第12話 来訪者に拳を

「‼」

「口だけでも開けられないか……」

 くぐもって発言が出来ないヴァンをどうにかしようとアトンが悪戦苦闘している横で、ロデが代わってヴァイスとやりとりを始めた。

「どういうことなのです?」

「多分だけど他の子がヴァンを見つけたのよ」

「『蒼翼歌(ディーヴァ)』?」

「多分ね……」

 ヴァイスの顔にも悔しさが滲んでいた。

「それも『ティナの娘』だな」

「うん、お母様側の姉さまだよ」

 アトンにリーラが答えた。

「一体どれだけの派閥があるのだ?」

「お母様派、反お母様派、それ以外よ」

「詳しく教えろよ」

「……私とリーラと『青貫空(ブロマーダ)』以外は敵よ」

 ヴァイスの言い様は素気がない、本来は秘密にしておきたい事象であったからだ。

「3人しか味方がいないのですか!」

「3人もいると言って欲しいね」

 プロスがリーラを睨みつける。

「私たち頼みか」

「勘違いしないで、そこまで切羽詰まってないわ」

 ヴァイスが自身に集中させようと業と挑発的に言った。案の定プロスと『夜の宣告』、セイドはヴァイスの言い様に気色ばむ。

 ロデはその単純さに苛立ちつつ、ヴァイスらから情報を引き出そうと苦心していた。

「それは今はいいのです、問題はその謁見なのです。断ることは?」

「難しいわね……病とかの偽りは見透かされてしまうし」

「そんなに凄いと叛意もわかっちまわないか?」

「そこまで万能じゃないよ、君たちが鎮圧した盗賊団や反乱だって事前にわかってたわけじゃないもの」

 アトンは引っかかりを感じた、何かを隠しているように思えるが証明手段がない。

「出るしかないならよいではないか」

「おバカ、今のヴァンを見てみるのです」

「! !」

「確かにこれだとちょっとな……」

「それ以前に、ヴェルサと出会った場合この姿はまずいのです」

「そうか、『エーステ』そのまんまだ」

 間違いなくヴェルサは機嫌を損ねる、それどころか宣戦布告と見なされる可能性が高い。

「ヴェルサどころか他の姉さまや妹たちも相手になるね。そうなったらごめん」

「敵対する気なのですか!」

「そうなるね」

「この状況で敵対すれば、お母様から『天臨』を取り上げられて私たちも殺されるわ」

 重苦しい空気が立ち込めた。

 ロデは抗議したかったが、根本的な解決にならないとわかっていて耐えていた。このままいけばヴェルサと敵対する、かといってここでヴァイスとリーラと決別してもあてはない。金銭と食糧のあてがなくなるだけ、勝てても『ティナ』に弓を引くこととなる。

「影武者はどうだ?」

 セイドが言った。

「嘘は……」

「嘘じゃない、こいつをヴァンだって言って出すんだよ」

 彼女の指さす先にはアトンがいた。

「おバカ、そんな―」

「いや……いけるかもしれないわよ?」

 ロデは少しムッとてみせたが、対照的にヴァイスの目は光り輝き出していた。

「『天臨』は遠隔操作ができるはず……確かにあごっちなら」

「あごっち⁉」

 影武者はともかく、思わぬ綽名にアトンは驚きを隠せない。

「流石に無理だよ」

「いえ、ヴァンの顔は知られていないはず……このままならむしろあごっちの方が……」

「な、なあ、俺アトンって言う名前が……」

 ヴァンがアトンの肩に手を置いた。

「! !」

「違うからな? 『天臨』の名前のそれとは違うぞ⁉」

「なんで言っていることがわかるの……」

 ゲッサのつぶやきは無視された。

「やってみる価値はあるわ」

「危険なのです」

「いっそ攻め込もう」

「そうだ」

「!」

 またしても大論争が巻き起こった。影武者の是非、逃走の可能、綽名の変更について互いに一歩も譲らない。

 ゼッタが茶と菓子を二度ほど差し入れても収まらないことに業を煮やして手を叩くころには既に丑三つ時の気配があった。

「う~、いい加減にしい」

「大切なことなんだぞ」

「! !」

「とはいえ、確かにこのまま夜を明かしちゃうと面倒くさいね」

「明日も用事があるわ」

「それでは、日時を決めて話し合いの場を設けるのです。ただし、その場で絶対に結論をつけます」

「!」

「いいだろう」

「異議なし」

「いいぜ」

「閣下に従います」

「……」

「仕方ないわね……」

「いいよ~」

「お~、そいじゃ―」

「ヴァイス、お母様の言ってた奴ってここにいるわけ?」

 来訪者に一番に反応してしまったのがヴァンであることは仕方がなかった。

 纏っていた亡霊が動いた、恐らくは彼の願望を反射的に叶えてしまったのだろう。

 来訪者、標的、すなわちヴェルサの顔面をヴァンが殴り抜いて吹き飛ばし、その後に続いていたのだ。

「! !」

「うっそお⁉」

 次いで反応ができたヴァイスも、そう叫ぶのが精いっぱいであった。

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