第2話 はじめて人を診る

 この世界へ来てから初めて目にする人間は、風変わりな動物達と同じく変わった姿をしていた。降りしきる雨の中、倒れていたのは鎧を纏った騎士だったのである。

 慌てて駆け寄ったが意識はなく、どうにかこうにか小屋の中まで連れてきた。

 

 鎧と言ってもライトメイル?と言える様な軽装の物で、案外と抱えることができた。

 

 できたのだが、正直のところ現在俺はかなり動揺している。三年ぶりとなる人との出会いという事も勿論だが、そもそも俺はコミュ症で人との関わりが大の苦手である。

 それに拍車を掛けているのが、助けた相手がまさかの女性という事だ。細く美しい黒髪で、外見は日本人と大差ない。

 それだけならば何とかなったが、更には少女であった事が尚更俺の動揺を誘った。

 

 年の頃で言えば高校生前後と言ったところだろう。女性の年齢はぱっと見では何とも言えないが、美しい輪郭にはまだ少し幼さが残っている。

 少なくとも俺よりも歳が上ということはないと思うのだ。

 

 そして、まさかの美少女。物騒な騎士の姿とは相反して、とても可愛らしい顔をしている。

 そんな人間がずぶ濡れで意識を失って、小屋の中に寝かされている。

 

 小屋の中にいるのは俺と彼女のふたりだけ、バーニャとケルトにクロもいるけど、動物達を除けば人間は二人だけだ。

 誰かに彼女を介抱してあげてほしいが、生憎それを頼める相手もいない。

 濡れた服と鎧を身につけたままでは体温も下がってしまうだろう。

 とりあえず囲炉裏に火をつけてはみたが、それだけでは足りないはずだ。

 女性に対する免疫も皆無な俺に、この状況はとんでもない試練である。


 どうしたらいい?

 普通に考えれば、びしょ濡れになれば身体を温めるためにまずは身体を拭く。そして服を着替えて身体をあっためる。

 

 が、それは意識があって自分で行う場合だ。意識が無いものを一人で着替えさせるなんて重労働だし、そもそも女性相手にそんな事が出来るはずもない。

  

 しかし、このまま放っておくのも…………どうしたものか。

 

 仕方ない、軽装と言っても鎧は装着しているだけで何かしら使用者に負担はかかりそうだし、ひとまずそれだけでも外しておこうか。

 

「………………」

 

 しかし、鎧なんて外すどころかつけた事もない……。

 そりゃそうだ。一般人、それも現代日本に生きていた俺にとっては縁遠い代物である。どうやって取り付けているのかを知っている筈もない。

 

 だが、それくらいならば見れば取り付けの構造くらいは分かるんじゃなかろうか。そう思って一先ず全体を見回してみたが、なるほど、胸のあたりにあるプレートは肩と脇の下にベルトを回して固定してある。

 肩当ては腕にはめ込んで、これもベルトで固定されているわけか。

 なんとか取れそうだ。

 

 あまり下手に動かして身体に負担を与えたりしない様に観察し、一番簡単に外せそうな肩当てから取り外す。

 右肩、左肩と取り外してみたが、女性はピクリとも動かない。息はしているようだが、意識を取り戻しそうな雰囲気はなかった。

 

 一息ついて、胸に装着されているプレートの取り外しを試みる。女性の、それも胸の部分に取り付けられた鎧だと思うと

変に意識してしまってまともに見る事が出来ない。

 

 相手が動物であれば雄だろうと雌だろうと関係なく、怪我や病気も含めてちゃんと向き合う事ができると言うのに。

 人間であると言うだけでこんなにも躊躇してしまうとは。

 

 しかしもし目を覚ましたとして、言葉が通じなくていきなり殴りかかられたらどうする?

 切りかかられたら?殺されるかもしれない。

 

 思い始めると不安になって、ぐるぐると頭の中をいらぬ思いが駆け回る。


 とりあえず、腰につけている剣は引き抜いておこう。

 切られたらたまったもんじゃない。

 

 鞘の外し方がよくわからなかったので、とりあえず剣だけ引き抜いた。

 初めてみる真剣。真っ白の柄と銀色に光を反射する細身の刀身。綺麗だ。

 しかし、持ってみると案外と軽い。もう少し重たいと思ったが、女性が使う物だからか軽々と振り回す事ができた。

 

 俺はその件を棚の奥の方へ一旦隠しておいた。これでいきなり斬り殺される、なんて事故は起きないだろう。

 

「ふぅ…………」

 

 落ち着け、まず深呼吸だ。

 これも人助け、ただ鎧を外すだけだ。まずは鎧だけ。

 こうしている間にもこの女性ひとの体温は下がる一方だ……。

 よし、行くぞ?

 勇気を出すんだ、俺!

 

『カチャ』っと鎧を外すべくベルトに触れる。

 

「ん……」

「ひぃ!!」

 

 女性が小さく発した声にビクついて、俺は慌てて距離をとった。

 別に悪いことをしているわけでも、しようと思っているわけでもないのに何故かアタフタとしてしまう。

 

 目が覚めたのなら自分でやってもらえるかもしれない。

 少し期待を込めて視線を送ってみたが、女性が目を覚ました様子はなかった。

 

「おーい。大丈夫ですかー?」

 

 軽く肩をトントンと叩いてみるが、やはり目を覚ましてはくれなかった。諦めて再び鎧を取り外すべく女性の横へと移動した。

 

 

 かなりの時間がかかってしまった。脛当てや靴なんかも苦戦したが、なんとか鎧を脱がせることができた。

 胸のプレートを取り外すとき、現れた女性特有の膨らみに息を飲んだがなんとか何事も無く作業は終了した。

 

 しかし彼女はその間目を覚ましてはくれなかった。

 たったこれだけのことでどっと疲れた。体力的な部分は大丈夫なのだけど、精神的にはかなりの疲労となってしまった。


 もうこれ以上は無理だ。

 何とか囲炉裏の炎であったまってもらうしかない。

 

「服を簡単に乾かす方法でもあればなぁ」

 

 誰も答えてはくれない小屋の中で、俺の呟きは虚しく消えた。

 そんな俺の前に救世主が現れる。

 

 待ってましたとばかりに足を近づけてきたのは、まさかのクロであった。

 

「ピィー!」

 

 細く高い声で小さく鳴いて、クロは羽を羽ばたき始めた。それに伴いフワリと風が流れ始める。


「おいおい!それじゃあ余計に寒いだろ!?」

  

 小さいのに風を起こせると言うのは驚いたが、帰って身体を覚ましてしまいそうなので慌てて二人の間に割って入った。

 

「えっ?」

 

 風を堰き止めようと間に入ったが、俺の身体を暖かい風が駆け抜けていくのを感じた。

 

「どう言う事だ?」

「ピィー!!」

 

 小さな羽から流れ出たのはただの風邪ではなく、暖かい温風であった。

 例えるならばドライヤーの様な、乾いた暖かさの風だ。それは俺の足元を通り過ぎて、女性の身体の周りを包み込む様に吹いている。


 今まで全く知らなかったが、どうやらクロは暖かい風を操ることができる様だ。

 そんな出来事に驚きつつ、しばらくその様子を眺めていた。

 

 十分が経過する頃にはクロは羽ばたくのをやめた。

 

 女性の衣服はすっかり乾いており、うっすらと頬は赤みを帯びていた。

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