見つけた人、知らない人
しばらく話していると、空はすっかり青色から淡い赤色に変わっていた。外の景色と時間の流れる速さに驚いた。
「あ、もうこんな時間だ。ごめんね話し込んじゃった」と時計を見ながら立ち上がてた男性達や新聞を読んでいた男性、窓の外を眺めている男性は誰一人として居なかった。僕達がいかに長く話し込んでいたかがわかった。窓の外では人は忙しなく歩いていてどこの時代でも日本人の変わらない姿に、僕はなんとなく安心した。
「颯太くん、友子さんが二階の部屋に空き部屋があるって」そう言って厨房から出てきた華さんに振り返って、自分の今置かれている状況に気づいた。
「ともこ……さん?」
「うん。ここのオーナーで私の叔母さん」
「なるほど……有難いんですが、でもいいんですか?」
正直に言うと、高校生の僕が身内も居ない場所で何とかなるわけがない。だけど、少しの意地と羞恥で後付けのように言葉を付け足してしまった。その言動こそ恥ずかしい事なのに、僕は素直にお礼を言う事に躊躇した。華さんはやっぱり僕より大人で、そんな事すべてを感じ取って
「さっきは私が困ってた所をなんの見返りもなく助けてくれたんだし、颯太くんの状況を知っちゃった以上少しでも力になりたいからね」と言って笑ってくれた。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「うんうん。素直でよろしい! ここから二階に上がれるから」
厨房の入り口を入ってすぐの右側に扉があり、扉を開け少し傾斜のある階段を登った先に、長い通路があって突き当たりと右側に二部屋あった。
「突き当たりは友子さんの部屋ね。手前が私の部屋で颯太くんはその奥の部屋」
「ありがとうございます」
「昔この喫茶店で働いてた人でしばらく使ってたけど、だいぶ前に出てっちゃったから。その後に一回掃除はしたんだけど、気になったら言ってね」
「わかりました。本当にありがとうございます」
「じゃあ、私は夕飯の支度してくるから部屋でくつろいでくれても全然大丈夫だけど……厨房くる?」と少し笑いながら言った華さんに
「いや、遠慮しときます」と僕も笑って返した。
「うん。じゃあまたあとでね」
僕は部屋に華さんは一階に行った。
部屋に入って正面の窓を少し開ける。窓の外から見える景色は僕が今まで見た景色の中で一番綺麗だった。電飾の光や建物の照明、人工的な綺麗な景色は今までにもたくさん見てきたけれど、窓から見える景色は僕が今まで見てきた綺麗な景色を、忘れさせるような景色だった。一本の通り道を挟んだ両側に並ぶお店は、自分たちが流行の最先端だと言わんばかりに、異色さを放つお店もあれば、そんな中で昔ながらのお店が堂々と並んでいる。その商店街から一本奥の道では、隣の家の人と話す女性の姿や、屋根上で喧嘩を始める猫など穏やかな時間が流れている。その全てが1度きりの景色で様々な色を魅せる万華鏡のようだ。
そういえば……と京都でもらった万華鏡を鞄から取り出す。恐る恐る万華鏡を覗くと真っ白な状態から何も変わっていなかった。目を離して周りを確認するが、豆電球の明かりと畳の香りがするだけだった。僕は一息ついて手にしていた万華鏡を鞄に戻す。
下から華さんの声が聞こえてきて、部屋を出て階段に向かうと
「颯太くん夕食出来たよ」
「今行きます」
喫茶店のメニューは友子さんが基本的に作っているが、朝食と夕食は華さんが作るという当番制らしい。僕も定番の料理の一つや二つぐらい振る舞えれたら、と思いながら席に座った。今日の夕食は僕からすると懐かしさの感じられるメニューだ。白ご飯に一般的と言ってしまうのはもったいないほどいい香りのする味噌汁、じゃがいもはゴロッとタイプのだしの効いてる肉じゃが、塩加減と焼き加減が絶妙な秋刀魚に喫茶店ではよく見かけるレタスとキャベツの千切りサラダ。
「いただきます」
「いただきます」
僕は肉じゃがを口に運んだ。じゃがいもがホクホクで形は残っているけれど柔らかくて僕が家で食べていた肉じゃがとは別物で美味しかった。
「おいしいです。この肉じゃが」
僕が華さんにそう言うと、華さんは笑顔を見せて頷いて手元の秋刀魚に手を伸ばした。
友子さんはただ黙々と秋刀魚をほぐしていた。その何とも言えない空間に居心地の良さを感じて、僕はその後黙々とご飯を食べ続けた。
「ごちそうさま」と言ってお皿を持って台所に向かった友子さんをよそ目に
「颯太くん。明日書物館に行かない?」
「書物館……ですか?」
「色々な本が揃ってるから書店も良いけど、書物館の方が情報集められるんじゃないかなと思って」
聞き馴染みのない施設だが、恐らく図書館的な場所だろうと思い頷く。
「解決策があるかどうかはわからないけど、この街の案内がてらね!」と眉を上げながら言った。
「そうと決まれば今日は早く寝なきゃね!」
