第11話 仁徳の人 劉備(棒
「さて、では青州に行くとするか」
夕暮れ時、闇にまぎれて通行しやすくなる時刻になって劉備は言った。
「では、ワシは一足先に船を調達してこよう」
関羽はそういうと川の方へ歩いていく。
「おいらは路銀を家からとってくらあ」
そういうと張飛たちは立ち上がった。
「では我が輩はなじみたちに挨拶してくるか」
そういうと劉備と曹操は町を歩く。
「あら、玄徳さん懐かしいわね」
「おう、坊ちゃん!あんた県令になったんだってな!」
「おーう、ばあちゃん、じいちゃん。久しぶりだな」
通りにいた老人たちと気さくに挨拶をする。先ほどからこの調子で50人ばかり声をかけられた。
「古なじみが多いのだな」
曹操は感心したようにいう。
「まあ、我が輩は仁徳の人、仏の劉備だからな。どこかの姦雄と違って民に慕われているんだよ」
「お前、この土地を治めた事一度もないだろ」
そう軽口をたたきながら歩いていると、劉備はうれしそうに手を上げた
「おお、おまえ等!元気だったか!」
見ると若い男たちが30人ほど集まっている。
「知り合いか?」
「ああ!ここで義勇軍を募った時に仲間になってくれた奴らだ!懐かしいなあ!」
そういいながら親しげに肩を叩く。
男たちも笑いながら「ああ、大将。あんたも元気そうでなによりだ」と言った
男たちは全員20代位。がっしりとした体格だが年齢に似合わない鋭い眼をしている。
こいつら、かなりの修羅場をくぐっているな。と曹操は直感した。
許猪にはとおく及ばないが、相当の戦歴を持っているのだろう。
そんな人間がこんな辺境に居たとは…張飛や関羽もそうだが、幽州というのは人材の特異点なのかもしれぬな。と考えていると、「いやーお前ら本当に変わらねえな!」「あったり前じゃん!昔に戻っているんだからよ!」と大笑いしていた劉備達に一人の男のが、笑顔で問いかけた。
「ところで玄徳。お前、俺たちがどうなったか覚えているか?」
「うぇ?」
突然の質問に劉備は固まる。
「おぼえてねえかな?俺たち結構長いことお前の下にいたんだぜ」
明らかに恨みを含んだ声だった。
「ええと…確かお前とは徐州まで一緒にいて…」
「そうそう!あの時は大変だったなぁ。俺は関羽の下についてたんだけどよぉ。帰ってきたら大将がいねえんだからよお!」
そういわれても劉備は顔色一つ変えない。
だが、隣にいた曹操は冷や汗を流していた。
あれは虚勢だ。
そう分かったからだ。
上に立つ者はピンチの時でもうろたえない。
兵士が飢えていても、食料のアテがあるように悠然と振る舞い「あそこに梅林があるぞ」の嘘くらい平然と言えなければ勤まらないのだ。それでも足りないときは食糧管理者に全部の罪を押しつける位の残虐行為ができないとあの世界は生きていけない。
だが、
「俺は徐州で見捨てられた」
「俺は袁紹の下にいたときだったな」
「俺なんか遠い荊州に着いてからだぞ。23年も仕えていたってのに、曹操がきたらあっさり見捨てられたんだぞ」
天候が猛烈に悪くなってきた。
遠くでは野犬が鳴き、空にはカラスが集まっている。
不吉な前兆のバーゲンセールである。
風が顔を叩きつける中、曹操は言った。
「劉兄………あんたロクな事してないな…………」
「やかましいぞ、元凶」
劉備は部下を見捨てる羽目になった原因の8割につっこんだ。
・・・・・・・・・・・・・・
「なにが仁徳の人だ!なにが仏の劉備だ!この大耳野郎!」
「うるさい!反乱を起こすたびにすっ飛んでくるお前が悪いんだ!」
30人の旧家臣に追いかけられ、劉備と曹操は逃げ出した。
「あれ?おい、兄貴どうしたんだよ」
張飛は家の前を走る劉備たちに声をかけ、後ろを走ってくる面子をみて「ああ」とすべてを悟った。
