コミュ症ではじめた飼育係、3年経って女騎士を拾いました
三羽 鴉
第1話 飼育係をはじめて三年
森の奥、俺は静かに暮らしていた。
今日はここに住み着いて彼此千日の記念日だ。
記念日と言っても特に何かをするわけでもない。近くに人里なんてないし、そもそも
早いものでもう三年。俺は森の中にある小屋で一人暮らしている。
何故こんな事になっているのか、正直のところわからないと言うのが現状だ。
ここに来た時は驚いて酷く動揺していたし、起きた事実を受け入れるまでに時間がかかった。
気がついたら何故か森の中、小屋の前に立っていたのだから。
俺はその小屋に住み着いた。誰かが帰ってくるのだと思ったけれど、この三年間一向に人の来る気配はない。
小屋は十畳程度の広さであったが、一人で暮らすには申し分のない広さであった。
水道はないが外に井戸があったし、近くに川も流れていた。調理場や寝床もあって生活は出来そうな環境だ。
壁際に敷き詰められた棚には生活で必要な物が一通り揃っていたし、囲炉裏まで設けられていた。
ただ、全てを自給自足で補うのにはかなり苦労をしたものだ。
井戸のおかげで水はなんとかなったが、困ったのは食べ物と火だ。
木の実や野草にしても見たことも無いモノばかり。食べられるかどうか分かったものじゃないし、ソレばかり食べても間違いなく倒れるだろう。
獲物を狩るための道具はあっても、狩る腕もなく、火が起こせなくては生肉なんて以ての外だ。
かくして、俺の人生初めてのサバイバルが幕を開けた。
木の実は少量ずつ食べて、食べられるモノを探した。
数日後、流石に木の実ばかりでは腹が空いた。何故か動物も小屋へ寄ってくる事が無かったので、肉の確保もままならない。
《ぐるぅぅぅぅぅ》と盛大に腹の虫が鳴った時、一匹の猫がヨロヨロと小屋へ近寄ってきてしゃがみ込んだ。
少し赤みがかった茶色い毛並み、背中のあたりに小さな小さな鳥の様な羽がついている事を除けば、普通サイズの猫であった。
初めて見る生き物。
俺は好奇心からゆっくりとその猫に近寄っていった。
元々対人関係スキルがからっきしのコミュ症であった代わりに、俺は動物が大好きだ。
特に犬や猫なんかは大好物。どっち派?と聞かれても即答できないくらいにはどっちも好きだ。
ゆっくりとその猫に近寄ってみたが、そいつはチラリと此方を見ただけでまた顔を伏せた。
そのままの姿勢で前足を舐める。
かわいい!と思ったが、よく見ると足を怪我している様だった。
右の前足から赤い血が流れ出ており、何処かで怪我をした事を窺わせていた。
はっとなって、俺は小屋の中へ駆け込んだ。小屋を物色した時に、薬箱の様な物は見つけていたのだ。
文字は読めなかったが、包帯なんかも入っていたので間違い無いと思う。
黒っぽい箱に入ったそれらを丸ごと持ちだして、蹲る猫の前に駆け寄った。
バタバタと走って行ったにも関わらず、あいも変わらず逃げようともせずにじっと此方を見つめている。
「ほら、足を見せてくれ。って、流石に言葉はわかんないよな」
コミュ症であっても動物は別だ。言葉なんて通じなくても喋りかける事に意味がある。
しかし、ソイツは「にゃ〜」と一声鳴いて前足を俺の方へと差し出してきた。
「えっ!?」
俺の言った言葉がわかるのか!?
突然この場所にやってきた時と同じくらいの驚きだった。そして、それ以上に嬉しかった。
動物と意思が通じるなんて(此方からの一方通行ではあるのだが)俺にとっては最高の気分だった。
驚いたが、猫の前足を見ればその気持ちも直ぐに飛んで行った。思ったよりも傷口が深い。
流れる血も中々止まらない様子であったので、ただ包帯を巻いただけでは治りそうに無かったのだ。
「ちょっと待っててくれよ……」
俺は一旦薬箱の中身をその場にぶちまけた。
液体の入った瓶が三つ、軟膏の様なものが入った器が二つ。
それから、ヨモギに似た少し大きめの葉っぱが乾燥した状態で五枚ある。あとは布や包帯と言ったところだ。
それぞれ瓶や器には見たことも無い文字が書き込まれている。
問題はここだ。文字が分からなければコレがたとえ薬であったとしても正しく処置が出来ない。
薬も無駄なものを塗ってしまうと返って状況を悪化させる場合もある。
毒と薬はある種同じと言うしな。
ここは慎重に選ばなければと思っていたが、ポンッと猫が反対側の前足で軟膏の器を軽く弾いた。
「ん?」
遊んでるのか?と思ったが、それ以上器を触ろうとはしない。
「これを塗れって言うのか?」
半信半疑だった。
「にゃ〜」
その疑問を肯定する様に、猫は一鳴きした。俺は口角が上がっていたと思う。
犬や猫は賢いとは言うが、ここまではっきりと疎通が出来るなんて有り得ない。
俺は自分の現状さえ忘れて、猫との会話に舞い上がっていた。
「塗るけど、間違ってても怒るなよ?」
念を押して、猫の傷口にそっとソレを塗りつけた。
するとどうだろう?
