第4話 ○○はスローライフを楽しみたい

「ちょっと待ったー!!!」

そこには身長7尺、細目長髭の男がいた。背は低く外見だけでは風采の上がらない男だが、目がその男の非凡さを訴えていた。

昼夜問わず馬で走ってきたのだろうか?服はぼろぼろで髪は乱れている。


「さて、それでは杯もそろったことだし」

「今生での兄弟契りをはじめようか」

「そうだな」


だが3人は無視して話を続けた。


「まてーい!!!」


一人取り残された小男がギャーギャー叫ぶ。

張飛は信じられないものを見る目で見ている。関羽は呆れた目で見ている。


こめかみに手を当てながら劉備は問いかける。

「えーと、一つ聞きたいのだが………何でここにいる。曹操」


肺国礁郡の人、曹操孟徳。

一応三国志最強の軍略家であり、国家運営から酒の製法、囲碁、詩文にいたるまで全てに才能があったスーパーチート、超世の傑と賞された人物である。


ちなみに、この頃は官軍として幽州から相当離れた南の方にいたはずだが…


「義兄弟の契りを結ぶ前なら、ワシにも関羽殿、登用のチャンスがあると思ったからにきまっとろおがぁぁぁ!!!!」

という理由でここまで来たらしい。


「おおぅ…それは、ちょっと引く」

「あっ!関将軍、お変わりないのぅ!」(4P82)

「また祟り殺されたいのか…この人材マニアは」

219年に関羽が死んだ後、呉から魏へと贈られた関羽の生首に曹操は余計な一言をかけると、生首が動き出し気を失った。

それをきっかけに様々な不幸が起こり祟り殺されている。(4P82)

しかしそんな事はけろりと忘れた我らが曹操。性懲りもなく関羽を獲得しに千里を走って来たという寸法だ。


「え?軍は」

「淳に任せまるなげてきた」

「不穏なルビがついてたぞ!」

「盲夏候殿、おかわいそうに…」



・・・


あれから半時ほど経過した。その間、曹操は愚痴を語り続けていた。

「ワシはね。宮中の暗殺や毒殺、遠隔地の反乱に100万を超える家臣と民のために漢の丞相としてがんばったんよ?なのに何でまたあの地獄の人生を繰り返さなきゃならんの?2度目の人生くらい愛妾や関羽殿とスローライフ過ごしたっていいじゃないかー!!!違いますか関羽殿!」

酒を飲む前からできあがっている将来の漢帝国の丞相は、たまりにたまったうっぷんを垂れ流している。


「いろいろと大変だったのですなぁ孟徳どの」

うんざりした顔ながら律儀に相槌をうつ関羽。

「うん、本っっっっっ当に、大変だったのよワシ。頭痛は酷いし何度も暗殺されかかるし…本当に大変だったなぁ…分かってくれるか。関羽殿」

急に泣き出す元漢帝国丞相。そこから自分がいかに抑うつされた環境に居たかを語り出す。


「というわけで、今回の人生ではワシはもう我慢しません!欲望のままに生きます!」


「「「前の人生でも欲望のままに生きてたじゃん!」」」

思わず劉備達は指摘する。

「イヤー!もうヤーなのっ!!自分の身を守るために無実の人を殺したり、人妻奪ったら襲われて息子を失ったり、自分の暗殺計画を立ててる医者や外戚を一族全員処刑したり、人妻囲うために旦那を戦場の最前線に追いやったり、食事や治療のたびに毒殺を疑うような生活はもうヤーなのー!!!」

「本当にロクな事してないな、この乱世の姦雄…」

「腐敗した王朝の中枢にいるってスゴいストレスだったんだなぁ…」

幼児退行しかかった曹操を全員が哀れみの目でみる。

そんな一同に目もくれず、元劉備のライバルであるこの男はこんな発言までした。


「だからワシも桃園の誓いに参加して関羽の弟になります!」


「「「年齢的におかしいだろ!」」」


曹操155年生まれ。3兄弟で一番年上と言われる劉備よりも6歳年上である。

「こんな腹黒い弟いらねぇ!」

「だいたいアンタこの中じゃ一番の年上だろ!」

「え?じゃあワシが長兄?関羽殿や張飛にまでお兄さまと呼ばれるの?」

「誰が呼ぶか!このちんちくりん!」

曹操は演義でも正史でもあまり背が高くなく、風貌もパッとしなかった。

敵に敗れた時に逃げようとしたら敵の将軍から捕えられ『曹操はどこにいった?』と聞かれ「あの赤毛の馬に乗ったやつがそうです」と言ったら信じられたくらい将軍らしからぬ風貌だったという逸話もある。