華さんはお皿をまとめて、机のそばに置いていたナフキンでさっと机を拭いて立ち上がり、台所にお皿を置きに行った。僕も慌ててまとめて台所に向かうと、流し台に桶が置かれていて、水が張ってあってそこにお皿をつけておくらしい。慣れた手つきでそのお皿を洗う華さんの横で、僕はその動作を見ていることしかできなかった。お皿拭いてくれる?と僕の顔を見て水で流したお皿を差し出した華さんに僕はただ頷き、指示去れた通り皿を拭いて棚に戻すという作業を繰り返した。片付けが終わり階段を上がりながら、明日の話をして計画を立てる。
「じゃあ、明日は友子さんが起きる時間に一緒に起こすね。おやすみなさい」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
そう言ってお互いの部屋に入っていった。
豆電球をつけて用意されていた布団を敷いて僕はそこに寝転がる。夜の静かさに僕は吸い込まれるように眠りについた。
僕がその違和感に気付くまでに時間はかからなかった。あの静けさはどこか遠く僕の耳には届かない場所に行ってしまった。
「はっ」漫画でよくある飛び起きるとはこの事だ。
目を覚ますと見慣れた景色が広がっていた。片付けられていない部屋に外から聞こえてくる騒がしい音。
そうだ。戻ってきてしまったのだ。もちろん良いことなんだろう。だけど僕には始まりかけた物語を打ち切られた絶望感しかなかった。漫画の休載を知らされた感じや、アニメの盛り上がってきた所でエンディング曲が流れた時の悔しさ。だけどもう一度眠りについて夢の続きを見るなんてことは出来もしないので、冬に布団から出たはないが出るしかない時の気分でしぶしぶ布団から出る。そして布団から出て思い出した。僕が修学旅行中だったことに。携帯の画面を見ると修学旅行から四日後の日付けが表示されていた。慌ててリビングに行くとキッチンに立つ母と、ダイニングテーブルの上に頼まれていたお土産が置いてあった。その記憶はなく違和感を感じているのは僕だけだった。母は何事もなく朝食を僕に渡してきて、僕も普通に食べて支度をする。
食事を終えて学校の用意をして玄関に向かった。
「行ってきます」
「今日はそのまま帰ってくるの?」
「あ……えっとちょっと寄りたいところがあるから」
「そう。帰るときに連絡して」
「うん」
それから今まで通り学校に行き幼なじみの大雅と椿と過ごした。気になって雑貨屋の話をしたが、二人とも記憶にないらしく僕はそれ以上は詳しく話さなかった。放課後僕は二人と別れて普段なら絶対に行くことがない図書館に来た。
二階建ての大きな図書館で一階の真ん中にはテーブルが並んでいて、様々なジャンルの棚があった。一般的には超常現象と言われるものだろうから、そのジャンルを見てまわり歴史の棚にたどり着いた。メガネをかけた中学生らしき女の子と、左手に資料を持って棚を眺める男性が居た。そして僕が棚に目をやる前にテーブルに目をやったのは偶然だった。僕はこれ以上ないくらいに驚き、人間は本当に驚くと声も出ないのが分かった。
その女性は今どきのシンプルな服装で後ろで髪をくくっていて、少し分厚めの本を二冊横に積んでいてパソコンをいじっていた。
僕は思わず駆け寄って
「あ、あの」と何も考えずに声をかけた。
「はい」
明らかに怪しんだ顔を僕に見せた。僕だってするだろう。
「華さんですか」
よく考えたら恐ろしいことだと今ならよくわかる。男子高校生にいきなり声をかけられて名前を聞かれるなんて。
「あの、やっぱりなんでもないです。ほんとすみませんでした」
僕は周りに座っていた人達の目線に耐え切れず、半ば強引に話を終えて出口に向かった。華さんに雰囲気や見た目が似ているというだけで知らない人に話しかけるなんてどうかしていたのだろう。出口の自動ドアのボタンを押して早歩きで駅の方へ歩いていく。
「ねぇ! ちょっと待って」
僕が階段を降り終えて彼女が階段の一番上にいた。
「なんで……」息を切らしながら彼女は言う。
「え?」
息を整えながらゆっくり階段を降りてきた。
「あ、いや。なんていうか……」僕がも言えずにいると
「もしかしてどこかで会ったことあるとか?」
「えっと……まあ……そんな感じです」僕は素直に話すことは出来ず嘘をついてしまった。
「ごめんなさい。私覚えてなくて」
当たり前のことだ。僕だって初めて会ったのだ。
「いえ、じゃあ僕はもう失礼するので」と軽く会釈して歩き出す。
「え? あーじゃあ」とポケットからお菓子の包み紙を取り出し
「ちょっとペン借りてもいい?」
「あ、はい」鞄から筆箱を取り出して一番最初に取り出したサインペンを渡す。
彼女は包み紙に数字を書き僕に紙ごと渡してきた。
「えっとこれは」
「私このお店で働いてるから何かあったら連絡して」
彼女は階段を上り、1番上で振り返って手を振ってまた図書館に戻っていった。
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