第5話 盗賊征伐
一行の殺戮劇は順調に進んでいった。プロスもセイドも見張りを軽やかに排除し、殺人に慣れているアトンもヴァンも舌を巻く程だった。
「ヴェルサを倒すとか言うヴァンさんの言葉、まんざら嘘でもないかもしれんな」
ヴァンは頷く、初めて彼女たちの腕を見たが明らかに自身の数倍は強い。復讐が現実味を僅かに帯びてきたように思えた。
「まだまだこんなものではないのです。ヴァンに資金と食糧がもっとあればより強力な軍になるのです」
「不甲斐なくて悪かったよ」
ロデの嫌みをヴァンは流す。腹は立つが事実であるからだ。
「あなたも随分裏切りに躊躇がないです」
「嫌われてたし嫌ってたからな」
アトンは冷静だった、言とは裏腹に粛々と見張りを片付ける。首を容易く握りつぶす怪力を目の当たりにし、ヴァンは良く自身が降伏させられたものだと改めて幸運に感謝した。
「色々あるのさ」
「あるよな」
言葉に出さずとも、二人には連帯感が生まれつつあった。
付き合いきれぬとロデは肩を竦める。
「そろそろ小屋とやらが見えてきますか?」
「ああ、もうすぐだ」
それから数十人の見張りを突破し、一行は眼前に本拠地を捉えた。
アトンの言う通りに、大きな小屋が一つ簡易なあばら家が一つあり盗賊団があちこちでたむろしていた。喧嘩するもの、寝転がるもの、盗賊であることを除けば日常の一場面である。
「気づいていないな」
「絶好の機会だぜ」
「ああ……先陣は任せてもらうぞ」
ヴァンはアトンの怒りに気づいた。隠してはいるが、滲み出る程の強さを発していた。寸前の彼とは明らかに違う。
それは己が者と同じだとヴァンは思った。地獄を見、泥を啜っているのを一顧だにせぬことへの怒り。アトンにとってのヴェルサは、リキドと盗賊団なのだ。
「では、行くのです」
アトンは駆けだした。
ロデはアトンにより頭数を減らし、できればリキドとバーバーも排除させたうえで彼自身にも死んでいて欲しかった。裏切り者は信用ならない、『要塞』の一部ならその心配はなく外部協力者は歓迎しなかったのだ。
「こっちもいくぞ!」
が、計算が狂った。
ヴァンは斧を振り上げると、ついて来ようとするシュピオを待たせて進みだした。無論、怪我のせいで歩いているようにか見えない。
「おい!」
「隠れてろって!」
「うるさい! アトンを援護するぞ!」
「あのお馬鹿!」
結果、ヴァン達もアトンに即座に続く形になりロデの計画は崩れてしまった。彼女らには到底理解できない理由であったが、ヴァンにはアトンを放置しておくことなどできなかった。
「なんだ⁉」
「アトン⁉」
「だっしゃあああああああああああ!」
盗賊たちの対応は後手に回った。
賞金稼ぎの討伐というアトンに課せられた日常業務が、彼らの排除を目的としたものであることは明言されずとも各々感じ取っていた。しかし、その動きは当然その任務を果たしてから起こるものだと誰もが思っていた。
アトンが破れることは想定すらされていない。そのまま雲隠れするだろうという見方が強かった。
よって、アトンが一人で本拠地に襲い来て、おまけに見知らぬ連中がそれに乗じるなどあり得ぬことだったのだ。何が何やらわからぬうちに絶命する者が続出した。
「バーバーを!」
「頭目を起こせ!」
また、アトンが相手とあって立ち向かう気概が喪われていた。所詮は盗賊、弱きに強くとも強きには逃げ媚びることしかできない。恥も外聞もなく逃げ出すものが続出した。アトンのようにその行為が生き延びたとして後にどう影響するかも考えられぬ故である。そして皮肉なことに、そうであった方が生き延びる事ができたのだった。
「蓄えはどこだ!」
「言わねえとぶっ殺すぞ!」
未知の連中はアトンとは別の危険があった。
銀髪と緑髪の二人はこの場にそぐわぬ美女であるのに強さは勝るとも劣らない上、蓄えのことを知って尋問してくる。
赤と金髪の青年は怪我をしていたが、それでも斧を振るって襲い来る盗賊団を撃退していた。傍の黒髪の少女と三つ編みの少女も、臆せずに指示を出してる。
「アトン……」
「! バーバーさん……頭目」
「やりやがったなこのガキ」
盗賊団がどよめいた。
アトンを上回る長身の面長な大男と、二人よりも小柄だが十分大男といえる樽のような男が悠々と彼に近づいていった。
頭目のリキドと、幹部のバーバーである。
バーバーは巨人と言って良い風貌で、朴訥とした顔は無表情であった。長い手足は細くも見えるが、巨体と比しているだけでヴァンの胴程もあった。
リキドは白髪頭でありながら、凄まじい活気と精力を漲らせていた。膨れ張り詰めた肉体はアトンにもバーバーにも勝っている、岩石が皮を纏って動いているかのような頑強さである。
「反乱か?」
「そう……ですよ。切り捨てはごめんだ」
「はっ、何で逃げねえ? わしはそうすれば放っておいてやったぞ」
「よく言いますよ、それじゃ食っていけないってわかってるくせに」
「どぶに浮かんでたころよりゃマシだろ? 恩を忘れおって」
リキドは笑った。
アトンは動揺して見える、敵対しているのに敬語が抜けないことからも緊張を強いられていた。
「手下どもはどうした?」
「色々あったんですよ……で、頭目、覚悟はいいですね」
「ガキが言うじゃねえか」
反対にリキドとバーバーは全くの自然体であった。それこそ、駄々をこねる子供を相手にする大人の貫禄だった。
「よし、行くか」
