第3話 関羽 引き籠る
「おーい、生きてるかー」
劉備の呼びかけに鄧茂が目を覚ます。
「お、気が付いたか」
「え?我は生きてんのか?」
鄧茂は自分の命が助かっていた事に気がついた。
慌てて周囲を見回すと他の部下も死んでいない。
そんな鄧茂に劉備はかがんで気さくに語り掛ける。
「あなたが誰かはまだ思い出せないが、まあ、今の私たちは若かったからな。賊を倒そう。手柄をあげようと必死だったんだよ」
懐かしむように劉備がいう。
「まあ、一万人も殺すとなぁ、殺さなくてすむなら生かしといても良いんじゃないかと思う訳よ。今回は手柄にもならないしな!」
前回のように戦場で相対しなくて良かったと、黄巾賊の次の標的として偵察に来ていた鄧茂は心の底から思った。
一万人も殺したとか大ボラも良いところだが、なんとなく真実の様に聞こえたし、手柄になるなら自分は間違いなく殺されていただろう。確実に。
気まぐれで斥候に来た時にこいつらと遭遇出来て本当に良かったと鄧茂は神に感謝した。
「ま、おまえさんたちも役人の迫害とか食い物とか大変だろうけど、なるべく悪さはしないようにしなよ」
そういうと劉備は関羽の家に行こうとして、ふと気がついた。
「あ、そういやお前さんたちの大将、張角は冀州に居るんだったな」
そういうと僅かな金を渡して言った。
「もしも冀州で趙雲っていう美丈夫に会えたら、劉備が探していたって伝えてくれねぇか。運が良ければお前たちの命が助かるかもしれねえ」
趙雲子龍。長坂波の戦いで曹操軍100万(※誇張が含まれている可能性があります)の中から単騎で劉備の息子を助け出した超人である。
彼は冀州常山の生まれで、最初は義勇兵を立ち上げたと正史にはある。
さらに言えば黄巾の張角は冀州の生まれなので運が良ければ会えるかもしれない。そんな思いつきだった。
「へ、へえ。分かりました。劉備の兄貴」
自然と兄貴と呼んだ鄧茂は慌てて本隊に戻ると撤退を提案。このおかげで涿県は被害もなく、賊5万もとりあえずは壊滅を免れたのである。
「いやー。それにしても、あいつ等いつ会ったのか思い出せねぇな」
「うーん朱儁将軍か董卓にあった時あたりかな?」
一番最初だよ。
「さぁて、では関羽の所に行くか」
「おう兄貴」
大した事ではなかったが、これが後々大きな奔流となることを3人は知るよしもなかった。
3;関羽 引き籠る
「昔からの友人より義兄弟かよ。玄徳」
関羽のいる寺子屋にたどり着くと、一人のあまり育ちの良さそうでない男が酒を片手に座り込んでいた。
導師服に頭巾。右手には酒瓶を抱えた胡散臭い風体の男だ。
「ん?なんだお前は?」
単なる酔っぱらいと思って張飛がどかそうとすると
「お前?」
と張飛の言葉を聞き咎めると、男は大声でわめいた。
「おう益徳!てめえいつから俺にそんな偉そうな口をきけるようになりやがった!もう一遍言ってみやがれ!おう!」
「な、なんだ?こいつ」
急な大喝に張飛が一瞬ひるむと、男はすでに出来上がっているのか、おかしそうに笑い出した。
先ほど強奪した刀の錆にしてやろうか。と張飛が目を凝らすと、あ!と驚いた。
「お前って奴は本当に友達がいのない野郎だな。玄徳!」
そう言うと男はにかっと笑った。
男の名は 簡雍(かんよう)字は憲和である。
賢明な読者諸兄はこのマイナーな人物をご存じだろう。
ゲームだと数少ない劉備軍の文官としておなじみのキャラである。
三国志演義だと呂布討伐の際にひょっこりと登場して、214年の益州制圧で劉璋へ降伏勧告の使者となった位しか活躍の場がないこの男の事を。
「おう、益徳。元気してたか」
「おう。大兄もお元気そうで何よりだ!」
