追記

 実は、今回貴女あなたにメールさせていただいたのは、私が作詞作曲をした歌を是非とも紹介したかったからです。


 そう言うと「単なるファンレターを偽装した体のいい自己欺瞞ではないか!」と気分を害されるかもしれません。しかし、そうです。確かにその通りなんです!否定はしません。でも、それはごく一部分の要素であって、全体の主旨ではないのです。それを分かっていただくためにも、是非とも最後までこのメールにお付き合いください。


 なぜ私は貴方に私の曲を知ってもらいたいのか。なぜ他の誰でもなく貴方なのか。上手く説明しようと思うと難しいのですが、あえて一言で言えば、それは「直感」だと思うのです。直感的にそう思ったのです。もしかしたら、曲が出来上がってからそう思ったのではなく、曲を作り始める前から無意識に貴方をイメージしていたのかもしれません。


 しかし唐突にそんなことを言われても、貴方にとっては全く意味の分からない話ですよね。それに「直感」の一言で片付けてしまえば、面倒くさいから端折ったのではないかと思われてしまいます。だからこれからなんとか、私なりにその直感の意味合いを分析しながら、ご説明したいと思います。


 私はプロの作曲家でもなければミュージシャンでもありません。ただのしがないサラリーマンです。ですが、若い頃から曲を作ることに興味があり、何か思いついた時には自分なりに曲を作ってきました。誰かに師事して何かを学んだこともなく、まったくの独学で、ギターやピアノを少しずつ手探りで覚えながら作ってきました。要はただのど素人と思っていただければ結構です。


 これまで作ってきた曲は、技術的にも非常に未熟で、とても人様に堂々と胸を張って披露できるものとはいえません。しかし技術や完成度で計って欲しくない、というのが本当の思いです。アイデアやコンセプトみたいなものが良ければ、それはきっと誰かに伝わり、多少なりとも心の琴線に触れることもあるはずだと思っています。そうしたらこれほど幸いなことはありません。


 しかし素人が作ったつたない曲を聞いて喜ぶ人はいないのが現実。それは重々承知しています。実はもし私が人から頼まれて、いかにも未熟な曲を聴かさせられたら、本当に嫌な気分になってしまうのです。


 実際に過去にも何度となくありました。曲を作ったから聴いてくれと、知り合いから頼まれます。明らかに私よりも経験も技術力もない作品です。いや、すでにお伝えした通り経験も技術もなくてもいいんです。何か新しいもの、魅力的なものがあれば。しかし正直それすらも感じさせることはありません。何もないところから何かを創り出そうとするその気持ちと努力は認めます。同志として強く共感します。それでも私はその人の曲を最後まで聴くことはできませんでした。前半を少し聴いて、それきり一度も聴くことははありませんでした。それどころか逆に、しばらくの間、酷い嫌悪感に苛まれました。


 私はそういう薄情な人間なのです。とても身勝手な人間なのです。自分の望みは聞いてもらいたいが、人の望みは決して聞きたくない人間なのです。


 当初は私もその知り合いや、他のすべての創作活動に勤しむ人々と同様に、淡い期待を持って作曲に臨んでいました。


 「人々が自分の作品を高く評価してくれるかもしれない」


 でも今ではそうではありません。人がどう思うかはもう気にならなくなりました。ただ、どうしても作らずにはいられない、という感覚だけに突き動かされています。誰のためでもありません。自分のためなのです。どこからか沸き起こる「表現したい」という衝動、心の叫びに真摯に耳を傾け、その瞬間を捉え、一つの形にしていく。大袈裟に言えば、自分がこの世に生きた証、存在した証を刻んでいく。そういう行為だと考えています。それは作曲に限らず、あらゆる創作活動に言えることなのではないかと思います。


 もちろんこの曲を思いついた時は、自分の中では感動と興奮に満ち溢れていました。未だ嘗てない、とても良いものを作り上げたと。


 でも不思議なもので、二、三日してからもう一度聴くと、どうもおかしいんです。何かが違う。明らかに何かが違うんですね。良いと思うどころか、逆に言いようもない嫌悪感に駆られる。私は間違っている。私が思い描いたものはこんなものではない。そのあまりに未熟な出来栄えに、ただただ不毛で無意味な時間を費やしているだけなんだと嘆く。


 それでも、やぶれかぶれな気持ちで、作った曲はネット上にアップしたりもしていますが、もはやそこには期待は込められてはいません。ただ、そうしなければならない、すべきだ、という思いだけが虚しく脳裏に居着いていて、その余韻に引きずられるかのように、ただ機械的にそうしているだけなのです。


 たしかに今は本当に便利な時代になりました。簡単にクラウドのサービスを利用して自分の作品を世の中に公開できます。私の心の叫びから生まれた音の連なりが、0と1の電気信号に姿を変えて、インターネットの大海原の一部を形成しています。私の歌は(私から生まれた電気信号は)その大海原に漂う一艘の小舟です。いろいろな偶然が重なり合わない限り、一生誰にも出会うことなく終わるかもしれません。でももしかしたら、運良く誰かが私を見つけて声をかけてくれるかもしれません。私は待っているのです。ただひたすら大海原を漂っているのです。


 よく考えてみたら、それは生きることと同じですね。生まれ落ちた瞬間から、何者でもなく、何者にもなれず、ただ人生という限られた時間の中で孤独に彷徨っている。──そういうことです。


 さて話を元に戻すと、なぜ私が直感的に貴女に私の曲を伝えたいと思ったのか、ここまで私なりに説明を試みましたが、結局、話は逸れてしまって、全く説明になっていないようです。説明すると言ったお約束を果たせなかったことになります。大変心苦しい限りです。申し訳ございません。


 でもおかげさまで、今ようやく気がついたことがあります。私はこのメールを書きながら、自分でも整理できていない心の奥底にある思いを引き出そうとしていたのかもしれません。私は確かめたかったのです。貴女に私の思いを伝えることによって(そういう形式を取らせていただくことによって)、ある思いを確かめたかったのです。その思いとは、こんなことです。


 音楽は変わらない。変わったのは自分の方だ。


 もう前置きはこの辺で終わりにします。もう最後にします。ようやく今回お伝えしたかった私の歌の歌詞を記したいと思います。やっとこれが本題の本題です。大変お待たせいたしました。


 そして、これでおしまいです。長々と取り留めのなく拙い乱文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。(もちろん貴女にここまで読んでいただいたと仮定した場合の話ではありますが。)


 敬具

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