第8話 劉備と曹操の展望

桃園の誓いも終わった宴会場で劉備と曹操は地図を見ながらこれからの展望を語り合っていた。


「お主は翼州だな袁紹を見捨ててるし」

「お前も今の徐州には入れまい住民虐殺してるし」

「そうなると袁紹と袁術のいる所もだめだな」

「あと江州も同じ、お前は赤壁を攻めたし、ワシは夷陵を攻めた。あとワシは荊州は大丈夫だが、お前はだめだろうな住民虐殺したし」

「虐殺虐殺言うの止めてくれる?」

劉備と曹操は顔を突き合わせて地図に墨を塗っていく。

「兄貴ぃ。あの二人はなにを話し合っているんだ?」

「生前に殺されるほど恨みをかった場所と人物を言い合ってるんだと」

「ああ、たしかに俺たち、今の状態だと益州なんか足踏み入れただけでぶっ殺されそうだもんなぁ」


話は少し前にさかのぼる。


「しかし、これからどうする長兄」

酒も飲み干してしまい、二次会へと移行した中、張飛が訪ねる。

「うーん。前はこの後に義勇兵を集めて黄巾賊を倒したのだが、皆に記憶が残っているとなると難しい問題だな」


先程近くを通るおばちゃんに劉備は自分の事を覚えているか?と聞いたら「ああ、劉さんの家の玄徳ちゃんかい?確か特郵(政府の調査官)をす巻きにして黄河に叩き込んだかと思ったら徐州のお偉いさんになったって話じゃないかい、偉くなったねぇ」と言われた。

他の人間も同様だ。

「つまり、我が輩が殺した敵兵も、自分の為に戦死した部下も、その記憶を持って甦ったと考えられるわけだ」

たとえ三国時代の英雄たちがどれだけ素晴らしい理想を持って戦っていたとしても、敵にとっては憎い仇である。

「だったらおいらたちは荊州に行けばいいんじゃねぇか?」

「いや、今の荊州は我々を知る前に戦乱で死亡した人間が多いだろう」

荊州は190年頃に董卓に任命された劉表が地元の豪族を宴席に招いて首を刎ねて手に入れた、だまし討ちで強奪した土地である。

おそらく今頃、犠牲者たちが団結して余所者が入らないように準備しているだろう。

「なるほどな~。あれ?だったら劉表の下で何で蔡瑁は生きてたんだ?」

後継者問題を起こした劉表の後妻、蔡氏の兄にして荊州の名士の名を出す。

「全員皆殺しにしては土地の管理が大変だから生かされたのか、豪族をだまし討ちにする手引きをしただろうな。どちらにせよ仲間を売ったと疑われて今頃酷い目に合っているだろう」

蔡氏は劉表に自分の妹を嫁入りさせている。逆に言えば劉表にとっても荊州の統治には蔡氏の協力は欠かせなかったのである。

余談だが荊州を曹操に譲り渡した劉表の次男、劉琮は演義だと人知れず処刑された事になっているが正史だと貴族として安楽に暮らした事になっている。

どちらを採用するかで曹操と劉表の関係に微妙な変化が生まれるので色々と想像が膨らむ話である。


「食料の配給をごまかした罪をかぶせて処刑したワシの部下とか、ワシの毒殺に失敗した吉平なんかも甦っているだろう。生前人を裏切ったり恨まれたりしている人間ほど物騒な世の中になっていると言えるだろうな」

「限りなく危険な死亡フラグを構築しまくっているのになんでここまでふてぶてしいんだろうな?この乱世の姦雄は」

「そんな事を気にしては生きていけない位王宮と言うのは酷い所だったからな」

「なんにせよ、我々にはそれほど関係の無い話ですな」

関羽が言う。なにしろここは劉備の故郷だが190年以降殆ど訪れ無かった場所である。

ならば黄巾の乱以降、殆ど立ち寄ってない幽州で恨みを買う恐れなどないではないか?

不思議に思った張飛が尋ねると

「益徳、俺たちここには留まれねぇぞ。家族も避難させとけ」

と劉備は言った。


「どうしてだ、兄貴」

「そりゃ、ここの太守(軍事権付き市長)が劉焉だからであろう」

と関羽の横で酒を飲んでいた曹操が言う。

「え?だからなんだってんだ?」

「劉焉の息子は、お前たちが国を奪った益州僕の劉璋である。あの小倅はこの時期少年だったはずだ。奴にも生前の記憶があるなら父親に玄徳から国を盗られた事を話しているだろうな」


三国志ファンである読者諸兄は、三国志演義とは300の軍勢と共に校尉(守備隊長)の雛靖に面会し、上司である劉焉に紹介された事で出陣する物語である事はご存じだろう。

(1P25)

つまり、ここで官軍の旗印をもらったからこそ、劉備たちは黄巾とは違う集団と認められたのだ。

「ふえーよく覚えているなぁ」

感心する張飛に、ふん。と鼻をならして曹操は杯を飲み干す。

「国を掌握するものとして、各郡の代表者くらいは覚えておく必要があるからな。誰が味方で誰が敵かくらい知っとかないといつ寝首をかかれるか…あー思い出したら頭が痛い。関羽兄貴、もう一杯」

「あの…年上から兄と呼ばれても、違和感しかないので止めて頂きたいのだが…」

ついでに言えば演義では、皇帝と親戚である事がはっきりしている劉焉と出会わせることで劉備が皇帝関係者である事を確定させ、後の益州攻めから皇帝就任に説得力を与えているのである。

「あの時あのおっさん、長兄の事を「君はわが輩の甥だ」って言ってたから、ばっちり覚えてるだろうなぁ」(1P25)

「今は黄巾賊の程遠志という目の前の危機がいるからそっちのけだが、問題が片づけば逮捕しに来るかもしれぬ。なお演義での劉焉は幽州太守(軍事権をもつ市長)とあるが、実際は洛陽令(東京の区長レベル)から冀州刺史(県の監察官)、南陽太守とあり(正史5P11)実際は幽州とは縁もゆかりもない。ないのだが、肉親つながりで優遇させようという設定が裏目に出たな。実に皮肉なものだな玄徳」

「正史ってなんだよ」※ちくま学芸文庫版の実際にあった方の三国志です。


「となると、こんな所に長居は無用だな。孟徳、君はどう行けば良いと思う?」

「長兄!なんでこんな奴に聞くんだ!」

不満そうに言う張飛。

それに対して劉備はまじめな顔で言った。

「益徳。今はこんなだが、俺はこいつほど中国中をかけ巡った奴を知らない。こいつほど軍略や戦術に長けた人間はこの世界にいねえんだ。孔明がいない今、こいつの知恵は一番頼りになる。長年戦ってきた俺が言うんだ。まちがいねぇ」

「な、なるほど」

まじめな顔にひるむ張飛。

「ふふ…人物は人物を知る。と言う奴だな。益徳兄も覚えておくがいい」

「え?お前、おいらの弟になるつもりでいるの?」

張飛は全員に悪寒が走るのを感じた。

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