第7話 終わりは憂鬱に

 その日はそのままヴァンは戻らずに、夜明けと共にようやく姿を現した。

「お泊りか軟弱者!」

「軟弱者! 同意!」

「うるさいぞ」

 ヴァンはプロスと『夜の宣告』の批判をいなして、寄り添ってきたシュピオの頭を撫でた。

「こら、俺が指揮官だぞ」

 命令系統には逆らわぬはずだが、嗜好はそれぞれにあるらしい。シュピオはセイドに叱られても頭を横に振るだけでヴァンから離れない。

「で、ヴァンさんこれからは?」

「戻って―」

「待つです!」

 アトンが『夜の宣告』に囲まれる。

「間違えるなです、こいつにそこまで教えることはないのです」

「今さら―」

「手下にするなら戒めを付けるのだ」

 色白な『夜の宣告』の一人が腕輪を掲げた。

「こちらは利敵行為に反応して毒を回す腕輪だ、素晴らしい」

「いい加減に―」

「わかったわかった、俺はそれでいいよ」

 アトンは仲裁する口ぶりであった。折れることでいざこざがなくなるのならばいくらでも折れよう、経験は非常に豊富だ。

 自ら腕輪を取って手に嵌める。

「でも……」

「実際俺は流れで来てるしな、裏切らなきゃいいんだ」

「閣下、私は賛同できません」

「私もだ、しかし、腹立たしいことにヴァンには逆らえぬ」

 プロスたちが憎々しげにヴァンを睨んだ。

「なあ、ヴァンサンの『天臨』だから無口にしたりせめて反抗的にしないくらいはできると思うぞ?」

「やってみても無理だったんだよ」

 諦めたようにヴァンは肩を竦めた。

「それよりも……」

「ワッチか」

 リキドとバーバの墓の傍にワッチが寝ていた。酒瓶を転がし、アトンのかけてやった毛布を蹴り飛ばしている。

「置いておけないだろ? 一緒に―」

 アトンは首を横に振った。憐憫と同時に冷徹の混じった動作で会った。

「ワッチはここにいるしかない」

「でも―」

「泣くぞ、ずっと。ここにいない限り。そしてここに戻ってこようと暴れる、経験さ」

 ワッチがげっぷともつかない音を立てた。

「ワッチを動かせるのはリキドだけだったんだ」

「でも、ここにいたら……」

「なら、死ぬまで面倒を見続けるか? ……俺には、無理だ」

 『要塞』の兵に、と言おうとしてヴァンは刺すような視線に気づいた。

 シュピオまで例外なく、命令したら命果てるまで恨むと目が叫んでいたのだ。

「ああ……」

「ヴァンさん、自分でなんて言うなよ。絶対に音を上げて、俺はあなたを軽蔑しなきゃいけなくなる」

「無理かな……」

「断言できる……ワッチが明日にでも死ぬなら別だが」

 ヴァンはアトンを非難したかったが、言い様があまりにも深刻でそれをする自身が間違っているのだと言う想いに囚われていた。

 アトンの行動はワッチを死においやろうとしている、しかし、それが正しい流れだと思われるのも事実だった。この老人は墓守の末人知れず朽ちるのがふさわしい。

 唾棄すべき考えであり、ヴェルサにも通じる悪である。彼の何を知っている訳でもない、一体何様なのだと己でもわかっている。

 なのに否定ができなかった。

 結局ヴァンはアトンの言うままにワッチを放置した。

 偽善と知りつつせめてもと食糧や水、日々の生き方を教え込んで定期的に来ると伝えたが、彼が理解できているとは思えなかった。


「どうも……」

「帰ったぞ」

「飯だ飯」

「人数分ですね」

「ここが拠点かー」

「なんか狭いよね」

「『要塞』がいいな」

「あ、アトンって言います。初めまして」

「おー、なんかいっぱいきたなあ」

 ヴァン一行は、リンデン内のヴァイスの隠れ家でゼッタと再会した。札は彼女が言う通りに支障なく瞬間移動を可能にしてくれていたのだった。

「心配するな、寝床は『要塞』にあるのだ。よって貴方には食事を用意していただきたい」

「あー、わかった。ヴァイスにも言っておくからなあ」

 ゼッタは動じた様子を見せない。

 アトンとロデはゼッタに危機感を抱いた、無関心や無知ゆえの冷静さでなく、状況を把握したうえでの堂々たる態度なのだから。

「今度こそ俺の部隊を出すぞ」

「いいや、私の戦力を増強するのだ」

「うるさいのです、まずは懸賞金が入ってからなのです」

「んー? おめえ、頭のそれ取れねえのか?」

「染まっちゃってるみたいで……」

 ヴァンは赤く染まった前髪を引っ張った、生え変わるのを待つしかない。

「おー、そっちののっぽは風呂に入って服も洗えや」

「あ、すいませんでしたお見苦しい」

「俺も風呂に入ろ」