実はこの簡雍、正史では「若い頃から先主と旧知の仲で、つき従って転々とした」(正史5P232)とある数少ない劉備の友達である。
正史を紐解いても劉備の旧知で記録されているのは彼くらいである。よほど馬があったのか、生きて益州までついてこれたのが彼だけだったのかはわからないが「常に先主の話し相手となり、往来して使者の任を果たした」とあるので弁も立ち学もある友人だったのだろう。
士大夫大好きな張飛も一目置いていたにちがいない。
「ところで簡雍。何でお前が雲長の家にいるんだ?」
劉備が不思議そうに尋ねると
「どうせお前なら張飛と関羽から訪ねていくと思ったからな、先回りして驚かそうと思ったんだが…」
そういうと簡雍は家の方をちらりとみた。
「あの野郎『兄上に会わせる顔がない』とか『お詫びのしようがないのだ』とか女々しい事言ってやがるんでよぉ『お前は女か!男なら失敗は成功で取り返すもんじゃねぇのかい!』と一喝した訳よ」
「ほうほう。人権団体がうるさそうなセリフだな。それで?」
「そしたら急に白い服を取り出したのよ」
「麋竺殿みたいに罪人の格好でもするのかな?」※
「いや『兄貴が来たら死んでお詫びする』とかいいだしやがった」
「やめてくれよ!」
劉備が叫ぶ。
「関さんが死んだって聞いてから俺ぁ7日間立ち直れなかったんだぞ!目の前で死なれたら一生立ち直れねえよ!」
「だからよぉ『玄徳はそんな事されたら卒倒すんぞ』って言ってやったんだよ」
「うんうん」
「で、『だいたいあいつなんて、無責任の固まりみてぇなもんじゃねぇか。あいつのせいで何度俺たち逃げたり見捨てられそうになったと思っているんだい』」
「うん…うん?」
「『俺なんて徐州で見捨てられて、這う這うの体で袁紹の下にいる玄徳の所に行ったら、あいつ何て言ったと思う?『おお、憲和!無事だったか?』だってよ!冗談じゃねぇや!全然無事じゃないってのよ!だからお前も『玄徳、わりぃ!ちょっとしくじった!いやーメンゴメンゴ』くらい言ってやりゃいんだよ。あのロクデナシにはよぉ!』って言ったわけよ」
「おいおい、そりゃいくらなんでも言い過ぎじゃねぇかい。憲和よう」
「……地味に根に持ってたんだなあんときの事……」
張飛の独り言に簡雍は「だって、あんときは本当にダメだと思ったからな」と答えて
「とまあ、そんな事を言ったら外に放り出されたってわけよ」
「なんだよ、なさけねえなあ。まあ関さんがアホな事をしようとしたのを止めてくれたのはありがてえけどよ」
頭をボリボリかきながら劉備は関羽の家の門を叩く。
「おーい関羽!劉備と張飛が来たぞ!開けてくれ!せっかくの兄弟じゃねぇか!もっと堂々と会えよ!」
「兄貴ぃ!酒も用意してきたんだ。また、あの桃園で兄弟の誓いをたてようぜ!」
しかし声ひとつ返ってこなかった。
「あー、もう面倒くせぇな!おい、益徳!お前ぇ家の裏に回ってちょっくら火ぃつけて来い!」
「三顧の礼の時のパクリじゃねぇか!」
大軍師 諸葛亮孔明を迎えようとした3回目、家で寝ている孔明をみて激怒した張飛は家に火をつけてたたき起こそうとして止められている。
「義兄弟に会うのに三回も来る必要があるか!一回で十分だよ、こんなやつ!」
「憲和の兄貴、アンタ今の事態をひっかき回して楽しんでないか?」
頭をかかえながら益徳はなんとか関羽を外に連れ出す方法がないか考える。
すると劉備が門の前で呼びかけた。
「おーい雲長、いや関さん!」
草原の中の一軒家に朗々とよく通る声が響く。
「よくわかんねぇけどよ!どうやら、神さんが『もっと良い中華を作れ』ってお怒りみたいだなぁ!」
家からは返答はない。だが劉備は構わずに語り続ける。
