件名:はじめまして

 拝啓、蜜柑様


 突然このような形でメールを送らせていただくことをお許しください。


 私は能見瞬のうみしゅんと申します。貴女あなたの歌手デビュー当時からのファンですが、メールをするのは今回が初めてです。


 実はこれまで何度も貴女にファンレターを出そうと思いましたが、書きかけては止め、書きかけては止め、その繰り返しで今に至っています。


 何度も躊躇ちゅうちょしたのには理由があります。


 今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、広く人気を博している貴女のことですから、毎日何百通か何千通か分かりませんが、それは沢山のメールが届いているに違いありません。きっと私のメールもその中の一つとして埋もれてしまうはずです。ですから「無意味なことはやめよう」と、メールを書きながらいつも思ってしまうわけです。


 もし万が一、私のメールが運良く拾われて、返事をいただけたとします。私はきっと未だ嘗てないほど有頂天になって、貪りつくようにそのメールを読むことでしょう。


 しかし冷静に考えると──果たして、貴女本人がわざわざ返事を書いてくれるものだろうか。付き人か誰かが適当に目を通して、事務的に当たり障りのない返事をするのではないだろうか──と懐疑的になってしまうのです。だって、その返事が貴女本人が書いたものなのか私には知る余地もありませんから。


 だとすると、やはりこれもまた、とても無意味なことに思えてしまい、諦めてしまうのです。


 あとは勇気です。貴女のような方にメールを送るには、まるで初恋の相手に告白するときのように、一歩踏み出す勇気が必要です。伝えたいことは山ほどあるのにどう伝えればいいか分からない。思い切って伝えたとしても、貴女の反応がどうなるだろう。


 あれこれと想像すると、居ても立っても居られず、伝えること自体が怖くなってしまうのです。


 こんな私ですが、誤解しないでください。別に思春期の少年でもなんでもはありません。もう四十も過ぎ、人生の折り返し地点もとっくに通過した、いい大人です。貴女からすれば単なるアラフォーのおじさんです。それでも、いつまで経っても踏み切れず、うじうじと思い悩んでいる自分が、はたから見ればとても馬鹿げた存在に思えても仕方がないでしょう。


 でもこの際ですからもっと正直に言います。


 実は、件名の「はじめまして」でさえ、納得するまでに数日を要してしまったのです。簡単すぎても、堅すぎてもいけないだろうか。ぱっと見て目に留まるインパクトが必要だろうか──そんなたわいもないことで随分と悩んでしまうのです。


 すみません。このような戯言たわごとをいつまでも書き連ねていると「だからなに?」「っていうかキモい、オッさん」と思われるかもしれません。


 しかし、なにしろこのように畏まってメールの書くのは初めてですので、要領を得ない点も多々ありますこと、また、そもそも文章を書くのがあまり得意でないということを、あらかじめご了承ください。


 さて、前置きはこれぐらいにして、本題に入りますが──


 メールはそこで終わっていた。

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