「ヤダー、ワシもお前たちの仲間になって、何の責任も無い状態で傭兵みたいに外から口を出して、人様の国をひっかき回すだけひっかき回して他人に後始末させたり、親戚を救うような風を装って恩人の土地をだまし取って、辺境の誰も攻めてこないような土地で皇帝を自称するような自由気ままな冒険物語のような生活してみたいー!!!悪人倒せば全部終わりって単純な世界で生きたいのー!!」

考えてみれば劉備たちも疫病神のようなろくでもない人生である。

被害者を挙げれば袁紹・劉表・劉璋と結構いる。


「いや…あれはあれで結構大変だったんであるよ?」

「というか曹操殿が来なければ、平和だった気がするのですが」

「それに倒すべき悪人ってお前ぇなんだが…」

かつて魔王とも思えたライバル。

それが、実はストレスだらけの生活に耐えながら生きていた事を聞いて3人は毒気を抜かれてしまった。


「まあ、色々大変だったんだな…おめえも」

「ほら孟徳どの酒でイヤなことは忘れなされ」

「上九慍法で作った酒じゃないとヤダ」

「ぜいたくだなオイ!」

 当時のお酒は単純発酵なのでアルコール度数は低かった。そこで一度搾り取った酒に穀物と麹の再投入を9度繰り返し、度数を上げる方法を曹操は提出したという。(うまなみ三国志P139より)

要は材料をふんだんに使ったすごく高い高アルコール度数の酒で、日本で言うなら米のうまい部分だけをそぎ落とすという贅沢な製法で作った純米大吟醸みたいな酒と思って頂きたい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


桃の花が咲き誇るなか。宴の準備は整った。

「なんか、ものすごい邪魔なのが退いてくれないけど、とりあえず二回目の誓いをするか」

「うむ」

「ああ」

「よし!」

そういうと一同は杯を高々と掲げて宣言した。


「「「「我ら姓も生まれた日も違えども、同年同月同日に死なん事を願う!」ただし曹操、テメーは別だ!!」」」

「何でそんな事いうのぉぉぉぉ!!!!」


再び義兄弟のちぎりを交わした3人とおまけ(元漢帝国の丞相)は桃の花の下で酒宴を始めた。


次回;ストレスフルの夏候惇に続く


@おまけ

感動シーンに余計な異物が混入していますが、曹操なら三国志演義を読めば、こうした展開にも憧れたのではないかと思います。

5歳年上の弟とかいても良いじゃないですか。日本には5歳年上の男に向かってお父さんと信長に言った15代室町将軍だっているんですよ!

(プライバシー保護の為、本人の名前は伏せています)


本作の曹操は一時流行した横光三国志の曹操コラと末広先生の「しばちゅうさん」という漫画の曹操を足して適当に割った感じです。悪魔合体とも申します。


ちなみに正史でも曹操は頭痛が酷く、鬱というか多大なストレスに悩まされていたのではないか?とストレスで頭痛に悩まされている自分は勝手に妄想したりしてます。

漢の宮廷に居る人たち、モラハラなんて生易しいものではない嫌がらせを受けてますからね。

また毒殺を恐れた曹操は少量の毒を飲み、耐性をつけていたとも言われています。

その毒のせいで血行不順となって頭痛が起こったんじゃないか?とも思いますが、まあ曹操も大変だったんだなぁと思います。


あと三国志の尺貫法は日本の1尺=33cmとは異なり26cmだったそうで

曹操の7尺は161cm程度。張飛の8尺は184cm劉備の7尺5寸は174cm程度です。

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