その言葉と同時にバーバーがアトンに突進した。
「しゃあっ!」
待ち構えていたように、迎撃の蹴りがバーバーの足に炸裂する。衝撃が空気を伝って周囲に拡散する威力だった。
「ばっ」
「!」
しかしバーバーは身じろぎもせず、手刀を振り下ろした。アトンが両腕で防いだが、足が地面にめり込むほどの重さがあった。
「ふんっ」
「ぐふっ⁉」
バーバーはもう片方の手を開き、アトンの腹を思い切り叩いた。
アトンは血を吐き、戦慄に青ざめる。そのままバーバーの巨大な手が腹を掴んでいたのだ。
「だあああああ!」
無我夢中でアトンはバーバーの顔面を殴りつけた。一撃が目に当たりバーバーも怯んでアトンの腹から手を離す。
アトンの腹には、10の穴が開いていた。バーバーの指が穿ったのだ、離さなければそのまま腹の肉が毟り取られていただろう。
「……随分鍛えたなあ」
「バーバーさんを目指しましたから……」
無表情だったバーバーの顔に初めて笑みが浮かんだ。
「そうかあ……それに応えないとなあ……」
「はい……」
「馬鹿野郎! てめえらなに見物してやがる!」
リキドが周囲の盗賊たちに怒鳴った。
「さっさとアトンの背中から襲え! 勝てるなんぞと思っちゃいねえ! 少しでも隙をつくらんか!」
慌てて盗賊たちが動こうとした。
リキドにとって戦いは生き残るための手段、『そうでない』場面ならば卑劣卑怯などは存在しないのだ。ただ、相手を無力化するために全力を尽くすのみである。
「させるな!」
「全く!」
「放っておけよな!」
しかし、ヴァンがさせなかった。
プロスとセイドが苦言を呈しながらも動いて、盗賊たちを撃退する。目の前の殺戮に、盗賊たちはすっかり腰が引けてしまった。
「と、頭目!」
「無理だ! こいつら『天臨』だ!」
リキドは舌打ちすると。じろりと二人を睨んだ。
「てめえら何なんだ?」
「貴様には関係ない」
「黙って蓄えよこせば、ぶっ殺すだけで勘弁してやるぜ」
不愉快そうに眉を吊り上げながら、リキドは油断なくヴァン達を観察した。
「わしの財産と懸賞金が狙いか」
「そうなのです」
バーバーの前蹴りを腹に受けながら、アトンはそれを折ろうと掴んだまま力を籠め、バーバーも殴りつけて引きはがさんと足掻く。二人の戦況は互角に思えた。
「……街の連中を渡す、財産もやる。代わりにわしには手を出さんでくれ」
盗賊団、そしてアトンとバーバーが思わずリキドを見た。仲間を売り、財産も手放してまで自分だけ助かろうというのである。
「だああああああああああ!」
その一瞬の隙がバーバーの運命を決めた。
虚を突かれてアトンに金的を叩き潰され、間髪をいれずに首を絞め折られていた。迎撃と復讐の意識の差が出たのだ。
「……そういう……人だと……わかっていたのにな……」
そう言い残し、バーバーは死んだ。盗賊たちからさらに逃走する者が出ていた。
「頭目……」
アトンには勝利の高揚はなく、憎々しくリキドを睨みつけた。
他の盗賊たちも同様であった。3人組ですらリキドを軽蔑しきっていた。
しかしリキドは全く動じることなく、プロスとセイドのみを見据えていた。
「街の連中を一か所におびき出せるぞ、あのままでは手こずるだろう」
「心配無用だ」
「そっちも手を打ってあるのです」
リキドはまたしても笑った。あまりに自信たっぷりなため、プロスでも気おされてしまいそうだった。
「そうか、参ったな」
「頭目!」
「黙っとれガキ」
リキドはアトンを一喝し小屋の方へ歩き出した、油断なく二人とアトン、僅かに盗賊たちが続く。
「わしはいつも言ってたはずだ、わしの全てはわしのためにすると。お前らもそのための手段だ、それで納得しとっただろう」
「うるさい!」
側近を喪い、味方からも離反されかかっているにも関わらずリキドはまるで揺らがなかった。
「財産はこの地下にある、好きに使え。懸賞金の倍はある。わしは暴れるでな、追うよりも―」
リキドは突如小屋の柱に手を叩き込んで、何かを引きずり出すと壁に向かって投げつけた。
「! 火だ!」
アトンが叫ぶと同時に、小屋に火があがりリキドは駆けだしていた。蓄えを囮に、逃走を図ったのだった。
彼の『天臨』は肉体強化だけあって、走力も体力も並外れている。二人は財宝を優先し、アトンに追われても逃げ切れると算段したのだ。盗賊たちではとても追いつけない。
「じゃあな!」
事実、謀はうまくいった。
ロデは二人に小屋の財産の確保を指示し、追いかけだしたアトンでもリキドには敵うまいと自負している。というよりも1対1では勝ち目がない。
盗賊たちはどうしたらいいかわからず突っ立っているものが殆どで話にならない。
そう、彼が想定していた範囲では全てが思い通りに動いていた。
「させるかああ!」
「ぬぐうっ⁉」
故に、範囲外の一撃に対応が出来なかった。
金髪の青年が走るリキドに斧を投げつけ、さらにそれが当たり、膝へ深く食い込むなど万に一つもあり得ない。
なのに、起こってしまった。
「くそ!」
「くっ……!」
リキドは倒れて転がり、ヴァンも痛みに呻いて座り込んでシュピオが支える。リキドの膝へ突き刺さった斧の柄の一つ目の紋章がかすかに光っていた。
「さ、流石隊長の斧……」
周囲はあまりの出来事に唖然として、しばし一人として動けなかった。
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