 各々ヴァイスの登場まで好き勝手過ごすこととした。

 プロスとセドンは取っ組み合いを始め、『夜の宣告』が乱入して大騒ぎになった。

 ロデは資金と『要塞』強化の流れを決めるために思案を重ねた。

 ヴァンとアトンは風呂に入り、服を洗って食事まで寝ることにした。シュピオも同行し、アトンに腕輪をつけた色白の隊員ゲッサが監視に送られた。

 日も暮れ、未だ喧嘩を続けるプロスとセドンを尻目に置き出したヴァン達はゼッタの食事の用意を手伝っていた。

 戦闘は得意なゲッサであったが、こうしたものは別の部隊が担当していたこともあり不器用で進みが遅い。些細であるが細分化の弊害と言えよう。

「なぜわたくしがこんなことを……」

「黙ってやる」

「俺はこういうの得意なんだ」

「……」

 ゲッサの不満をヴァンが諫める。

「大体ヴァン、貴方が軟弱なのがいけないのだ。すぐにあの部屋に逃げて、覚悟が足りていない」

「仕方ないだろ、すぐに迷っちゃうんだから」

「それが軟弱なのだ」

「精神面の揺らぎは簡単じゃないんだ、『天臨』がどうかはわからないけど、ヴァンさんを尊重しろ」

「黙るのだアゴ」

「おい!」

 ヴァンが叱るとそれきりゲッサは膨れ面で無視を決め込んだ。

 アトンは豪快に笑う。

「いいんだ、顎がでかいのは事実だし」

「ほー、口でなく手を動かせえ。ヴァイスが来たよ」

「久しぶり、でもないわね」

 『白流星』が姿を現した。

「表の丸いのは『要塞』かしら? お仲間も随分増えたようね」

 ヴァンが答えるより早く、ロデたちが走ってきてヴァイスを取り囲み、玩具をねだる子供のように喚いた。

「懸賞金!」

「私の戦力!」

「俺の部隊!」

「その前に食事をさせていただいても?」

「もー、ちっとかかるよ」

「手伝うわ」

 ヴァイスはロデたちをいなすと、腰を降ろして準備に加わった。

 ロデたちもしばし騒ぎ続けたが、無視して粛々と食事の用意をしているヴァン達に次第に羞恥を憶えいつの間にか手伝いに加わっていた。

 隊長のシェンを残し『夜の宣告』は出来上がった食事を持って『要塞』へ籠り、ヴァン達はやや手狭な食卓を囲んだ。

「予想だにしない速さだわ、あなたたちは有望ね」

「リンゲンはどうなってる?」

 ロデが懸賞金のことを切り出すよりも早くヴァンが尋ねた。

「多少問題はあるけれど安息に向かっているわね」

「盗賊団のねぐらは?」

 アトンがヴァンを見る、ワッチのことを知りたがっているのは明らかだ。

「さあ? そこまではわからないわ。その方がいいと思って、隠し財宝の行方とかがあるからね」

 プロスとセドンが同時に目を閉じ、ロデは料理皿に目を落とした。

 ヴァイスがヴァンらの行いを把握しているのは明らかである。

意地悪な微笑みを口元にたたえていた。

「それとあなたたち盗賊を大分逃がしたわね? 街へ戻ったりそこへ戻ったりしているのが結構いるわ」

「! 捕まえたのか?」

「まさか、極刑よ」

「爺さんがいた……」

 立ち上がりかけてヴァンは気づいた。老いぼれ盗賊一人の生死について、ヴァイスが把握している訳はない。呆気なく処理され、その実行者の記憶にもすでに残っていまい。

「どうしたの?」

「……盗賊たちは、埋めてやってくれ」

「え?」

「懸賞金から出していいから……」

 ついさきほどまで生きていた者の死はヴァンをひどく不安にさせた。

「ちょっと、何を言うのです。私たちは―」

「うるさい!」

 叫ぶヴァンをアトンが抑える。

 ロデたちは怯み、シュピオは別の部屋に逃げ出してそっと顔を出して窺っていた。

「やるぞ! 絶対に! すべこべいうな!」

「ヴァンさん、落ち着いてくれ」

 ヴァンは何度か深呼吸し、どうにか冷静を取り戻すとアトンとシュピオ、ヴァイスとゼッタに頭を下げて『要塞』へ向かった。

「なんだヴァン」

「また部屋に行く気だな」

「実に―」

「どけ‼」

 食堂に届く程の怒声の後に静寂が戻った。

 アトンは心配そうに寄ってくるシュピオを宥め、3人組は何ともないと主張するように大雑把に食事を掻き込みだした。

 ゼッタは特に動じない。

 ヴァイスはヴァンの振舞を反芻していた、情に流されがちな相手なら手は多い。やり方によっては『要塞』を我がもののように扱えるかもしれない。

「優しい人ね」

 アトンが不快気にヴァイスを睨んだが、彼女の言葉には少なからず好感も交じっていることは知りえなかった。

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