エピローグ

 クロガネ探偵事務所で開催された二回目のオフ会は、先日の大規模クエストの話題に花を咲かせていた。夜勤明けで遊びに来た真奈も参戦し、学生二人と会話が弾んでいる。

「へぇ、それじゃあその魔神を倒した後、昔の仲間とも仲直り出来たんだ?」

「はい、お陰様で」

「今じゃガーノは、FOLでも一目置かれる重騎士なんですよ」

「そりゃあ、即死級の猛攻を耐えた末に一撃必殺の超必殺技なんかかましたら惚れますわー。何そのシチュエーション? 私的に大好物なんですけど? アニメでやれ」

「ちなみに魔神を倒す直前、サトシ……ジェイソンはギリギリのタイミングで離脱できたそうです」

「魔神の背中に乗ってたんだっけ? よく巻き込まれなかったねー」

「咄嗟に一緒にいた忍者のDanが突き飛ばしたんです。その後ジェイソンは地面にぶつかる寸前で束縛スキルで簀巻きにされて、逆さ吊りにされてました」

「あははっ何ソレ!? そのジェイソン? って人も踏んだり蹴ったりね!」

 普段より三割増しで真奈のテンションが高いのは、夜勤明けとアルコールだけではないだろう。彼女もまた美優に負けず劣らずのゲーマーだ。趣味が共通していたこともあって、いつの間にか初対面である筈の学生二人と打ち解けている。

「……あの順応性の高さはスゴイな」

「私と初めて会った時もあんな感じでしたよ」

 キッチンで追加のつまみを作っていたクロガネと、使用済みの食器を洗っていた美優は、若干呆れてオフ会の中心に居座っている真奈を見る。

「少し、真奈さんが羨ましいです」

「同感だ。ああいうところは見習いたい」

 老若男女、誰からも頼りにされる人好きな医者であり、美人で場を盛り上げて聞き上手とくれば人気者にもなる。

「それで大規模クエストが終わった後、ユミはちょくちょく来るんですけど、個人的にMVPのクロトはあれから一度も来てくれなくて」

「あーあー! いーけないんだー、そんな薄情な真似してお姉さん泣くよー? そんな風に鉄哉を育てた覚えはありませんっ」

「育てられた覚えもないがな」

 つまみを片手に合流したクロガネが肩を竦めると、唐突に和美が手を挙げる。

「あの、黒沢さんと真奈さんってどんな関係なんですか?」

「え? うーん、そうだな……」

 流石に借金云々の関係は言いづらい。どう答えようかと考えていると、真奈がどこか期待するような目を向けてくる。一方で、美優はどこかハラハラとしていた。

「……姫川さんと鹿野くんの関係と似た感じかな」

「えっ」何故か赤くなる隆史。

「それはどういう……」

「良い友達、という意味だ」

 無難にそう答えると、美優はほっとし、真奈は露骨に残念そうな表情を作る。

「ちょっと意外です。私はてっきり……」

 言葉を濁す和美に「恋人かと思った?」と素面しらふで訊ねるクロガネ。

「ぶふっ」と真奈の口から噴き出されたビールを、美優が持っていたお盆でガードする。そして真奈の顔面におしぼりを投げ付けた。

「え、えっと、はい……そう見えました」

 躊躇いがちに頷く和美。そう思い至った理由は、恐らく年齢だ。突然後から現れた大人の女性が同年代の男性と親しくしていたら、恋人同士に見えてしまっても不思議ではない。美優に関しては、助手だからクロガネの傍に居るものだと考えたのだろう。彼女の外見は学生二人と同年代であるのも要因の一つかもしれない。

「残念、ハズレだよ。でも末長い付き合いはしたいと思ってる」

 そう言いながら左の手袋を外す。

 鋼鉄の義手が露わになり、隆史と和美は息を呑んだ。

「海堂は機械義肢専門の医者で俺の担当医でもある。調整から修理まで義手コイツの面倒は彼女以外に見れないし、見せたくない」

 手袋を着け直しながらクロガネは続ける。

「ああ、仕事上の付き合い以外でも一緒にご飯食べたり遊んだりしているし、俺自身も楽しいと思ってる。別に恋人や夫婦でなくとも、良好な人間関係は築けるものだ。俺に限って言えば、それだけで充分過ぎる」