「せっかくだから俺は今度こそは蘆植先生を助けたいし、徐州のみんなも助けたい。それに陶謙殿!劉表殿!袁紹!公孫瓉!張松先生!龐統!法正……」
自分が救えなかった人物、自分の為に死亡した人間をひとしきり語り終えると
「当然ながら今心細くて泣いてる皇帝陛下も助けたい!」
とひときわ大きな声で言った。
その言葉に建物から「がたり」と動く音が聞こえた。
「アンタも世話になった呉班とか助けたい人間はたくさんいるだろうが国や国家のために俺を手伝ってくれねぇか!関さん!」
「あのときは少ししくじった!でも今度はうまくやりてぇ!そのためには関さん!あんたがいなけりゃ始まらねぇんだ!」
「………………………………」
「…………………………………………………」
「………………………………………………………………」
しーん。と静寂が残る。
「そっか、じゃあ益徳、俺とお前じゃ大業は無理だ。ここで「元皇帝の肉屋」って店でもやってじじいになるまで暮らそうか」
そう言うと、くるり、と劉備がきびすをかえした。
「ふざけるな!!」
と大音声とともに扉が吹っ飛んだ!
そこには身長9尺髭の長さ2尺以上。元から熟柿のような顔は怒りで炎のように赤くなっている。堂々とした体躯全体から怒りをみなぎらせ関羽は大喝した。
「長兄!国を救おうと言う者がたかが私ごときの有無で大業をあきらめてどうするのか!長兄のために死んだ者たちのために戦うという心構えはたかが一人の部下がいなだけで消えるほどちっぽけなものなのか!」
怒りで湯気すら立ち昇らせて関羽は叫ぶ。
「はは、やっぱり太陽の下にいてこそ関さんは輝くなぁ」
眩しそうに見上げて劉備は言った。
「久しぶりだなぁ!兄貴!」
張飛も目に涙を浮かべて手を挙げる。
「あのなぁ…二人とも…一応私は怒っているのだし、私は罪人なのだぞ。もう少し、違った呼び出し方はあるのではないか?」
「そんなもん俺たち兄弟に必要か?我々はもう皇帝でも将軍でもない。ただの民に逆戻りだぞ」
「昔みたいに気楽にいこうぜ」
「……お前ら……」
はぁ。とため息をつく関羽に向かって劉備は寝っ転がった状態で言った。
「ところで、このクソ重い扉をどけてくれねぇか?」
先ほど吹き飛ばされたとびらに押しつぶされながら、劉備はまぶしそうに目を細めていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
冬の寒さの残る中、桃園の花は百花繚乱、こぼれ落ちるような美しさをらんらんと称えていた。
中華に覇業をなした偉大な3人の出発の地は、あの日と同じく、その美しさを讃えている。
簡易的なテーブルにはなみなみと注がれた美酒に料理が所狭しと並べられていた。
あの日よりも少しだけ豪華な宴席になっているのは舌が肥えたからだろうか。
「簡雍、お前もどうだ?」
「よせやい。俺はそこまで野暮じゃねぇ。これからの為に『玄徳の野郎がまた国を救いに立ち上がるぞ』ってふれ回ってくらぁよ」
桃園の誓いは三人だからいいんだよ。
そう言い残してかんようは去っていった。
「では前回果たせなかったが、もう一度誓いの言葉を述べようか」
「そうだな」
「今度は上手くやろうぜ!長兄!兄貴!」
そういうと3人は盃を高々とかかげ、高らかに宣誓…しようとしたが。
「ちょっと待ったー!!!」
三国一の見せ場に突然の乱入者が現れた!三国志の記念すべきイベントを邪魔するこの男は一体何者か?
次回;○○はスローライフを楽しみたい。に続く。
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