこの場合は仇となっていた。
蘇生した隊員たちは、ヴェルサが向けた腕から発射された同型の衝撃波で胴を貫かれてしまった。一撃で滅せされる状況では、不死身もさほど意味を成さない。むしろ復活による浪費を招いてしまっていた。
切りかかったプロスも『空腕』を手刀で変形させたもので逆襲に遭った。
怒ったシェンが飛び掛かったものの、数度斬り結むのが精一杯で程なく同じように両断されてしまった。
「下がるのです! 『鉄槌』で仕留めます!」
業を煮やしてロデが叫んだ。
『隔てしもの』が『要塞』の一か所に集中していき、名状しがたい光を放ち始める。
「⁉」
「おら! 逃げんだよ!」
戦闘で然程成果を上げられないセイドがヴァンを引っ張って逃げていく。
ヴェルサの周辺から隊員たちが退避し、『飛ぶ焔』も散開した。
「はあー? なによこれ!」
「『鉄槌』‼」
光が一閃の流れとなってヴェルサを飲み込んだ。
『隔てしもの』の力を一極集中させて放つ圧倒的な力が『鉄槌』である。本来は大軍を相手に放つ程の威力であり、そうであっても過剰火力に過ぎた。
ロデをして、実際に放つ機会は早々あるまいとしながら示威としては有用との評価である。それをただ一人がために使うとは。
「痛いー! 何すんのよ⁉」
さらに、仕留めきれぬとは予想だにしなかった。
焦げや傷は見受けられても、ヴェルサはまだまだ戦闘に支障をきたしていない。
「よーし、こうなったら―」
「‼ ‼」
避けきれなかったのではない。
ただヴァイスは己の『天臨』に絶対の自信を持っていたため、ヴァンの一撃を受けることにしたのだ。
然る後返す刀の『細断光』で愚行の代償を払わせるつもりであった。
「え⁉」
「!?」
確かに『黒鉄』の鎧は斧を通さなかった。
しかし、その姿を消失させようとは予想外だった。
『天臨』を喪った少女が後に残るだけなのだった。
「うおお!」
アトンの叫びに反応したヴァンは、『要塞』から落下する彼の姿を見た。飛び降りたのではない。
「なにを⁉」
「……」
「これは⁉」
『要塞』、そしてロデたちが発光しながら消失を始めているのだ。
「ば、馬鹿な⁉」
「閣下!」
「ど、どんな攻撃が……‼」
プロスらも同様に消失していく。体は勿論身に着けたものも、全てが消失していくのだった。
「何が―」
ヴァンに纏わりついていた鎧もであった。斧もその異様を元の姿へと戻している。
ほんの一瞬の間に、ヴァンと『黒鉄』であった少女、そしてアトン以外の全てが消え去ってしまっていた。
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