第2話 『白流星』との密約

「いいえ、やらないわ」

 ヴァイスは飄々と答え壁に背を預けた。精神的に成熟しているというもあるが、圧倒的に自身が上位と言う自信もその態度の裏打ちにあった。

「むしろ、私はヴァンの味方と言っていいわ」

「味方だって?」

 ヴァンの呟きには呆れがあった。ヴェルサと同じ『ティナの娘』、それが味方であるとはひどい冗談だ。

「取引相手でもあるわね、まあ聞いてみなさい。あ、ありがとう」

「う~、俺はあっちの部屋にいるでよ」

 少女は茶を置くと部屋を出た。ヴァイスとは何かしら関係があるだろうことは会話から見て取れる。

 ヴァンは3人と共に、ヴァイスの言葉を待つことにした。どうやっても逃げられそうにはなく、交渉の姿勢を見せているのだから。

「『ティナの娘』については知ってるわね?」

「ヒンメルが誇る12人の『天臨』ですね。神の名を有した個々がすさまじい力を持っているだけでなく、女王『ティナ』がそれを管理していて継承を思うままにできるのです」

「おお、君詳しいのね。えっと……」

「ロデです」

「私はプロス!」

「俺はセイド!」

 軽んじられまいと二人も名乗る。

「はいはい、それで私たちがお母さまありきのことも知っているわね?」

「そりゃあ……それよりヴェルサだ! 一体あいつは……」

「部隊員の抹殺任務を遂行しているのよ。最も相手が部隊員だとは限らないけど」

「なんだって!」

「私が君を見つけたのもその確認でよ。運がよかったわね、まだ生きたまま見つかって」

 カッとしかけたヴァンをロデが叩いて制止する、彼女は軍師であり軍略を担当している。今戦っても勝ち目はない、無駄死には赦さない。

 ヴァンは深く息を吸い、アフと農園の皆が死んでしまったことを受け入れるためにどうにか気を落ち着かせた。ヴェルサと対した時に覚悟していたが、事実として聞かされると心が締め付けられる。

「いい? これに文句も言えないの。反抗すればヒンメルと12人の娘が飛んできて殲滅よ」

「そんなの……」

 わかりきったことだった。敵対者には死を、一つの例外も認めぬからこそヒンメルは覇権を確立していたのだ。

「私たちもお母さまには逆らえない、ひどいことでも恨みを買うことでも。拒否すれば『天臨』は誰かに移されて、後には憎まれてるだけの女が残るの」

 『ティナの娘』が度を越した非難に値する行為を働くことは度々あった。その際に標的となるのは無論、それを成した娘自身である。

しかしながら、命令者たる女王がその矢面に立つことは少なかった。娘らの圧倒的な力に目が行き、その背後に気付かず、あるいは思惑のため意図的に無視されているのだった。悪事を成さしめる原因を探るよりも、実行者を糾弾する方が楽だし速かった。

娘たちは力に魅入られ、あるいは保身のために言われるままに非道を行い、範囲内で我欲を満たしているのも事実だった。

 被害者には些事である。しかし、敵対者からの『ティナの娘』が思うままに振る舞い人を人とも思わぬ神気取りであり、諸悪の根源であるとの評は必ずしも正鵠を射てはいない。

「そうならないためにも、『天臨』を私自身のものにしたいのよ」

 華美で不自由のない檻でも、拘束を嫌う者がいる。

 『白流星』ヴァイスは、女王からの解放を願う娘の一人であった。ただ『天臨』はそのままでいたいと言う、身勝手な欲望ではあったが。

「俺に、裏切りを手伝えって?」

「候補の一人よ、3人から聞いたけど中々面白い『天臨』じゃない」

「言わなければやられていたのです」

 『天臨』を持ちし者、あるいは政治的軍事的な手段を講じられる者、そして何より裏切りの心配がないものをヴァイスは囲っていた。

多くはヒンメルに恨みを抱く者で、公には娘たちがそれぞれが抱える協力者とされている。軍事、政治、文化の側面で意義ある成果をあげるためとの名目で、彼らを活かすのは皮肉にも女王からの資金であった。

