第4話 初陣

「それで、貴様の情報は何なのだ」

「おい、そんなことまでして……」

 木の幹に縛り付けられたアトンをヴァンたちは囲んでいた。

拘束はやむ無しとヴァンも認めていたが、喉元にプロスが刀を突き立てているのには苦言を呈した。

「当然だ、敵対者であるし『天臨』持ちなのだぞ」

「ああ、ヴァン……さん、俺もこれは仕方ないと思う。その気なら普通に抜けれるしな」

 アトンにまで指摘されて、やや憮然としながらヴァンは甘さを悔いて頷かざるを得なかった。

彼の恐ろしさは彼が一番知っている、完治すれば歩行に問題がないとロデの見立てではあるが、膝の痛みは我慢するのが精一杯の惨状だった。立っているのも座っているのもつらい。

「俺たちの盗賊団の頭はリキド、俺と同じく『天臨』を持ってる。粗暴なじじいだけど馬鹿じゃない。あともう一人バーバーっていうのっぽがいる、こいつも『天臨』だ」

「あなたも幹部なのですね?」

「そうだ、だけどそれももう名前だけだ。そもそもあんたたちを潰せってこの任務、俺を消すためのものだからな」

「なに?」

 ヴァンが訝しんだ。

「リキドがそろそろ引退したがっててな。当然跡目がいるだろ? あいつはバーバーにさせるつもりなんだ。で、俺はバーバーにとって目障りになったってわけ。おい、アトン手下を連れて鼠をやってこい、ってね」

「だからってなんで殺すんだ? 下につくなり独立なり……」

「そうなると俺が寝首を掻こうとすると思ってるんだ。……実際そうなったらやるけどね」

「ふん、山賊めが」

 軽蔑してプロスが言った。

「しょうがないだろ、山賊にしろ何にしろ無法者は真っ当な頭はない。どうやって楽に、騙し、殺し、奪い、犯すかだけだ」

「なんでそのまま逃げなかったんだ?」

「負けるとは思ってなかったからさ、賞金稼ぎの類は何度も来てるけど相手にならないからな。それに、こんな業界でも評判は大切なんだ。親の命令をほっぽり出して逃げたとあっちゃ、糞虫の扱いもしてもらえない。一人っきりじゃ生きていけないんだ」

 ヴァンは身につまされる思いだった。軍隊と言う環境でヴァンも同じ立場に置かれていたのだから。傍目に愚かと見える行為でも、当人には切実な事情がある。

「だから最初はあんたらを殺して部下と今後を話すつもりだったけど……観ての通りさ、戻ればのこのこ仲間を見捨ててって処刑される」

「だから裏切りですね?」

「ああ……それに、あいつらもそのままにして置きたくないからな。あんたらにやってもらえればそれで万々歳だ」

 平静に見えるアトンには隠れた怒りが滲んでいる。捨て駒にされた屈辱を表に出さないだけで、内心では渦巻く嵐があるのだろう。

「つってもな、俺らとっくにお前らの住処なんかわかってるぜ」

「だろうな『天臨』持ちだしな。けど、どこが手薄かとかリキドたちの『天臨』がどんなのか、どこに蓄えがあるかなんてのもわかってるか? 見張りの交代時間は?」

 ロデが目を光らせた。

「それに、討伐したら申告するだろ? でも、何もかも正直にする必要はない。盗賊が計画的に蓄えをしてるよりも、考えなしに使っちまってて略奪品はほとんどなし、でも説得力がある」

