第3話 ファーストコンタクト
女性を見つけてから数時間が経った。降り続いた雨も止んで、空を遮っていた薄暗い雲も徐々に晴れていく。
時刻は既に夕方となっている。
傾いた夕日が少しずつ木々の隙間に溶け込んでいく。
まだ、女性は目を覚まさないが、目覚めた時のことを思うと居ても立っても居られない。
言葉が通じるのか?
そして不安なのが、変な誤解をされて大変な事にならないかと言う事。
もちろん鎧を外しただけで他には何もしていない。鎧を外すときにもしかしたら少し胸の膨らみに手が当たってしまったかもしれないが、別にわざとじゃ無いし不可抗力である。
やましい事なんて何も無いのだけど、心配している通りに相手が勘違いをしてしまう可能性はある。
その場合、って考えてしまうと少し憂鬱な気分になる。
俺は昔からそうだ。
他人がどう思っているかとか、嫌われているんじゃ無いかといらぬ憶測ばかりして、人との付き合いを放り投げてきた。
人との関わりから離れて三年が経った今でも、その根っこの部分は変わっていないらしい。
もっと簡単に物事を考えられる柔軟で大雑把な頭と、
今日は動物達との触れ合いもそこそこに、そんな事を考えながら悶々と過ごした。
夕方になって腹も空いてきたので、そんな考えを忘れる為にと今は調理場に立っている。
《トントントントン》と軽快なリズムを刻んでまな板の上で包丁が踊る。
三年間の自給自足で家事業も板についてきた証拠だ。
取り置いていた山菜を切って鍋に突っ込む。素材の味だけで作る味の薄い鍋であるが、最近はその薄味にも慣れてきた。
もし女性が起きたときに、暖かい鍋でもあれば話もしやすいだろう。
言葉は通じなくとも、食事は警戒心を解くのに一役買ってくれそうな気がした。
本当はキムチ鍋でもしたいのだけど、あいにくキムチの作り方も分からなければ香辛料もない。
そこは贅沢を言えないのだから、これで我慢だ。
鍋に火をかけて、余った肉を焼く。
鍋にも幾分かの肉を入れてあるが、やはり焼くのと煮込むのでは味が違う。焼いた肉は鍋とは別に単品で食べたかった。
最近見つけたレモンの様な酸味のある果実を肉に絞りかけると、鉄板の上でジュウジュウといい香りを放ちながら肉が焼けていく。
塩でもあればかなり違うのだろうけど、それも言ったってどうにもならないからご愛嬌だ。
もうすぐ出来上がりそうだ。
「うぅ…………」
小屋の中に肉の香りが充満してきた頃、囲炉裏の横で小さく声が聞こえた。
慌てて鉄板から視線を外して其方を診ると、女性がムクリと起き上がった。
!?
反射的に身をかがめて、調理場の陰に隠れてしまった。
しかし、これは逆に怪しいんじゃないだろうか?俺の家(実際には他人の小屋だが)なのだからもっと堂々としていた方がいいんじゃないか?
「あれ?ここは……」
てな事を一人問答していたら、女性の声が聞こえた。
完全に目を覚ましてしまったらしい。変な警戒をされない様に毅然として振舞わなければ。
よし、ここは足元にあったものを拾っていたテイでスッと立ち上がり、そのまま調理を進めよう。
あとは焼き上がりを待つだけなんだが、それっぽくしていよう。そして起きたことに自然と気付く流れで、
「貴方はだれ?」
「わぁ!?」
しゃがんでいた俺の横に、突然現れた黒髪の女性に驚いて声を上げてしまった。
必死に考えていた所為で近づいてくることに気づけなかったらしい。これではさっき考えていた事が全くの無意味である。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「ひゃい!」
驚きすぎて変な声が出てしまった。我ながら惨めである。
なんで俺がこんなにもビクビクしなくてはならないのだろうか。
「……えっと、貴方が助けてくれたんですか?」
「えっ?あ、はい。その、森で倒れてたんでここまで運んだんです。
決して変なことはしてないですよ!!」
って何言ってんだ俺は、これじゃあ逆に怪しいんじゃないか!?色々と考えすぎていらぬ言葉を発してしまった。
というか、やはり他人と、それも女性と話すのなんて俺には試練すぎる!!
ん?言葉が、通じてる?
それも聴き慣れた日本語だ。
女性の日本人の様な外見から何気なく発された言葉を受け入れてしまったが、驚くことに言葉が通じている。
「そうですか、助けていただきありがとうございます。
お陰で命を落とさずに済みました。本当に、感謝いたします」
とても柔らかく丁寧な言葉で告げて、彼女は深々と頭を下げた。
「あ、いえ、困った時はお互い様ですから。
それより、もう大丈夫なんですか?」
「はい。体力を使い果たして倒れてしまっただけなので、お陰でかなり回復しました」
《ぐるぅぅううう》
彼女が再びぺこりと頭を下げると、盛大な腹の虫が鳴った。
いや、目覚める少し前から結構大きな音で鳴っていたので知っているのだけど、相当な空腹の様だ。
「…………!!」
頭を下げたまま顔を真っ赤に染める彼女であったが、残念なことに俺もしゃがんでいるため表情が丸わかりである。
「ご飯、一緒にどうですか?」
ちょうど出来上がるところだ。
体力を使い果たしたと言っていたが、なんであんな場所で倒れていたのか。なぜ一人なのか、どうして言葉が通じるのか。
色々と確認したいこともあるが、それをグイグイと聞いて行けるほど俺は会話が得意ではない。
ひどく警戒をされていない様で助かったし、ひとまず腹を満たして、話はそれからでも出来るだろう。
「いいんですか?」
「えぇ、二人分作りましたから」
「ありがとうございます!」
うぐ……。
眩しいくらいの笑顔を見せる彼女に、俺は思わず目を背けてしまった。
女性と話す事など慣れてない俺に、こんな美少女が満面の笑みで感謝の意を示している。
しばらく人から離れて暮らしていたが、これがこの世界での
些細な会話でもいらぬ精神力を使ってしまった。こんな事で、本当にまともな話ができるのだろうか……。
不安な気持ちは無くならないまま、俺達は小さな食卓についたのであった。
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