先ほどまであった傷口が見る見る内に消えていった。
「なんだこれ!?」
思わず驚愕に声を上げたが、猫はすっと起き上がって呆気にとられる俺の膝あたりにすり寄ってきた。
嬉しかった。驚いてはいだが、コレは素直に嬉しい出来事だった。
そんな出来事から後、俺の住んでいる小屋には傷ついたり、衰弱した変わった動物達が訪れてきた。
犬、だけど首が二つ付いてるヤツとか。雀、だけどカラスより大きい鳥とか。
鶏冠のついた羊とか。とにかく変わった動物がひっきりなしにやってきた。
ソレらを看病し、餌をやって、また森へと送り出す。
木を切り倒して動物を休めるケージのような物も作ったが、いつからか飼育小屋に変わって行った。
ここに住み着く動物もいたからだ。
最初に出会った猫もその内の一匹である。あまり名付けは得意ではなかったけど、名を付けなくては呼び難い。
なので住み着いた動物達には名前を付けた。
羽の生えた猫はバーニャ、鳥と猫、「バードとニャ〜」からとったなんて事は言えない。
他には首が二つの犬、此方はケルトと名付けた。ケルベロスって付けようかとも思ったけど、彼方は三つ首だよなと思って一部だけ捩った。
あとは小さな鳥だ。大きな雀の方は森へと帰って行ったが、掌サイズの小鳥が住み着いた。
小鳥なのだけど、見た目は真っ黒で鷹の様に鋭い目と曲がった嘴をしている。
名前はクロ。決して色だけで決めたわけではないし、名付けるのが面倒だったわけではない。
他にも何匹かいるが、それぞれのびのびと暮らしている。
火が無いって問題も、彼らと共に過ごす事で解消した。
猫のバーニャが口から炎を吐いたのだ。
初めて見たときは頭のてっぺんに「?」マークが浮かびっぱなしだったが、今となっては頼もしい家族だ。
ケルトがどこからとも無く丸々太った豚の様な動物を仕留めてくる事もあったし、クロが小動物を捕まえてくる事もあった。
肉の問題もコレで解決したわけだ。
そんなこんなで人と関わる事なんて一切なく、三年の月日が流れていった。
小屋に二着ほどの服が置かれていたのは幸いだった。少し派手なオレンジ色のツナギの作業服ではあったのだが、それはそれで勝手もよかった。
見た目からして、もはや飼育係だな。
俺は今日も今日とて動物の看病をやっている。それもこれも不思議な薬とバーニャのおかげで成り立っている。
二種類の軟骨は少量でも大きな効果を発揮した。切り傷に効く軟骨は薄く塗りつけたいだけでたちまち傷が治ってしまうし、もう一つは骨折などの身体の内的な部分に効果を発揮した。
バーニャがこっちと前足でつついた軟膏を塗ると、殆どの怪我を治す事が出来た。
薬も凄いが、驚くべきはそれを教えてくれたバーニャだ。
怪我だけでなく、病気や衰弱と言った動物も時折現れた。対処がわからず戸惑っていると、バーニャが付いて来いとばかりに俺を森へと引っ張り込むのだ。
バーニャを追って歩いていると、薬草らしい物の所へ案内してくれる。前足で指されたそれらを食べさせると、数日後には動物達が元どおり元気になるのだ。
今日は外傷のない大きな狼がやってきていた。初めて肉食系の動物を見たときは冷や汗をかいたが、最近では慣れたものだ。
彼らは決して俺を襲う様な事はしなかったし、治療が終われば森へと帰ったっきり姿を表したりはしなかった。
ただ、たまに木ノ実や食べられそうな動物が小屋の前に置かれている事があるので、彼らが気を利かせて持ってくれてきているのではないかと思っている。
勝手に解釈してはいるが、お礼をされていると思うと看病のしがいもあると言うものだ。
「にゃ〜」
小屋に置かれた棚の前で、バーニャが鳴いた。
「あぁ、赤いやつか。ありがとな」
「にゃ〜」
赤いやつ、とは薬草の事だ。人間に効くかどうかはわからないが、動物達には効果があるので薬草で間違いはない。
色とりどりの薬草があるが、それらをある程度取り置きしている。
何が必要なのかはバーニャが教えてくれるから、俺はそれを信頼して薬草を棚から出して狼に与えた。
「これでとりあえず様子見だな。外も雨だし、今日はゴロゴロするか。
お前はここで大人しくしとけよ」
狼の前に肉を置いて飼育小屋を立ち去ると、それに続いてバーニャとケルトが付いてくる。
走って自分の小屋へと戻ろうとしたとき、視界の隅に違和感を感じた。
しかし濡れてしまうのでそのまま小屋の入り口までやってきて、それから違和感を覚えた方へ振り返る。
「へ?」
小屋から少し離れた木々の隙間、降りしきる雨の中で小さく盛り上がった地面。
よく見ると、地べたに人が転がっていた。
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