「……頭目の『天臨』と蓄えの場所は?」

「おっと、蓄えはどうでもいいけどリキド達は確実に決してもらいたい。教えたら略奪品だけ奪って逃げるだろ。『天臨』と見張りの位置が最初だ」

 ロデがヴァンを見、二人が次いで視線を送った。決定はあくまでヴァンだ。

「……蓄えは見てから決める」

 我ながら姑息と思いながらも、ヴァンは本目的であるヴェルサへの復讐のためならば悪徳も辞さぬ覚悟を決めた。

 アトンは満足そうに微笑む。

「『天臨』と見張りの位置は?」

「『天臨』は俺たち3人だけで3人とも一緒だ、肉体を強化する力。人の腕くらいならもぎ取れるし病気やケガにも強い、怪力でしぶとい人間だと思えばいい」

 言われると既にアトンの額の傷は塞がりつつあった。

「見張りは口よりも実地の方がわかりやすくないか? どうせ連れて行くんだろ」

「あなたに先頭を歩いてもらいますです」

「わかってる、こっちも言っておくが賞金の報告先を決めておいたほうがいい。あの街は盗賊団と癒着してる、討伐なんてなったら口封じに何かしてくるぞ。馬鹿だから」

「ご心配なくです」

 ヴァイスの言が正しければ、彼女に任せれば安全である。

「それじゃさっそく出発するぞ」

「腕が鳴るぜ! 初陣だな」

 準備を始める一行にヴァンも加わろうとし、シュピオが体を支えた。

「ありがとう」

「……」

 シュピオは恥ずかしそうに頷く。

「おい、お前は留守番だ」

「いや、俺もいくよ」

「足手まといなのです、命令だけしてればいいのです」

 ロデの言い方はともかくヴァンを前線に連れていく利はなかった。彼が死せば『要塞』も彼女らも消失してしまうだろうし、足を怪我していては戦力にならない。

「待ってるのは嫌だ、『要塞』も一緒ならいいだろ」

「というよりも、お前はゼッタの家で寝てろ」

「そうだ―」

「行く‼」

 ヴァンの口調の激しさに思わず一行は身構えた。

「自分の身は守れる、やばくなったらちゃんと逃げる! 札もあるしいいだろ!」

 渋々と3人は頷いた、不安はあるがここで怒鳴りあっても仕方ない。

「ご、ごめんな急に大声出して」

 ヴァンは怯えるシュピオに慌てて謝罪した、熱くなってしまっていたのだ。

 アトンはヴァンを探るように見、プロスに向き直った。

「待った、その前にあいつらに花でも添えたい」

「あん? 私たちが倒した盗賊共か?」

「そうだ、墓を作らせろとまでは言わない。少しでも悼んでやりたい」

「いいよ」

 ヴァンが許可して、プロスは渋々と刀を引いた。怒鳴ったことへの引け目を少しでも隠そうとしたのだった。

 アトンは小さな花を摘むと、近くの木の根元に添えて暫し祈った。

「ありがとう……じゃあ、行こうか」

 ぎこちない空気のまま、一行はアトンを先頭にして盗賊団討伐のために出発した。


「ヴァンさんが『天臨』なんだろ?」

「そうだよ」

 山道を歩き盗賊団の本拠地を一行は目指していた。

 シュピオの補助を受けていても、ヴァンの足取りはけがのためにひどく重い。とうに置いていかれているはずの緩慢さであった。

 そうならなかったのは、意図的にアトンが歩みを抑えていたからだった。一行の頭目であるために媚びを売っているのもあるが、命を救われたことといい花のことといい、好感の持てる青年に思えしきりに話しかけた。

 ヴァンも、痛みを紛らわすためにアトンとの会話を続けていた。3人組が言うように本来は寝ていなければいけない重傷だ。

「名前を付けると『天臨』は強くなるぞ、どういうものか名前で固まってしっかりするんだ」

「じゃあアトンも?」

「いや、俺たちは勤勉じゃないからな……」

「無駄口を叩くな」

 プロスがアトンの首筋を刀の腹で叩く。

「いいだろ? 無言でいると空気が重いしな」

「黙っていろ、それとのろのろするな」

「これでも早く歩いてるつもりなんだがな」

 アトンには奇妙なふてぶてしさがあった、生殺与奪を握られているのに恐れや卑屈さが感じられない。仲間を殺されたことの怒りは感じないが、同時に悼む気持ちも確かに内在していた。

 それがプロスには自身を軽んじる態度に映っているのだ。

「そういえば……なんで『ティナの娘』が出てこない? ヒンメルなら自分の国だしすぐ終わるだろ」

「すぐ終わるからなのです。国家である以上、治安維持機構を一点に集約しては何かあると崩壊してしまいます。まして『ティナの娘』は戦争に回したいでしょう」

とある『ティナ』の時代、ヒンメルは戦争行為も国内治安維持も全て『娘』達に任せようとしていたことがあったが、結局立ち行かなくなった。

何しろ日々膨大な諍いは生まれている、力に訴えるよりも話し合い仲裁することが最も利を生む場面が多かったが、娘たちは手っ取り早く力でねじ伏せたために委縮、彼女らの独断での不公平な裁きが続出した。 

