【第2話】『ある日から使えるようになった転移魔法が万能で生きるのが楽しくなりました』

 あれから1週間が過ぎた。

 朝のニュースを見ながらトーストをかじる。時刻はすでに9時を回っており、あと10分ほどで俺がしゆうしている授業が始まる時間だ。

 ここから大学までは5キロ程はなれており、自転車を使ったところで15分は掛かるきよだ。

「へぇー、あの芸能人けつこんするんだ」

 俺はトーストをもぐもぐと食べる。焼きたてのトーストにバターのかおりが口の中に広がる。

 映画の主演が発表されたようで取材に応じる姿が映し出される。

 俺はコーヒーを飲みきると。

「さてと」

 荷物を手にする。そして──

「よし、そろそろ行くかな」

 そう言うと、次の瞬間景色が切りわった。


「……こっちの部屋もきたないな」

 別に自分の部屋をけなしているわけではない。いつしゆんの間に目の前の光景が大きく切り替わっただけだ。

 先程までいたのが、テレビとベッドがあり、ゆかに雑誌が散乱している俺の部屋だったのに対し、ここはいくつかの机に雑誌が散乱しており、かべほんだなには乱雑に本が入っている部屋だった。

「まあ、利用させてもらってる身だから文句は言えないけどな」

 ここは部室とうの一室。だれも利用していない部屋なので誰かに見られないか心配する必要がない。

「授業開始5分前。うん、ゆうだな」

 スマホを取り出して時計を見る。時刻は9時5分と表示されている。先程まで家でトーストを食べていたはずなのに、何故俺がここにいるかと言うと──

「おっと。早く行かないと席がまっちまうな」

 できるだけ目立たないようにはしの席を確保するため、俺は教室へと向かうのだった。


「……はぁはぁ、暑い」

 大学でも体育の授業は存在する。俺が履修しているテニスの授業では、前日雨などが降ってテニスコートが使えない場合、こうしてマラソンをさせられることがある。

「にしても……今日は暑すぎるだろ」

 昼過ぎということもあり、太陽がらんらんかがやいて肌を焼くうえ、風もいつさいかないのだ。さらに、ここは折り返し地点の山中なので自動販売機すらない。

 周囲には俺と同じく、息を切らしている連中がたおれていた。

のどかわいた……」

 中にはこのじようきようを予測していたのか、飲み物を持参している連中もいる。俺はそれをうらやましそうに見ていたのだが…………。

「そっか……。できなくはないか?」

 俺は人のいない場所に移動すると、

上手うまくいけよ……」

 小さく転移ほうの入り口を出現させ、出口を家の冷蔵庫に繫げる、そしてその中からよく冷えた飲み物を取り寄せると転移魔法を消した。

「ぷはっー! 生き返るわぁ」

 限界までまんした上で喉を通る冷えた飲み物に俺は感動する。他の連中はこのえんてんの中持ち運んだ為、すっかりぬるくなった飲み物で水分を補給しているのだ。

「後はこの暑さをもう少し何とかできればなぁ……」

 折り返しなので戻らなければならないのだが、こうも暑いと体力が回復しない。

「待てよ、これも何とかなるかも?」

 俺は思い付いたことをさつそく行動に移す。

 他の連中に見られないように木を背にする。そして木と背中の間に転移魔法の入り口を出現させ、その出口を大学の教室のれいぼうの吹き出し口にする。

「ううう、生き返る」

 そうすると、俺の背中から涼しい風が流れてくる。その心地よさにしばらく身をゆだねると、

「そろそろ戻ろうかな」

 すっかり元気を取り戻した俺は、周りの人間があせだくでぐったりしているのをしりに軽い足取りで大学へと戻っていくのだった。


 あの日。俺は、他人にはないとくしゆな能力があることを知った。

 俺が得た能力。それはいわゆる転移魔法だった。

 空間をえてちがう場所にとうたつする。窓やこうなんて意味を持たない。遠く離れた場所との距離をゼロにしてしゆんに移動するのだ。

 ほうもない能力だった。

 もし、俺の能力が世間にばれると大変なことになるだろう。色んな人間に注目され、へいおんな人生を送ることはできなくなるだろう。そんなのはめんだ。

 なので、とにかくこの秘密をらさない方が良いと思った俺は、自分の能力について人知れず研究を重ねた。

 この能力にはいくつか使い方がある。

 一つは自分がイメージした場所に瞬時に移動する能力。目覚めたばかりの頃に公園に一瞬で移動したのがこの力だ。これを【ワープ】と名付けた。

 一つは青白い光の輪を広げて移動する能力。これを【ゲート】と名付けた。ゲートの力は俺だけではなく、他の生物なんかもいつしよに移動することが可能だ。実験の為にねこいてくぐってみたが、問題無く移動ができた。

