第8話 故郷に『鉄槌』を

 ヴァンが戻ってきた頃には皆食事を終えていた。アトンだけは待っていたようで退室前と同じ皿のままであり、ヴァンは申し訳なさと気恥ずかしさに頭を下げた。

 3人組は席を外している、打ち合わせと言ってはいたがヴァンに怒られて気まずいのだろうとアトンは思った。一方的にヴァンが下という訳ではなく、『天臨』の主であるだけはある。

 ゼッタが温めなおすというのを断り、ヴァンとアトンは食事を終えてヴァイスに向き直った。

 シュピオは相変わらずヴァンの背後に付き添っており、ゲッサも不服ながら腰を下ろしていた。

「さっきはごめんなさい」

「ああ、では懸賞金の話に戻ろう」

 さらりと流してヴァイスはゼッタに巨大な箱を持ってこさせた。

「約束の分よ、数えて。埋葬なら私がするわ、ここから引くなんてケチな真似もしない」

 こそこそと3人組がやってきて、箱を持って部屋へ戻っていった。叱られた犬のような光景である。

 ゲッサは助けを求めるように目をやったが、3人組は気づかないのか無視したのか答えなかった。

「さてと、では今後についての提案をするわね。定期的な収入が欲しくない?」

「何か仕事があるのか?」

「そう、もちろんこれも条件があるけど」

「どんな?」

「やることはあんまり変わらないわ、紛争の鎮圧よ」

 ヴァンはアトンを見やる。

 アトンは突然のことに面食らいつつも、ロデもいないので自身ができる範囲の助言をしようとした。

 シュピオは隠れていてわからないが、ゲッサは自身がのけ者にされたと思ったのかアトンを睨みつけて無意味な重圧を与えた。

「そ、それと定期的な収入がどう繋がる?」

「現場がヴァンの故郷なのよ」

 ヴァンが目を見開いた。

 3人組が懸賞金を数える音がする。

「新領土で反乱は付き物なの、もちろん鎮圧するんだけれど、それが私に回ってきてる。成功したらご褒美にそこからの税収の4割がもらえるの。お分かり? 『もらった後どう使うか』は私の自由にできるわ」

「受けるのです!」

 声だけでロデが主張した。隠れてはいても話は聞き洩らしていない。

「問題はヴァンの……」

「やるよ」

 二つ返事でヴァンは応えた。彼が故郷に思うのは、復讐を成し遂げヴェルサの首を掲げる行為だけである。

「やるよ」

「山賊と違って討伐の必要はないわ、首謀者は割れてるから鎮圧して逮捕すれば自然に消える」

「わかった」

 様子を伺いながら3人組が入ってきた。

「確認したです、確かにあります」

「それじゃあ『要塞』を強化しないとな」

 ヴァンが穏やかに言うのに安心したのか、3人組は活気を取り戻した。

「やはり私の部隊だ!」

「俺だ!」

「黙りなさい、『要塞』の武装が先なのです」

 喚きながら外の要塞へ向かう3人組を見て、ゼッタは反抗的な少女と穏やかだが厳しさを併せ持つ父親の姿を連想した。

 ゲッサはまたしても放置され、せめてもの反抗と目を閉じて会話から脱落した。

「今回もうまくいけば、他の『ティナの娘』に引き合わせるわ」

「随分と信用してるな、俺たちが裏切ると思わないのか?」

 アトンがけん制した。うまい話には警戒しすぎることはない、リキドから教わり正しいと判断した教訓の一つだ。

「そこまで愚かと思わないわ、反逆して『ティナ』を敵に回して勝てる? ヴェルサを倒せる?」

 復讐後のことは一切考慮していないだけに、ヴェルサへの復讐にはヴァンは万全を期したい。そこをヴァイスは巧みについてくる。それ以外目に入らぬ相手には、対象をうまく動かしてしまえば操作できる。

「他の娘とか女王にバレないのか、急にそんな強い奴が出てくれば警戒されるだろ」

「されないわよ、私が『ティナの娘』である以上お母様には逆らえないんだから。だから、『天臨』はそのままで自由になる我儘な方法を探してるんじゃない? 最も君たちで密告するのもありよ? それで得られるのが私たちに与したよりも大きいと思うならね」

 数多くの『予備軍』を抱えているだけに、ヴァイスの物言いは相手に合わせて最も効果的なものを選んでいた。ヴァンもアトンも無学であるが、切れ自体は悪くない。

「ヴァンさん……」

「俺たちが今やらなきゃいけないのは『要塞』の強化……やるしかないよ」

 不意に外から轟音が聞こえた。


「中々ですね」

「私の部隊が~」

「俺の~」

「何の音だよ一体」

 ヴァンたちが外に出ると、『要塞』を見上げるロデたちの姿があった。

 シェンを含めて『夜の宣告』がヴァンを認めてどよめく、先ほど一喝されて委縮したようだった。

「みるのです、新たなる武装が加わったのです」

 『要塞』の周囲に小さな黒い球形が浮かんでおり、『隔てしもの』にも無数に浮いている。

「投石?」

「バカですね、見なさい」

 球形の一つが動くと、突然近場にあった石が何かに抉られたように弾けた。

「どうです? 人一人なら簡単に屠れるうえに弾も多いのです。名付けて『飛ぶ焔(ファイバル)』! 自動で動くのも可能なのです!」

「名前要る?」

「そして轟音の正体はこれ!」

 ヴァンを無視してロデが手を掲げると、波打っていた『隔てしもの』が一か所に集まり円筒の形をとった。

「あらゆるものを打ち砕く一撃、『鉄槌(ブシュタホン)』! 一撃ごとにお金がかかるので試射したから形だけです」

「ねえ、名前要る? 普通に丸いの出せとか大砲撃てとかでいいんじゃないか?」

「ヴァンさん、名前があったほうが『天臨』は強くなるんだぞ」

 自分が言うのはどうかと思ったが、アトンはヴァンに何度目かの説明をした。

「素晴らしいわね、君たちますます好きになってきたわ」

 ヴァイスは素直に感心した。物資と資金さえあれば自分たちに匹敵させることも夢ではない、それを手駒にできればさらに良い。

「より強大になるためいくのです!」

「私の軍団!」

「俺の仲間!」

「閣下のために!」

「わたくしはもう嫌! 見張りは嫌!」

「……」

「名前いるかな?」

「あった方がいい」

「おー、騒がしいやつらだ」

 新しい目的に向かって一行は行き先を定めた。

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