さらに関連職の喪失で失業者が増大、治安悪化や財政悪化を呼んだ。『ティナ』はそれらを国営事業に回すことで改善を図ったが目立った成果を上げられず、数年して廃止となった。

以来、『ティナの娘』は女王が認可した場合以外は犯罪には関与せぬ事となっている。何度か解禁された場合も、『リアンルの毒殺未遂』に代表される女王周辺での事件か『ナカの反乱』等機構側が手に負えぬと外聞を捨てた時と特殊な例であった。

今回の場合は、被害が狭い範囲で住んでいることと盗賊団側との癒着による複合である。

ヴァイスは個人的な依頼によりこのの解決を嘆願されていたが、こなす意義はあれど優先度の高くない事象でもあった。

「どうでもいいんだ」

 諦念のこもった言葉であった。アトンと同じく、ヴァンもそれまで知らなかっただけで晒されていた苦境だ。

 いつの間にかヴァンはこのアトンに親近感を抱いていた。

「ヴェルナは、なんとかする」

「うん? 『黒鉄』? なにがだ?」

 思わず漏らしてしまったヴァンをロデが軽く蹴る。流石に傷側は避けたが。


 そのまま歩き続けて、ようやく一行は盗賊団の本拠地へたどり着いた。人の出入りがあるためか、偽装はしていても道の跡がわかる。

「よお、ワッチ」

「ああ……? ああ……? ああ?」

「戻ってきたんだ。ああ、いいそのままで」

「ああ……ああ?」

 見張りの手薄な場というのは間違っていなかった。その場はたった一人、老いた男が木の幹によりかかって呻いているだけだったのだから。

 ワッチは虚ろな目で着ている服も汚れ放題、ひどい体臭をまき散らしていた。物乞いでももう少し努力はしただろう。

「なんだこいつは?」

「見張りさ、リキドの馴染みってことしか俺もしらない」

「病人じゃねえか? リキドって奴は何考えてるんだ?」

「さあ? けが人病人が出ると身ぐるみ剥いで投げ捨てるのが普段のあいつだけど、ワッチだけは違うらしい」

「ああああ……」

 シュピオが怖がってヴァンの背中に隠れた。単独偵察をしている以上ここにも来たはずだが、その時とは勝手が違うのだろうか。

「ここをまっすぐ行くとねぐらだ、途中見張りが何人かいるがな。一番でかい小屋がリキドの、あとは他の連中のだ」

「手薄っていうのはこの男のことなのです?」

「それもある、この方面からはここまでは安全だ。先のやつもワッチと一緒だと何かあっても怒られないから怠けてる」

「よし、シュピオ」

 セイドが命じると、シュピオはおずおずとヴァンの背から出てきてとことこと走っていった。怯えと任務遂行は別物、兵士なだけはあった。

「どれだけいる?」

「100くらいだろう、見張り連中も含めると150」

「残りはどこなのです?」

「街だ、リキドの奴は隠居後あそこに住むつもりらしい。というか盗賊団も同化させようとしてる。どこまで行こうと盗賊は盗賊だしな、バーバーも乗り気だ」

「頭のいい奴だ」

「性格は最悪だけどな」

 程なくシュピオが戻ってきてセイドへ耳打ちし、ヴァンの背中へと隠れていった。

「情報は正しそうだぜ」

「言ったろ?」

 アトンをプロスが小突いた。

「リキドとバーバーをやっちまえば、後の奴はそれほど脅威じゃない。リキドがすごすぎて依存してる」

「すごい?」

「……すごいっ」

 ヴァンはアトンの口調に隠された複雑な感情を見出した。性格への言及といい、憎んでいる一方でそれのみという訳でもなさそうだった。

「さて、いきましょうか」

「150なら丁度良い」

「腕が鳴るぜ」

「あなたは先頭を走らせますです」

「勿論」

 アトンは体を大きく伸ばした。

「裏切りの素振りがあれば容赦はしない」

「やってもいいけど、リキドとバーバーを仕留めてからにしてくれ」

「では」

 一行は悠々と歩き出した。ヴァンだけは出遅れて、シュピオに支えながら辛うじてついていく。

ワッチはぼうっとそれを眺めていたがいつのまにか居眠りを始めてしまっていた。

 

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