無論、ヴァイスが特例で私兵として抱えている娘の方が多い。

「私のほかにも同じ望みの子がいるわ、成就の暁には私たちが味方してあげる」

「ちょっと待つです、それが信用できないです」

 ロデが口を出した。

「『天臨』はそのまま、女王の支配から逃れられたとして私たちを助けるわけないのです。見殺しなのです」

「あら? そうなれば残りの子と殺しあいになるのよ? 味方は多い方がいいじゃない」

「『ティナの娘』同士の戦いです、そうでない者など戦力にならないのです」

 ロデは冷静に分析をしていた。目的はヴァンと自身らの存続である、危険な賭けには勝機がない限り乗るわけにはいかない。

「君たちは戦力になるかもしれない希少な存在よ」

「確かに!」

「俺は強い!」

「乗せられてはいけないのです、全員におんなじこと言ってるに決まってるのです」

「まあね」

 悪戯ぽくヴァイスは笑った。こうしていると、鎧に目を瞑ればただの利発そうな少女にしか見えなかった。

「何もしないよりはでやってるわ。でも、ヴァン。あなたの『天臨』は正直見どころがあるわね」

「勿論さ、ヴェルサを倒して隊長たちとアフたちの仇を取るんだ」

「そう、そのために私を利用すると思えばいいわ。だから味方なのよ」

「俺は、仇を取りたいだけだ」

「そのための支援をしてあげる、それともヴェルサと同じ『ティナの娘』の施しは受けない?」

「……いいや、何でも利用してやる」

 本心である。

ヴァイスは満足げに頷いた。

「ここは私の隠れ家の一つで、さっきのあの子はゼッタ。管理をさせてるわ。ここを拠点になさい」

「そういえば、ここはどこだ?」

「ヒンメルよ、私に与えられた土地」

 思わずヴァンは目を瞬かせた、それでは敵中にいるのも同然ではないか。

「安心して、君はどんな機関からも他の子からも追われてないし名前も出てないわ」

 安堵と同時に怒りがヴァンに沸いた。それは、隊長たちとアフたちが全く無視されているのと同義であるからだ。

「町一つ、国一つが簡単に消えるの。あの農園くらいのことは珍しくもないわ」

「……上等だ」

 怒りを強さに変える。踏みつけられた蟲の怨念を知るがいい。

「これを渡すわ、念じるだけでここまで行き来が一瞬できる札よ」

 ヴァイスは一枚の札をヴァンに渡した。これも『天臨』の一種である。

「衣食住はゼッタが世話してくれるわ。さて、情報だけど西の都市リンゲンで500人規模の盗賊団が跋扈してるの。これを退治なさい」

「それのどこが協力なんです?」

「懸賞金がごまんとかかってるわ、私の名で通告を出しておくから、成功すればすんなり大金が入るわよ」

「よし」

「腕が鳴るぜ!」

「待った、なら人員かお金を寄越すべきです。500人なんて……」

「勘違いしないで、試験も兼ねてるのよ。お母さまや他の子に露見する危険を冒してまで囲っておく価値があるかのね。言ったでしょ? 他にも候補はいるの」

 緊急避難場所とその手段、さらには食事の用意も約束した。同志には物足りず、駒には過ぎた環境であった。

「すぐに考え直させてやるよ……ちょっと行ってくる」

 ヴァンは立ち上がって部屋を出た。

「便所は―」

「便所ではない『お慰み部屋』だ」

「え?」

「今はなき『エーステ』部隊の隊長や、今は子供もいるだろう。ヴァンが不安になると行く部屋だ。励ましてもらってるんだ」

 ヴァイスはそれほど驚かなかった、一人きりになりたいときは誰にでもある、ヴァンもそれなのだろう。

 ほどなく彼は戻ってきた。しきりの赤く染まってしまった前髪を弄っている。

「さて、リンゲンまでは送ってあげるけど、君の服はそれ良くないわね」

 ヴァンの服は、『エーステ』を意味する一つ目の紋章が施されている。加えて斧まであってはいらぬ注意を引く可能性があった。

「あ~、洗濯しましたよ~?」

「ありがとう! でもそれじゃないのよ」

「これはダメだ、絶対に渡さないぞ」

「そう」

 態々説得しようともヴァイスは思わなかった。好きにすればいいし、それで危機に陥り落命してもそれまでということだった。

「他はいい?」

「お弁当がほしいのです」

「そうだな」

「いっぱいだ!」

 ヴァイスは、この能天気共に少しは金をかけてみてどれほどの意味があるかを試そうかとも思った。どうにも助けたのは失敗だったような気がしてきている。

 ヴァンも気迫は十分であるが、それは囲い者全員に言えることで取り立てて目を惹くものはない。

「じゃ、お弁当ができたら行くわね」

 先送りを決めてヴァイスは椅子に腰を降ろした。3人組がゼッタにお願いに行く間、斧の手入れをするヴァンを眺めて過ごすことにした。

「勝機は?」

「わからないよ、けど……勝たなきゃそのままだろ?」

 ヴァンが斧を構えた。お世辞にも洗練されていない、野暮ったい動きであった。

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