第12話 とりあえずビフになろう
江上京子は13年前につぶれてしまったはずの食料品店、「相模屋」の前で僕に言った。
「でさ、このタイムトラベルをどうするかってのが問題なの」
そう言われても、とりあえず今を受け入れるのに精一杯だよ。こんなのありえない。でもバス通りを通る車の形なんて、幼いころの記憶のままだ。車には詳しくないけれど、今の車より角ばっている。プリウス走ってないし。
15年前ってことは1992年? 映画のセット…それじゃあ絶対にこうはできない。道端に落ちる吸い殻の数、相模屋の向かいにある児童公園の遊具…。これは本物だ。もう認めるべきだ。
これが、タイムスリップってやつなのだ。
あの、胡散臭い黒い筒に乗って、15年前、1992年に来たんだ。
「ちょっと、話し聞いてる?」
京子に肩をバシバシ叩かれたがそれどころじゃない。15年前、ってことは8歳の自分はたぶんここから2分ほど歩いた家にいるのか、いや今日が平日なら小学校か。
「驚いてるのも無理ないけど、ちょっと」
肩を叩く京子の力が強くなって、ぼくはようやく京子の顔を顔をみて、「わかったよ」と言ってちょっと考えて返事をした。
「これさ、戻って、大学? 学会? とかで発表すればいいんじゃないの?」
そう言うと京子は少し黙って、自分の髪を撫でるように触って言った。
「案外、まともなのね」
「どういう意味だよそれ」
「それが正攻法だと思う。でもその、私は今、未来に戻っても大学の研究室に籍はないの。その話はしたよね」
「それは聞いたかな」
「いきなりこれで過去と未来に行けますって、私一人で宣言して、誰も信じないのよ」
「乗せれば信じるよ。一人ずつ、筒に入れて連れてここに来よう」
「乗らない。あんたみたいなモテなそうな昔の知り合いしか乗らない」
なんかカチンとくるが、確かにそうかも。
「でね、この先なんだけど。私がやりたいことは2つ」
ぼくにどうするとか聞いてるけど、これはもう結論ありきなんだろうな。
「どうするの」
「まずは資金調達。このタイムマシンを使い続けるにしても、壊れたときに直すにしても、改良するにしても、お金がないとできない」
なんか話が怪しい感じだが、もう一個は何だろう。
「もう一つは、この世界の過去を変える。というか、戻すの」
どんどん話が怪しい方向に行っている。
「待った待った! なんか変な話になってるよ!」
「どこが?」
ちょっと怒り気味っぽい口調で京子が聞いて来るけど、ぜんぜんぼくの意見を聞きたいって態度じゃないよ。
「そもそもさ、ぼくは『乗ったら1万くれる』って言われて乗っただけだよ。お金を稼ぐとか、過去を変えるとか、そんな話は聞いてないよ」
京子は腕組みして右上の方を睨むよう目を動かし、少し考えるような仕草をしてから、こっちを見た。
「ここまでの話でさ、なんか変だなと思うところある?」
そもそもタイムマシンが変だけど、話がだいぶ矛盾している感じだ。
「いくらでもあるよ」やっとぼくの番だな。
「たしか、タイムマシンはアメリカだかなんだかでナントカさんが見つけたとか言ってたよね?」
「アーサー・ハントね」
京子は微妙に英語っぽい発音でその外国人の名前を教えてくれた。
「誰でもいいけれど、京子も政府がどうとか、大学の研究室でタイムマシンをどうこう言っていたじゃないか。これそのまま動くわけだし、戻って誰も信じないなんてことはないだろ。一緒に研究してた人なり、誰かいるだろ。なんで金とか、過去を変えるとか、そんな怪しいことをしようとするんだよ。もうぼくは良いから、家に帰してくれよ。お金も要らないから」
一気にまくし立てたぼくをみて、京子はちょっと感心したみたいに笑った。
「だから、もう変わってしまったから戻すのよ。長井の居た世界は過去を変えられちゃったから、ああいう世界だったの。私は元々あの世界にいたわけじゃなくて、あのタイムマシンで来たわけ。私は元の世界に戻りたいのよ」
ますますよくわからない話になってきたが、結局ヤバいってのはわかった。
「とりあえず私に協力して。長井、あんたは元の世界に戻っても学歴もない、彼女もいない、友達すらいないニートじゃない。でも、本当は違うのよ。信じて欲しい」
黙っていると江上京子は言葉を続けた。
「バックトゥザフューチャー、観たことあるでしょ。とりあえずはビフになろう。お金がないと、タイムマシンも動かせなくなるのよ」
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