第10話 青州兵とはなにか?

 後漢では孔子が説いた「父や祖先を大事にしよう。君臣の礼を守って家を繁栄させるのが人間の正しい姿である」という儒教が一般的だった。

「要は政府のお偉いさんは儒学を信じてたんだな」

「ところが儒教は、女性蔑視であり宦官を『子孫を残せない劣った存在』として差別していたのだ」

 宦官の養子を父に持つ曹操が言う。彼が儒教によらない政治を行ったのはここらが関係していたのかもしれない。

「へぇ、おいら難しい事はわかんねぇけど宦官って悪者だったんじゃねぇのか?」

「いや、それがそうでもないのだ」

 道教は民間信仰で、金持ちが貧乏人のために徳をつんだり、無償で治療(祈祷)をしたり互助の精神を持つ宗教でもある。このおかげで中国に根強い人気を誇ったともいえる。

「へえぇ。貧乏人に優しいのかい。じゃあ、良い宗教なんかなぁ」

「で、その貧乏人を救うために、黄巾族の大将として張角が蜂起したってわけだ」

「だったら悪い宗教じゃねえか!」

 困窮する民衆を救うために起こした反乱に便乗した野盗たちや、食糧不足で官庁を襲いだした民衆がいるのが賊の賊たるゆえんだろう。

 正史では張角が病死した後も、大勢力を誇った地方では10年以上存続し、ろくな訓練は受けなかったが、長い戦闘経験で精鋭と化したグループもいた。

 ただ、彼らは略奪は上手くなったが、政治はからっきしである。

 なので一年に渡る戦いの末に、彼らを吸収しようとした人間がいる。曹操である。

 彼は屯田や優れた軍略によって彼らの生活を安定させた。

「そしてワシは道教を黙認する代わりに強力な青州兵を手に入れたってわけだ」

 他では排斥された宗教を唯一認めた為政者である。それはもう死力を尽くして戦い、絶大な功績を上げたのも不思議ではない。

「ああ、そういえば、こいつ(曹操)が死んだ後、大量の兵士が太鼓ならしながら門の外に出て行ったって行商人が言ってたっけ」

「え?あいつらウチの息子は面倒みてくれなかったの?(ショック)」

 曹丕の伝によると、曹操が死んだあと『契約終了』とばかりに新しい君主には従わず、どこかに消えていったという。

 曹操と青州兵の特殊な関係を表すようなエピソードである。


「だからこそ、ワシが行けば強い味方になる事は間違いないのじゃ」

 曹操は胸を張って言う。この繋がりは南方に拠点を持った劉備にはない強みである。そこまで思い到り、劉備はある事に気がついた


「ん?まてよ。だったら今の青州兵にとって、お前(曹操)って必要か?」

 

 屯田の技術は十分に伝わっているだろう。おまけに青州兵は特定地域の団体である。生まれ変わった今でもすぐに勢力を作れる。

 翻ってみるに、今の曹操はただの騎都尉である。土地は無いし、部下も(丸投げしてきて)いない。おまけに青州兵が主とあがめた張角は(120日後に死ぬとはいえ)健在である。

「なあ、青州兵にとって、お前って必要あるか?」

 再度の質問に曹操は明後日の方向を向く。

「…………まあ、可能背は無くも無いと言うか、ごく微小ながら存在すればいいなぁと思わなくもない次第である……」

 だくだくと汗を流しながら、曹操は言う。

「あんまり自信ねーんだな」

「いざという時の用心棒探しにここまで来たんじゃないかこいつ」


 真の教祖(張角)と、代用品(曹操)。勝つのはどっちか?


 この危険な賭けを曹操は読みきる自信が無かったのである


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