雨の中の
お客さんが帰って片付けが終わると、華さんはいつも通り夕飯の支度をし始めて、友子さんも明日の支度を始める。僕は表に出ている看板をしまって二階に上がった。ここ最近この世界の状況を人伝に知ることが多くなった。僕が思っていたより複雑でどんなに考えても謎ばかりが増えていった。
この喫茶店にいた僕と同じぐらいの年の男の子の話、今朝の宗一郎さんと友子さんや華さんの関係、それに銀蔵さんの言葉。書き足されなくなった本を開いて最後の文章を何度読んでも答えは見えてこなかった。
僕は何となく大雅や椿のことを思い出した。二人だったらどうしていたんだろうとか、わかるはずもない問いが頭に浮かんだ。床に仰向けに転がって天井を眺めた。僕は疲れていたのかそのまま眠りについた。
「颯太……おい」
聞きなじみのある声に僕は目を開けるとそこは和室の部屋ではなくてフローリングにたくさんの机と椅子があって、たくさんの視線が僕を見つめている。
「柊、聞いてたか」先生が顔をしかめてこっちを見ていた。
「あ、えっと……」慌てて立つけれど僕は何一つ理解できていない状況でただ立つことしかできなかった。
「……」あからさまに聞こえるように吐いた先生のため息に僕はすみませんとしか言えなかった。
授業が終わると昼休みで僕は記憶のないお弁当をごく普通に鞄から取り出して、大雅と椿と一緒に食べ始める。
「それにしても珍しいよな、颯太が授業中に寝るなんて。先生めちゃくちゃ驚いてたぞ」
「最近ずっと上の空だよな」
「あー確かに」
「そ、そうか? ちょっと寝不足なだけだよ」
僕は何気ないやり取りをしながら突然の出来事に困惑することしかできなかった。
「そういやさ、この前テレビでよ未来に行くか過去に行くかどちらに行きますかって質問があったんだけど当然未来だろ」
「そうか? 俺は過去の方がいいと思うけど」
「なんでだよ、起きた事振り返っても勿体ないだろ。それなら未来を見てからどう生きるか考える方がいいだろ」
「テレビはどっちの方が多かったんだよ」
「そりゃ半々だよ。だからいつになってもそういう質問があるんだろ」
「まあ確かに。颯太は?」
「え? あー俺は……」答えようとして華さんの顔が浮かんだ。
「どっちだよ。やっぱり未来だよな」
「過去の方がいいだろ。未来なんか先に見ちゃったらどう頑張ってもその未来しか待ってないとしか思えなくなるだろ」
「俺は……どっちも行きたくないかな」
「なんだそれ」二人は一瞬僕の顔を見て呆れて笑いながら言った。
こんな状況に出会ってなかったら僕はどっちを選ぶんだろうか。討論の中で何気なく言った二人の言葉が僕にはとても重たく聞こえてきた。
放課後いつも行ってるファミレスに行くことになった。ファミレスに着くと話す内容は今日の授業がどうとか、何組の誰かが付き合うことになったとか、たわいのないいつもと同じような会話だった。僕にはこの生活の方があっているのかもしれない、そう思うほどに楽しい時間が過ぎていく中でどうしても華さんの笑顔が頭から離れない。
「なあ、異性の笑顔が頭に浮かんでくるってどう思う」
唐突すぎる質問にいつもの空間にはぜったに訪れない沈黙が流れた。
「あ、悪い。なんでもn」
「おまえ恋してんのか?」
「え?」
大雅は目を見開いてこっちを見ていた。携帯をいじっていた椿まで驚いた表情を見せていた。
「颯太にもついに春が来たか」
「大雅だけかと思ったけどな」
「いや、そういうんじゃ……」
「じゃあ、その人のこと考えたりしてぼーっとすることあるだろ? もっと一緒に過ごしたいとか、自分じゃない誰かといるのを見た時にモヤモヤしたり」
「それは……」
僕はふと街中で見かけた宗一郎さんと華さんの姿を思い出す。
「やっぱり」顔をニヤニヤさせながら大雅はこっちを見る。
「向こうはそういう風に見てないし、俺はそういうつもりじゃない」
「……颯太?」
僕があまりにも暗い顔をしていたのか大雅から笑顔が消えた。
