第14話 何進将軍の復讐

「この男に神経はあるのだろうか?」


 袁術は目の前に現れた男を見て、そう思った。

 蜂蜜、仲王朝、偽皇帝(笑)として有名な袁術だが、この時代では中華最大の軍事力を指揮する何進将軍に運良く仕えていた。

 そのおかげで自分の身の安泰は確保できた。

 今度こそは道を間違えないよう。袁家の庶流として大過なくどこかの領地を治めて仙人のようなスローライフを送ろうと決めていた矢先の出来事だった。


 袁術というと我儘いっぱいの贅沢三昧という悪役と思われる読者諸兄も多いだろう。

 袁紹の従兄とも異母兄とも言われる彼だが、若い頃は侠人として知られ、仲間達と放蕩な生活を行っていた。しかし後に改心し、同族の袁紹が自身より声望が高いことを妬み、袁紹の出自の低さをたびたび持ち出して中傷、さらに袁紹と交際する何顒らを憎悪したという。


 ……正史を読みなおしてみても、ろくでもない奴だった。


 ただ、時代が時代なら一領主として穏やかに地方でその生涯を終えられただろう。

 それが急に袁家の主流派とさせられ、やりたくもない群雄として戦争などと言う面倒ごとに手を染めなければならなくなったために悲劇的な末路をたどったとも言えるだろう。

 その元凶の名は袁紹本初。そんな彼が目の前に現れたのだ。


 袁紹。


 四世三公の名門、袁家の端につらなるできそこない。

 叔父で袁家の当主だった袁隗が董卓のしたにいるにもかかわらず、董卓に反旗を翻して処刑に追い込み、一番肥沃な土地、冀州を得るためにかつての仲間に別の仲間を遣わして不安を吹き込み逃亡させ州ごと奪い取った希代の詐欺師。

 仮にらくようにいたら真っ先に処刑されるであろう男である。


 多くの人間を裏切り、だまし、結果的に破滅させたこの男は、この頃は親の喪に服していたはずだった。


「やあ、何大将軍。ご健勝でなによりです」

 それが何をトチ狂ったか中華の中心、至高の存在に次ぐ男の前にしゃあしゃあと現れたのだ。

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 さて、ここで何進(?~189年)の経歴にも軽く触れよう。


 何氏の家系は屠殺業であったという。

 横山光輝三国志だと牛の骨が散乱する家から、改訂版でマイルドな肉屋に画像が差し替えられていたりする。

 同郡出身の宦官郭勝の後押で、異母妹が霊帝の妻となったため、何進は郎中となり、虎賁中郎将を経て潁川太守に転じる。

 179年に宋皇后が廃され異母妹が皇后に立てられると中央に戻り、なんやかんやで中国最高の司令官『大将軍』となった。

 彼は宦官との権力争いに敗れた士大夫とよばれる人材とも仲が良く、そんな人間と交わりをもつ袁紹も招聘した男である。

 

 袁術自身、大将軍の覚えは悪くないので公人として軍の指揮に従っていた。


 だが袁術は自分が前世で統治し寿と思っていた。功罪のうち、罪の方が勝ったからだ。

 蘇りは生前の罪科に応じてふさわしい罰が下るものだと思っていた。

 だが、それ以上に袁紹の居場所は中華でもごく一部に限られるのではないだろうかと思っていた。

 それが中華の中心ともいえる大将軍の軍営に現れたのだ。

 どの面下げてやってきた?と思ったが

「おお、本初か!久しいな」

 と何将軍は親しみを込めて袁紹を呼んだ。


「将軍の勇姿を再び見ることができました喜び、何者にも代え難く、感涙に前が見えません」というと白々しく涙を流す真似をする。

 それに感動したのか何進は彼を上座に招き入れた。


 曹操は短身で知られるが袁紹も小娘のように小さい事で歴史所に要望を記録されている。

 しかしこの男には一つの特殊な技能があった。

 それは「容貌端正」「姿貌威容あり」と表されるオーラ。

 「体長婦人と記録されたこの小さな体が7尺の大男よりも大人物に見えるような錯覚を起こすほど、袁紹は大将としての風格を持っていた。

 まるでヒットラーの様に抑揚を聞かせた演説で、何進が十常待どもの計略にかかり亡くなった後、袁紹は宮廷でいかに宦官どもを残らず誅殺し仇を取ったか、中華の賊をとりのぞいた後に董卓という第二の賊より若き皇帝を取り戻すために戦った事を報告した頃には何将軍は袁紹を自分の部下にする事を決めていた。

 実際は、袁紹が董卓に与えられた将軍位を蹴って反董卓連合を糾合したせいで中国は戦乱に巻き込まれ、董卓は袁家を三族皆殺しにしたのであるが…

 その上、演義と違って史実での何進の甥にあたる少帝は袁紹たちが反乱を起こすまで生存しており、洛陽を離れる前に『政治利用されては面倒』と何進将軍の妹である皇后と子供の少帝が殺害されたのだが、そんな事はおくびにも出さない。

 都合の良い事実は過剰に宣伝し、都合の悪い事は聞かれるまで黙る。

 詐欺師袁紹の本領発揮である。

 袁術としては彼の罪科をここで数え上げてもよかったのだが、そうなると袁紹とともに反乱に参加した袁術も同罪となるため黙るしかない。

 このあと、董卓は自滅するも皇帝を私物化した曹操によって王朝は衰退し、自分は北の地で忠臣を集めながらそれに対抗したが、力及ばず志半ばで病死した。と告げる。

 何進の周りにはそこまで生存できた人間がいなかったのだろう。興味深げに袁紹の話を聞き終えると

「ふむ、ならばこの中華の賊は5人いることになるな」と何進は言った。

 袁紹はわざと首を傾げて「はて?黄巾族の張角と宦官と董卓と曹操」と指折り数え「後一人は誰でしょう?」と白々しく尋ねる。

「決まっているだろう」

 この時代では珍しく肥満した体躯の将軍は瞳に復讐の炎を燃やして言った。

 

「我が妹、何皇后だ」


 血を分けた肉親にして、賊に生前の自分を売り渡し、計略にはめた張本人。

 至高の存在の伴侶の名を、憎々しげに将軍は吐き捨てた。


 こうして洛陽に巣くう賊と中国最大の兵団は敵対することになった。

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