動き始める時間と記憶


 家に戻り部屋の机の引き出しに手を伸ばす。万華鏡に触れると見た事はないけれど、懐かしさを感じられる景色が頭に入ってきた。だけど一瞬で消えてしまい、

「今のなんだったんだ」と小さく呟き万華鏡を覗く。相変わらず真っ白な景色だったが、何か前とは違うように思えて不思議な感覚に陥った。

 万華鏡を引き出しに戻し、一華さんから渡された紙に目をやると、お店の名前と電話番号が書かれていた。僕はお店の名前で検索してみると、お店はお菓子屋で“イーリス”(1)というお店らしい。僕はそれ以上詳しくは調べず、その紙も同じ引き出しにしまい僕は布団に寝転がった。


「……おーい……」

 僕はその声に慌てて目を覚ます。

「颯太くんて朝苦手なの?」彼女は何のためらいもなく僕の肩をたたいた。

「また来たのか?」

「ん? どうかした?」

「あ……いや。おはようございます」

「おはよう。朝ごはん出来てるけど」と言って窓を開ける華さんの姿を見て僕はまたこの世界に来たのだと理解した。

「いただきます」と返して僕は布団から出て身なりを整える。

 戻った時は時間が進んでいたが、こちらは動いていなかったのを華さんとの会話で把握する。だけどその事を華さんに話すことはなかった。

 朝食を食べ終えて僕と華さんは約束の書物館へ向かった。華さんが言うにはその道中にお菓子屋と雑貨屋があるらしく寄ることにした。

「颯太くんの時代ではどんなお店がおすすめなの?」

「そうですね。僕ゲームと音楽が好きなんでそういうものを扱ってるお店ですかね」

「げぇむ?」

「遊ぶときに道具を使うものだったり勝敗を決めたり色々……」

「メンコとかおはじきとか?」

「いや、なんというか……」あまりの文化の違いに説明の仕方がわからなくなった。

 そうこうしているうちに雑貨屋が見えてきた。西洋風のおしゃれな外観にたくさんの人だかりがあった。

「ここなんだけど、興味ある?」と僕の顔を窺いながら言う華さんに

「入ることはあんまりないですけど、せっかくなんで」

 店の中に入るとおとぎ話で出てきそうなお店の内装に心が躍った。赤、青、緑、黄などの色が太陽の光で透き通って店内を彩っていた。ステンドグラスを使った雑貨が並んでいて、櫛や簪などから栞など様々だった。僕は店内の景色が京都でもらって初めて覗いたときに見えた万華鏡の世界に連想させられた。それからしばらく店内の商品を見ていると

「何か気になるものとかあった?」華さんは僕がさっき見ていた簪を持っていた。

「きれいなものばかりでした。まあ僕にはちょっと合わないですけど」

「そっか……」と少し残念そうな顔を見せて出口に向かう。簪はいつの間にか棚に戻されていた。

 雑貨屋を出て少し行くとお菓子屋ではなく書物館に着いた。大きな西洋風の建物に入ると、着物を着た女性や男性が各々の棚で本や資料を手にしていた。

「うーんと。どこにいるんだろう」と華さんは周囲を見渡した。すると僕たちの背中から

「見かけない格好だな。すごく目立ってるぞ」

「あ、いた。隠れてたでしょう!」

 黒髪の短髪に整った顔立ちの僕より十センチぐらい高いその男性は、華さんのそばに行くとまるでドラマを見ているかのような絵になった。男性が華さんの頭をつつき、華さんが男性の横腹をたたくという青春のワンシーンのような光景を僕は勝手に想像した。

「颯太くんこの人ここで働いてる私の幼なじみの正志まさし

「こんにちは、学問のために資料集めとは良いことだね」

「え?」

「そうよね。私もその頑張る姿に心打たれちゃって」

 どういうことだろうと華さんを見ると話を合わせてという表情を見せてきたので、僕が未来から来たことは言ってないのだろうと察した。そのあと軽く話をした所で好きなだけ見ていくといいと言われ僕はこの膨大な量の棚が並んでいる書物館を見てまわった。