「まぁ、なんとなく聞いただけだから本当に気にすんな」僕は笑ってみせた。
大雅は心配そうに僕の顔色を伺う。椿は少し黙って右手を顎に当てて少し向いて考えた後、ぼそっと呟いた。
「もしかして図書館の人か?」
椿の言葉に僕は思わず目を見開いて一瞬息が止まる。
「見てたのかよ」
「いや、妹が見たっていうから」
「あー。あれはなんというかただの人違い」
「なんだ。図書館内で大胆にナンパしてたって言うからてっきり」
「いや、おい。それは無いだろどう考えても」
僕たちはいつの間にか普段のような雰囲気に戻って話していた。椿はいつも口数は少ないが周りの空気や顔色をよく見ている。僕はありがたいと思った。それからは別の話題に逸れていつも通り、テーブルの上にあるお皿が下げられて周りに座っていたお客さんが一通り変わったぐらいで、椿が帰るかと言って僕達はお会計をしてもらう。
「じゃあまた明日な」
「おう」
そう言ってそれぞれ別の方向を向いて歩きだす。僕は歩きながら今日のファミレスでの会話を思い出してた。
家に帰って自分の部屋に入ってしまっておいた万華鏡を覗くとぼやけてはいたけれど、少しだけ色が見えた。そして一緒にしまっていた一華さんのメモを見る。そしてもう一度お店を調べる。
次の日僕はいつもよりも少しだけ早起きをして支度をした。母は休日に早起きをする僕を見て驚いた表情を見せた。僕はそんな母の顔を無視して家を出た。家で調べた住所のメモを片手に一華さんの働くお店を探した。住所の辺りは様々なお店が並んでいてどこもたくさんの人が幸せそうな顔をしながら順番を待っている。僕はその人たちを横目に見ながらお店を探すと一軒だけ懐かしさを残しながらこの通りに馴染んでいるお店があった。僕はそこでそのお店が僕の探していたお店だと気付く。
店の前について僕は自分のタイミングの悪さに嫌気がさした。その日は定休日だった。ため息を一つこぼしてきた道を戻る。僕はそのまま図書館に向かった。
図書館はこの前とは違って人が少なくテーブル席も本棚もがら空きだった。僕は歴史の棚を通り過ぎて社会科学の棚に行く。だけどこれといって何も手掛かりになるものはなくまた歴史の棚を通った時ふと視界がぐるぐる回る感覚に陥って、立っていられなくなって目を閉じる。
閉じていた目を開けるとイーリスの喫茶店に僕は立っていた。
「颯太くん? どうしたの、体調悪い?」
「あ……いや」
「そう? 無理しないでね」
「ほんとに大丈夫です。すみません」
「ううん。じゃあこれお願いしてもいい?」
「え? これって……」手元に目線を移すとなにか荷物の入った籠を手に持っていた。
「うん。東雲さんの所に届けて欲しいの」
「あ、えっと……」
「電話で突然届けて欲しいって言われてね。初めてだから私も行けたらいいんだけど。まだ夕飯の支度があって……」
「……あ、えっと」状況の掴めない僕は華さんの字で書かれた住所と地図のような絵の紙を受け取り、布のかけられている籠を持って東雲さんという家に向かうことになった。突然のタイムスリップに頭が追い付かないまま僕は喫茶店を出る。
今までは眠りについたり万華鏡を覗いたり何か行動を起こしたときに気が付いたらこの世界にいることが多かった。だけど今回は突然だった。それにこの世界から移動した時は時間が進んでいるのに対して、向こうからの移動ではこっちの世界では時間が進んでいないのが分かった。少しの法則性を見つけて気持ちがあがったが、同時に向こうの進んだ時間の記憶が無いことに少し疑問を感じた。だけど頼まれた事に集中する為に紙に視線を移す。そして遠くからでもわかる大きな建物を見つけて、髪と建物を交互に見る。
建物の前に着いてしまった。溢れる豪邸感に圧倒されて足がすくむ。その家は洋館で外観からして異色さを放っていた。僕が門の前で立ち往生していたのが見えたのか、遠くにある玄関から人が出てきた。
「あのすみません。電話で……」
聞こえていたのかその男の人はこちらに来るなり
「わざわざご足労いただきありがとうございます。当主様が中でお待ちでございます」
