第2話 キンクロハジロの川辺
江上京子はぼくにとり、もの心つく前の友達で、母親同士が出産のために入院した病院で知り合ったという。
幼稚園は別だったけれど、家は近所だったから、親同士でぼくらを預けあったりしていて、家族ぐるみの付き合いだった時期もあった。小学校は同じで、性別は違うから、学校では単なる同級生だったけど、休みの日は2人で遊んだり、両家族で旅行に行ったこともある。
江上は中学受験をし、ぼくは地元の中学に入学こそしたものの、すぐにいわゆる不登校という状態になったこともあり、小学校卒業以降、会った記憶がない。
だからその日江上京子になれなれしく話しかけられたことを、どう解釈して良いものか、これはおそらく宗教かマルチ商法の勧誘じゃないかと感じたのは、それほど的外れな想像ではないと思う。
そんなわけでぼくは、漫画の棚の前でまだ話したそうな顔した江上京子におやすみと告げて、マウンテンバイクにまたがってコンビニを後にした。
駅につながるバス通りをマウンテンバイクのペダルを漕いで進む。信号はすべて赤か黄色く点滅していて、ぼくは一度も止まらなかった。「夜は2時からが本番だ」と口の中で呟いて、10分ほどで駅を迂回し川に出た。
住宅街のはずれを流れる二級河川は、堤防こそコンクリートで護岸されているけれど、川岸は葦が群生して、生き物がいた。暗くて水面はよく見えないけれども、黒く水流が静かな音を立てて流れていた。
時折、バシャバシャという水音が聞こえる。キンクロハジロだろう。深夜に初めてこの川に来た時は驚いたが、調べるとカモの仲間は夜行性らしく、エサも夜獲ることが多いという。そんなこと知ってても、何の役にも立たない。無意味で、不要な知識。
腕にある時計の針は3時半をさしている。コンクリートの堤防に腰かけて、そのまま、ゆっくりと空が黒から藍、藍から青へと変わるのをみていた。
女性と会話したのは、いつ以来だろうか。ここ数年、まったく記憶になかった。もちろん、母親を除けばの話だけど。
帰りがけ、ぼくはくだんのコンビニに立ち寄って、店の前にマウンテンバイクを停めて中を見た。店内には作業着を着た40代くらいの男性客と、カウンターに20代の男性店員だけで、当たり前だが江上京子はいなかった。
次の日午前一時すぎ、ぼくは再びマウンテンバイクで出かけ、コンビニに向かった。夜のコンビニに自転車を止めて店内を見ると、漫画の棚のまえに若い女性がいる。江上京子だった。
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