 書物は見た事がないものばかりで、棚の中に手書きの書物が何冊か置かれていた。僕は普段から本を読むわけではないのでパラパラめくっていた。その棚の手書きの書物の最後の本に手を伸ばした時、家で見た景色がまた頭の中に浮かんだ。気になって本を開いたが中身は白紙だった。僕は怖くなって本を棚に戻して他の棚に移動した。

 それからは七不思議と呼ばれるようなものを題材にした書物や資料に一通り目を通した。けれど当然これといった確定的情報があるわけではなく僕は資料を元の棚に戻した。僕はさっきの不思議な本が気になりもう一度見に行くことにした。二度目の本を開くと、そこには僕が見たときには一文字も書かれていなかった紙にびっしりと文章が書かれていた。そこには殴り書きのような字体で色々なことが書かれていた。そしてその内容に僕は驚いた。


{これは私自身が実際に体験したことを嘘偽りなく誰にも告げずに執筆したものである。つまり私以外誰一人事実を知らないわけで、真実か虚実かはその記録を読んだ君にしか判断できないものである。だがしかしこの記録を読める君はおそらく私と同じ状況にいることだろう。……}


 そんなはずないと思えなかった。本には僕の身に起こった事がこの執筆者にも同じように起きていて、同じような行動を起こしていたのだ。だけど不思議なのはそれだけではなかった。僕が辿っている事は書いてあるがその先は全くの白紙で消された形跡もない。貸出カードのようなものがないか探したが、印が押されている所もなければ、テープやバーコードもなく正志さんに直接聞くことにした。

「すみません。これを借りたいんですけど」

「あーそれか。それ白紙だよね? そんなの借りてどうするの?」と不思議そうな目で見てくる正志さんに

「なんだか頭を働かすのによさそうで」と我ながら機転の利いた言葉で返した。

「おーさすが勉学少年は違うな。落書きでもするのかと思ったよ」と笑いながら包み紙を用意してくれた。僕には見える文章。だけどどうして僕なんだろうか、そう思っていたところに華さんが三冊の本を持ってきた。

「また溜めこんで読むのかよ」そういいながら僕の本同様に包み紙を用意して、僕らに背を向けて包む正志さんを見ていると

「本ってちょっと読んじゃうと全部読みたくなるでしょ、そしたら何冊も読みたくなるのよね」と嬉しそうに話す華さんを見て僕は笑って頷いた。


 僕たちは正志さんから本を受け取って書物館を出た。

「帰りはこっちの道なの」と言って来た道とは反対方向に歩きだした。来た道とは打って変わって静かでお店もちらほらあるぐらいだ。そしてしばらく歩いていくと駄菓子屋と外観でわかる王道の平屋の建物が見えてきた。華さんはここと言ってお店に入っていった。僕も後を追って入ってくと、子供の姿はなく僕と華さんの二人だけだった。

「ここあまり知られてないからゆっくり見れていいのよ」そう言って様々なお菓子が置かれた台を一つ一つじっくり見始めた。僕も小学生の遠足で決められた設定金額を安くたくさん買う事に期待と気合いを持って、足を運んだお店にそっくりだったのでワクワクしてしまう。キャンディやチョコ、スナック菓子などたくさんあった。いつもなら普通に見て終わってしまうお菓子も駄菓子屋では思い出の的になり注目を浴びる。とふざけた思い出を思い返していると

「颯太くんこれ知ってる?」と横から華さんがお菓子を差し出してきた。

 星形のような少しいびつな形でとても小さくて、口に入れると砂糖の甘さがしっかり感じられる金平糖だ。

「万華鏡……」

「え?」

「あ、いや。金平糖おいしいですよね。僕これ好きです」思わずこぼれた言葉をかき消すように続けた。確かに色合いを考えれば浮かばないこともないが、あの本を読んでからどうも僕はやたらとこの不思議な日々に振りまわされている気がする。その後は一通り見てまわった華さんが買いたいものがある、と言ってお会計のおばあちゃんの所に行って、話し込んでいるのを見て僕は静かにお店を出た。

 外はもう日が暮れる前で、子供たちどころか大人も帰っていく時間だった。この世界の人達には当たり前の日常で僕には非日常なんだと思うと、この世界にいる僕だけがほかの誰の目にも映っていないような寂しさを感じた。

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