 遠回しに「恋愛も結婚も考えていない」と宣言したようなものだ。

 それを聞いて、美優と真奈はどこか寂し気だった。

「……ただ遊びに関しては美優も海堂も生粋のゲーマーでな、ゲームじゃ毎回負けっぱなしなのがツライところだ」

 二人の表情を見たクロガネはさりげなくゲームの話題に変えると、

「えっ、でもFOLじゃ無双してましたよね?」

 素で隆史が食い付いた。

「VRでの戦闘は現実の喧嘩と大した違いはないからな。あんまり褒められたものじゃないが、腕っぷしには少し自信がある」

「ああそうだ、クロトが鬼強いだけじゃくて指揮も相当スゴイですよね? もしかして黒沢さんは特殊部隊とかに所属していたりします?」

 隆史が目を輝かせる。特殊部隊出身という設定は、男の子の琴線に触れるものらしい。実際に所属していたけど。

「守秘義務があるから詳しくは話せないけど、探偵を始める前はボディガードとか警備員に近い仕事をしていたよ」

 嘘は言っていない。

「指揮に関してはそこでの経験が活きた感じかな。無線での連絡や報告をよくやっていたから」

「なるほど、それで……カッコいいっすね~」

 納得してくれた。

「それでFOLのことだけど、元々調査のためだけに始めたわけだから、事件が解決した今となっては俺が『クロト』になることはもうないだろう」

「まぁ、そうでしょうね……」

 残念がる隆史と和美に心苦しく感じるが、FOLは仕事の都合上、必要だから始めたことだ。いつまでもVRに意識を飛ばして無防備になるわけにはいかない。

 ……だけど、心残りがあるとすれば、一つだけ。

「……鹿野くんは、『クロト』が居なくても大丈夫か?」

 唐突な質問に隆史は顔を上げる。そして和美と顔を合わせて頷き、クロガネに向き直った。

「はい、もう大丈夫ですっ。色々とありがとうございましたっ」

 溌溂はつらつとした隆史の目には、もう迷いも不安も見られない。

「……そうか、やっぱり君は弱くなんかないよ」

 クロガネは心から我慢強い英雄を称賛した。



 ***



 暗くなる前にオフ会は解散し、学生二人を帰したクロガネは美優と後片付けをしていた。ちなみに真奈は青い顔でソファーに横になっている。

「う~~飲み過ぎた……」

「楽しかったとはいえ、調子に乗り過ぎ・飲み過ぎだ。少しは加減しろ」

 クロガネは冷たい濡れタオルと水の入ったコップを差し出す。真奈は身を起こして「ありがと」とそれらを受け取ると、美優が緑色に光る義眼を明滅させた。

「……クロガネさん、鹿野くんと姫川さんが無事に帰宅したのを確認しました」

「ご苦労様、ドローンを帰還させてくれ」

 解散した後、念のため学生二人を美優お手製のドローンで密かに追跡していたのだ。勿論、操縦は美優の遠隔操作によるものだ。

「過保護ねー」と真奈。

北区ここは治安が比較的悪いからな、念には念をだ」

「だからってそこまでする?」

「心配無用です。私が改造を施したドローンは静音性に優れている上に、市内を巡回している警備用のドローンにも不審物として探知されない仕様となっています」

「いや、そっちじゃなくて……もういいや、このお人好しコンビめ……」

 得意げに語る美優を見て真奈は追及をやめる。機巧探偵たちがやっていることはストーカーまがいだが、誰にも迷惑は掛けていない上に純粋な善意で学生二人の身を案じていたのだ。

「……鉄哉、今日はこのまま泊まって良いかしら?」

「明日は仕事?」

「休みよ。でなきゃここまで飲んだりしないわ」

「解った。美優と同じ部屋に海堂を寝かせても良いか?」

「はい、構いません」

 身内とはいえ、本当に人が好すぎる。

「ホントにもう、二人とも大好kゥぇッぷ」

 唐突に吐き気が込み上げ、真奈は咄嗟にタオルで口元を覆う。クロガネは呆れた。

「……本当にお前は肝心なところで台無しだな」

「ごべん、自分でもそう思う……」

「部屋まで運んでやるから、もう休め」

「うぅ、この後みんなでマ〇カーとかやりたかったのに」

「余計に悪酔いするだろ。飲酒運転はダメだ」

「うっかり逆走した時には私もリバースするかもね……今ウマいこと言った?」

「全然ウマくないし、汚ぇ。余裕がある内にはよ寝ろ」

 クロガネが真奈の手を取ろうとすると、

「あ、その前に良いですか? 今の内にお二人に話しておきたいことが」

 急に改まった美優に、クロガネと真奈は真顔になって襟を正す。

「以前話した、私が学校に通ってはどうかという件なのですが」

(……やっべ、すっかり忘れてた……)×2

 その動揺を表に出さない辺り、二人は大人である。

 美優に考える時間を与えて、その期限である半月を過ぎたのだ。

 彼女が出した結論は、

「……私、学校に通ってみたいです」

「ほぅ、どうして?」

「鹿野くんと姫川さんを見て、実際に学校に行って見聞を広げるのも良いかもしれないと思ったからです」

「……勧めた俺がこう言うのも何だが、その二人はいじめによる被害を受けていた。必ずしも美優が同じ目に遭うとは限らないけど、学校に通うのが辛く感じることがあるかもしれない。それでもか?」