「どっせい!」
気合い一発。近くの木材を振り回し15人ばかりを吹っ飛ばした。
「おーい!玄徳、お前に会いたいってやつらが居たから集めたんだが、あれ?おめぇら何でここに居るんだ?」
地面に伸びてる男たちをみて簡雍が言う。
「お前が原因かよ!」
「いたぞー!劉備の野郎はこっちだー!」
と、同じように戦場で死亡したらしい住民が弓を手に持って駆け寄ってきた。
簡雍が集めてきた劉備被害者の会 会員たちである。
「やべえ!逃げるぞ!」
「なにが人徳の劉備だ!なにが人民から慕われているだ!(大事な事なので二回言いました)」
「あっれー、おっかしいなぁー」
他人事のように劉備は走りながら答える。
「あいつら、早い時期に戦場で死んだ奴らだな。弓の狙いが甘い」
冷静に簡雍は分析する。
「まあ長兄といっしょに幽州を出た連中は、だいたいひどい目にあってるもんなぁ」
旗揚げ時から一緒にいた張飛が感慨深くつぶやいた
「お黙りやがれ!だいたいその逃げる原因の8割はこいつじゃねーか!」
「お前がワシに逆らうからいかんのだ!関羽のおまけでワシに従っとけば良かったのだ!」
「何その選民思想!」
「思い出したらムカついてきたな。兄貴!やっぱりこいつ殺そうぜ!」
あわてて逃げ出す4人。
その中で一人、曹操だけが遅れをとった。
「おい!遅いぞチビ!」
「もっと早く走れ!チビ!」
巨体の劉備と張飛に比べてチb…もとい、身長の低い曹操は歩幅が違った。
演義では身長7尺(約161cm)の小男というイメージがある。
だがこれは大きな誤りである。
2009年に発見された曹操の墓のニュースを告げた央広新聞によると、墓の中の60代男性の骨は『約155cm』の身長。つまり演義の身長より5cm低かったのである。
どうりで正史では身長に触れなかったわけだ。
一平卒と勘違いされて見逃されるのも分かる気がする。
逃げるのも一苦労だっただろう。
「やかましい!我が輩はお前たちと違って逃げるのに慣れておらんのだ!」
「なに気取ってやがる!徐盛、張繍、赤壁、馬超!お前が逃げた戦さなんざぁいくらでも出るぞ!10回に3回は負けてるじゃねえか!」
「だったらお前だってワシ!呂布!袁術!ワシ!ワシ!ワシ!ワシ!と何度も負けておるだろ!」
「負けてませんー。転戦しただけですー。最後には勝ったんだから実質我が輩の勝ちなんですー」
「やめよう長兄…言っててむなしくなってくらぁ…」
張飛が呆れたように言う。
「とはいえ、天下の宰相様ともなれば、昔みたいに兵士の振りして逃げるなんて真似もできねえな」
辺りが暗くなったのも災いして敵との距離も近くなった。敵と言っても元(自分達が見捨てた)味方だが。
こりゃやばいかもなあ。曹操ぶつけて距離を稼ぐか。と身長約180cm思っていると
「おーい、長兄」
と声がかかる。
見れば赤々と照らされた船に真っ赤な顔、関羽がいる。
「みんな!飛び乗るぞ!」
そう言うと4人は次々に船へ飛び移る。
「っち!逃がしたか!」
「川なら曲がり角で捕まえられるぞ!追えー!」
「あの野郎!一発殴っとかないと気が済まねえ!」
元君主と部下の追いかけごっこは深夜まで続いたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は銀河英雄伝説のファンで、影の主人公が英雄と持ちあげられる中、戦死した遺族から『自分の息子は死んだ。世間はあなたを英雄と言うがしょせんは人殺しだ』と手紙で言われるシーンを憶えています。
どんな英雄でも戦に出て戦死した兵士からは恨まれるという現実を描くはずでしたが、どうしてこうなった…
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