私に聞かせて
僕は初めて見た。現代の言葉で言うなれば“ナンパ”とやらを……
「いいじゃねーか。金は払うって言ってんだ」とガタイの良い高級感のあるスーツの男。
「いや、私はこれから仕事があるので」とよくある返しをする女性。
僕は遠目で男と女性を見てみた。僕は確信した。確かに綺麗だと。
「あのー。すみません道に迷ってしまったんですけど……」
「なんだよ、そんなの通りに出れば教えてもらえんだろ」と振り向き僕を睨む男性。
実際道どころか色々迷子なわけで日本語で話せるだけまだマシというか。そう思っていると、急に腕を牽かれバランスを崩しながら180度反対方向に走り出していた。
「ちょ、え?」と慌てて僕の腕を牽く女性に声をかけると
「ふふ、すごくいいところに来てくれたから王子様かと思っちゃうわ」と言って柔らかい笑顔を僕に向けた。
「王子……ってそれは言い過ぎでしょ」と不思議なこの世界に来て初めて僕は笑った。
それから曲がり角を三回曲がって、進んだ道の先にはたくさんのお店が並んでいる場所にたどり着いた。本屋や飲食店、洋服屋など古さを感じるのにどこか新しさが出ているその街並みに。
「ありがとう。助けてくれて」と女性は一息つくとそう言って手を離した。
「あ、いえ」
「私この近くの喫茶店で働いてるの。寄って行って、お礼したいし」
「いや、お金もってないんで……」
それにこの時代の人間じゃない僕が何か問題でも起こしたら、それこそ1人の人から逃げるだけじゃすまなくなる。だけど逆に、今のこの不思議な現象と、戻るための情報が入るかもしれないのもまた確かだ。
「少しだけでいいから、ね? それにここら辺じゃ見ない格好だし、何か困ってたりしてない?」そう言って僕の格好をまじまじと見た。
「……じゃあ。少しだけ」彼女についていくことにした。
彼女の働く喫茶店は本当にすぐ近くで通りを少し歩いた所で、僕のいた現代ではあまり見られなくなった風情のある喫茶店だった。
喫茶店“カレイドスコープ”。
扉を開けるとカランカランと扉のベルが鳴り、店内は席でランチメニューを食べながら前の席に座る男性と討論をしている人や、新聞とにらめっこしながらコーヒーを口に運んでる男性に、
店内に入ってその景色を楽しんでいたが、その景色が僕を追い越して歩く女性が入った事で一瞬で変わった。討論をしていた二人の男性は食べていたナポリタンをゴクッと呑み込んで手を振り、新聞を読んでいた男性は新聞紙を綺麗にたたんで女性の方に顔を向け、煙管を咥えていた男性は窓の外ではなく女性を眺めていた。
「はなちゃん! おかえり、また来たよ」
「このナポリタンすごく美味しいよ」
「それはママに言ってよ、私じゃなくて」
「また難しい顔してたよ? たまにはのんびりコーヒーを楽しんで欲しいな」
「はは、かなわんなぁ。じゃあ今度はそうしようかな」
「またそんなもの吸って。体に良くないのに」
「煙管のお供に華ちゃんが一番合うんだよ」と、店内にいたお客さん全員に声を掛けて厨房に入っていった。
僕はただ出入口で立ち尽くしていた。すると女性とは真逆な感じの表情を見せてこちらを見た女性が僕を見てボソッと呟いた。なんて言ったのかは聞こえなかったけれど。
「ごめんね。あんな感じだけど、すごく優しい人だから」
まるで僕が思っていた事を感じ取ったのかのように言った。
「あ、いや。別に……そんな」
「あ、まだ名前聞いてないよね? 私は華、森岡華。よろしくね」
「柊颯太です」そう言うと、彼女は数回頷いてメニューを渡してきた。
「じゃあ颯太くん、何飲む?」
「え、あ、いや」
喉は渇いてはいたが何となく飲める気分ではなかった。
「じゃあ、話聞かせて」と僕の気持ちをまた感じとったのか話を変えてくれた。僕は店内に居る男性の気持ちがわかった気がした。とても居心地が良い。
店内の入口から一番奥の席に華さんと座った僕に、店内に居たお客さんは少し気にとめていたが、またさっきの景色に戻っていた。
「……あの。えっと」いざ話して欲しいと言われるとなんと言えばいいかわからない。だけど起きた事をすべて話そうと思った。
「変な事だし自分でもよくわかってないので、信じるとかはどうでもいいんですけど、多分僕未来から来たんです」と今までの経緯をできるだけ詳しく、僕自身で頭の中を整理するように言った。
「未来……未来かぁ。どんな感じなの!?」と彼女は目を輝かせて身を乗り出して僕に聞いてきた。
「あ、ごめんね。私そういう事すごく興味があって……」と慌てて座りなおす。
「建物がすごく高くて、服装とかも色んな種類があって、もっとお店も色んな種類のお店が並んでます」嬉しかったけど、ごく普通に振舞って答えた。
「建物はどのくらい高いの? 服装って颯太くんが着てる様な格好が広まってるの? お店かぁ……回ってみたいな」と全てのことに夢中になってあれこれ想像しながら話す華さんに僕は笑ってしまった。
「あ、笑った!」とそう言って華さんも笑った。
「僕が着てるのは制服なんです。学校の」
「じゃあ、普段はどんなもの着てるの?」
その後僕は、通ってる学校や友達、住んでる街の話を華さんの疑問に答えられるだけ答えた。
(1)煙管…日本の喫煙具の一種で、パイプに類似する。
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