 クロガネの発言に「過保護」と真奈が呆れる。

「大丈夫ですよ、私にはクロガネさんがいます。ついでに真奈さんも」

「私はついでかい……」

 酔いのせいか、真奈のツッコミに力がない。

「まぁ、とにかくだ」

 鹿野隆史の一件でいじめも脅威にならないと判断したのだろう。隆史が見せた彼自身の『強さ』と『精神的成長』が、美優に良い刺激を与えてくれたのだ。

「美優がそう決めたのなら、早速編入の準備を始めよう。前提としてサイボーグやアンドロイドに理解がある学校が良いな」

 人間に限りなく近いといっても美優はガイノイド(女性型アンドロイド)だ。人間ではないことで偏見や差別の対象にされてはたまったものではない。

「ああ、それだったら私に一つ心当たりがあるよ」

 真奈がPIDを操作し、とある高校のホームページを見せる。

「西区にある小中高一貫の私立才羽さいば学園。社会貢献に繋がるサイボーグやサイバー技術の研究に力を入れている大学付属の学園で、ある意味鋼和市この街を象徴する教育機関よ。障害者支援の一環としてデミ・サイボーグも受け入れている特別学級もあるわ」

「……該当校に所属する教職員・生徒に重犯罪歴のある者も居ません。せいぜい夜遊びによる補導や車のスピード違反程度です。警備システムも信用できるレベルで、現状、安全面に関しては問題ないかと思います」

 一瞬で学園のデータベースにハッキングして調査報告をする美優。仕事が早い。

「ここに通うなら推薦状を出そうか?」

「推薦状? どうして海堂が?」

「真奈さんはこの学園のOGです。ちなみにJK時代の写真データもいくつか入手できました」

「何てことをッ!?」

 美優の言葉に、一瞬で酔いが醒めた真奈は戦慄する。

「……JKとは?」クロガネの質問に、

「女子高生の略です」と美優が答えた。

「恥ずかしいからそのデータは全部消してッ! 今すぐッ!」

「ちなみに当時はギャルっぽくて、イケイケでしたね」

「わ゛ーーーーッ!!!」

 悲鳴を上げて身悶える真奈。

「クロガネさんのPIDにデータを送信しました」

「どれどれ」

「見るなぁああああああッ!!!」

 必死の形相で真奈はクロガネに飛び掛かった。





 ――かくして機巧探偵の活躍により、VRゲームで起きた未帰還者事件は解決したのであった。

 その裏で暗躍していた犯人こそ突き止められなかったものの、未曽有のサイバーテロを未然に防ぎ、人知れず鋼和市を救った。

 だがその事実は、その活躍が、日の目を見ることはない。

 余計な混乱を避けるため、誰からも称賛されず、報われない影の英雄がいる。

 それでも、一人の少年の心を救えたことは誇るべきだろう。

「機巧探偵に栄光あれ……なんてね」

 鋼和市東区の一角にある【BAR~grace~】。

 そのカウンター席に座った男はバーボンが注がれたショットグラスを掲げ、ロックアイスを揺らした。カラン、と心地よい音が鳴る。

「しばらく見ない内に、あいつも随分と立派になったものだ」

「黒沢さんは充分立派ですよ。素敵な助手さんを雇ってからは、トラブルも減ってお仕事も増えているようです」

 カウンターの向こうで、マスターがグラスを磨きながらそう言った。

「……安藤美優、か」

 洒落たジャズが流れる店内は、マスターと男の二人しかいない。会話の内容を第三者に聞かれないよう、貸し切りにしているのだ。

「獅子堂莉緒の忘れ形見にして〈日乃本ナナ〉とリンクできるガイノイド……の標的となる条件は揃っているな」

「彼女に手を出したら、黒沢さんも獅子堂重工も黙ってはいないでしょう」

「そうだろうな。だからこそ、機会は待つつもりだ。今回のVRゲームを介した攻撃は良い線いっていたが、ものの見事に阻止されてしまった」

「そう言う割には、残念そうに見えませんね」

「相手は〈サイバーマーメイド〉だ。こちらとしても簡単に堕とせるとは思っていない」

 男はバーボンをあおる。グラスを置いて一息つくのを待ってから、マスターは話し掛けた。

「今回の一件でセキュリティは大幅に改善・強化されました。今後はそちらも動きづらくなるのでは?」

「安藤美優の性能を垣間見れただけでも収穫さ。最終目標を達成するためなら多少の回り道もやむを得ない。こちらの被害がないのであれば、むしろ順調だ」

 マスターは手を止め、やや悲し気に男を見た。

「……黒沢さんが貴方の目的を知ったら、どう思うでしょうか?」

「さぁ? その時にならないと解らないな。ただ、鉄哉は今獅子堂の首輪から外れている。状況次第では敵対せず、味方に引き込むのもアリだ」

「その時が来たら、彼の助手はどうするのです?」

「あいつ次第だな。人類の未来を考えれば、鉄哉も私情を挟まず最善の答えを選ぶだろう。九を救うために一を切り捨てる、

 グラスに視線を落とした男は不敵な笑みを浮かべ、ラテン語の警句を口ずさむ。

 それは、AI統治社会に異を唱える反サイバーマーメイド団体【パラベラム】の由来であり、スローガンだ。


「――汝平和を欲さばSi vis pacem,戦への備えをせよpara bellum


 カラン、とグラスの中の氷が音を立てて揺れた。

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機巧探偵クロガネの事件簿2 ~VRと現実とブレイクスルー~ 五月雨サツキ @samidaresatsuki

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