 その他にも様々なことがわかった。一度の転移魔法で移動できる距離はおよそ50キロ。ゲートの大きさは自由に変えることができる。

 同時に出せるゲートは全部で3つだが、目覚めた当初は一つだったことから今後も増える可能性はある。

 人目に付かないように実験をり返した結果として俺は一つの結論を得る。

「この能力を上手く使えれば今までより楽しく生活ができるんじゃないか?」

 俺はこの転移魔法を有効に使う方法を考えるのだった。


 翌日、能力の検証を終えた俺はある場所をおとずれていた。その場所というのは、

「それじゃあこれが地図ね、けいこうペンでりつぶしてある地区はとうかんしちゃな区域だから。マンションやいつけんに投函してきて」

 目の前にはひもしばられたチラシの束がドンと置かれており、事務服を着た不愛想なOLさんが説明をしている。

 現在、俺が訪れているのはポスティング事務所である。

 先日の話だが、たまたま見ていたバイト情報誌にチラシのポスティングのバイトがけいさいされていた。

 何か転移魔法を生かした仕事が無いかと考えていた俺だったが、このバイトを見たしゆんかんてんけいりたのだ。

 地図を見てみるとこの辺一体の地図に投函はんが赤ペンで囲われている。この範囲であればどこにばらいてきても良いらしい。

「わかりました。それじゃあ行ってきます」

 そう言うと俺はチラシの束をかかえて出て行くのだった。


 大量のチラシを持った俺はまず、人目の付かない場所へと移動するとゲートを開いて自分の家へと戻る。

「よし、早速配りに行くとするか」

 そして、チラシを1束持つと地図をながめた。

「まずは北西にするか」

 北西に行くにはいくつもの入り組んだ道を通らなければならない。だが、この地区には足を運ぶ価値がある。

「ここは戸数が多いからねらい目なんだよな」

 事務所からの距離が遠くて配布の範囲の端なので、つうの考えなら、向かう時間を考えると手前の集合住宅地でチラシをばら撒く方が効率が良い。

 だが、俺にとってはその程度の距離など大した問題ではない。

「早速、転移していくか」

 なら転移魔法があるからだ。

「まずはひとが無いことのかくにんだな」

 そう言って俺はゲートを開く。

 今回開くゲートはビー玉が通るぐらいの大きさだ。

 これはとつぜんゲートを開いて向こう側に人がいたら大変なことになるからだ。

 そうならないために、俺はあらかじめ街を回って人気の無い場所に目星をつけておいた。

 マンションのしきにある非常時の物資を置く倉庫の裏手。当然、非常時以外は誰も近寄らない場所だ。

「ふーむ。見たところ誰もいなそうだな」

 視界が動く。ゲートの出口側の位置を移動させて360度わたしているからだ。

 俺は転移魔法を使っていく内に、ゲートの大きさを自由自在に調整できるようになった。そして、ゲートの出口を自分の意思で動かすことで、人気が無いことを確認する。

 この二つの転移魔法の応用で、俺は他人に気取られることなく転移魔法を使うことが可能になったのだ。

 周囲に人気は無い。俺はチラシを手に持つと、ゲートを消し、今度は転移魔法を使って目的の場所へと飛んだ。

「よし。無事移動かんりようだ」

【画像】

 俺は何気ない顔をして建物の裏手から出ると、見上げ切れないばかりのタワーマンションが目に映る。

 駅に直結しているので交通の便が良く、高層ともなると同じ高さに存在する建造物は数件のマンションの他はスカイタワーのみ。

 そういった好条件のせいか、住める人間は限られているのか、集合ポストが設置されているのでポスティング効率が非常に良い。

 マンションに入っていくと同業なのか、ポスティングをしている人がチラホラいる。この時間帯は買い物帰りの主婦がポストをチェックして回収していくのでチラシの効果が高いという話だからだろう。

 俺は軽く頭を下げるとしゆんびんな動きでポスティングしていく。ここまでで使った労力は転移による移動のみなので、体力があり余っているのだ。

 あっという間に手持ちのチラシを配り終える。追加分を取りにアパートにもどるべく、視線の死角を目指すのだが。

 さきほどあいさつをした人はいまだにチラシを入れている。大量に持ち運んでいる為、動作に手間がかるのだ。

 その様を見ながら俺は建物のかげに移動すると、

「普通ならあのぐらい大変なんだろうな」

 同業者への同情をするのだった。

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