「え?いや」
「なんでしょうか」
「この商品をお渡しするだけだと聞いていたので」
「少しでございますので是非」そう言うと男性は門を開けて玄関に向かって歩き出してしまった。
僕はどうすることもできず大人しく門をくぐった。門をくぐるとさっきまでの景色とはまるで違い異国だった。玄関までに左右に広がる様々な花々に玄関と門の中間地点に噴水と、漫画やドラマで見かけたことのあるまさに富豪の家のテンプレだった。ようやく玄関にたどり着いて男性が大きな扉を開ける。正面には大きな階段があって階段は踊り場で左右に分かれる。あまりにも想像できてしまうほどの豪邸に僕はただ男性の後ろをついていく事しかできなかった。男性が廊下をしばらく歩いて部屋の前で立ち止まる。
「失礼します」ノックを三回した後言うと
「入れ」と声がして男性が扉を開ける。
「どうぞ」男性は扉を開けると僕の方を見て言った。
「あ、ありがとうございます」
扉の向こうには少し前に合った男性が笑顔を見せてこちらを見ていた。
「あ、この前の……」
「君が来てくれるとは嬉しいよ。この前の服は気に入ってくれたかな?」
「あ、はい。本当にありがとうございました」
「それはよかった。どうぞそこに座ってくれ」
「……はい。失礼します」
僕は恐る恐る座る。そして座って今までに座っていた椅子との質の違いに僕でもわかった。
「おや、雲行きが怪しいな」と窓の外を見て宗一郎さんは男性に目線を合わせると
「かしこまりました」と言って部屋を出ていってしまった。
「あの、僕はただ商品を渡しに来ただけなので……」
「ああ、それに関してはついでかな」
「え? それって」
「私は君と話がしたくてね。なかなか機会がなくてね」
その時聞いたことのないという華さんの言葉と宗一郎さんの言葉に納得がいった。東雲さんと言う人はおそらくさっきの人だろう、そして宗一郎さんはあの朝の日から僕と話す機会をさがしていたところに偶然僕が来たというわけだ。だけどわからないのはこの人がなぜそんなにも僕と話がしたかったのか、華さんと友子さんはどうしてそれを朝隠したのか。
「君は少し前からあの店で働きだしたそうだね」
「あ、はい」
「そうか。前に同じような年ごろの男の子があの店で働いていたのは知っているか」
「はいこの前聞きました」
「悪いことは言わない。あの店から手を引いてくれないか」
「……」
「君もいつかはどこかへ行ってしまうのだろう」
「それって」
「私は彼女をこれ以上悲しませたくないんだ」
「……」
「君は彼女のことをどう思っているんだ」
「華さんですか? お店で働く……」
「彼女には忘れられない人が居ると言ったら君はどうする?」
「……忘れられない人……」
「私は彼女を好いているが忘れられない人を押しのけてまで彼女のそばにいたいとは思わない」
「君がもし彼女のその過去もすべて愛せるのであれば私に見せて欲しい。できないのであれば……身を引いてくれ」
僕はその瞬間今までの華さんの行動や言動に納得がいった。
「雲行きが怪しい。今日は突然すまないね」そう言うとテーブルの上に置いてあったベルを鳴らすとさっきの男性が入って来て僕の方を見た。
「おじゃましました」
「いえ。また」
そこからは玄関まで送ってもらい門までと言う男性を説得して貸してもらった傘を借りて男性にお辞儀をして門に向かう。門までの道のりが行きより遠く感じたのはさっきの話のせいだろうか。やっとたどり着いたものをくぐって、来た道をたどって喫茶店に向かう。僕はずっと感じていた感情にようやく気付いてそれと同時にどうしようもないこの気持ちにこの雨と一緒に流せられたらと願ってしまった。
僕は何事もなかったかのように喫茶店の扉を開く。中からは華さんの声が聞こえてきて、僕は雨が降ってきて遅くなりました。と言って喫茶店の中に入る。
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