第8話

 ギターの練習を再開させ、何か良いアイデアはないかと考えるが、特に何も思い浮かばないまま軋む音は終わった。

 腹が減ったのでリョウが作り置いた晩飯を、何の違和感もなくレンジで温めて食べているとエマが帰ってきて、服を脱ぐより先にトイレに駆け込んでオエーと、決して食事中に聞いてはいけない音をたてた。

 「こんばんはー……お邪魔します。エマ大丈夫?」

 誰も家に招き入れてないうちから1人の男がズカズカと上がり込んできて、トイレの戸をノックしている。

 本来なら自己紹介位は受けたい程だし、なんなら一旦外に出てもらうとかいう対応が普通な筈なんだろうけど、俺はその男から目が離せずに固まってしまっている。

 黒髪に黒のシャツとパンツ、靴下までしっかりと黒でまとめられたコーディネート。目は大きくて……眉はキリッと上がっているにも関わらずタレ目。筋の通った鼻に形の良い唇。物凄いタイプなんですけど……え?物凄いタイプなんですけどー!

 「エマ姉ぇ……どうかしたんですか?」

 とりあえず話しかけてみる事にして近付くと、人懐っこそうな顔がこっち向いて、アハハと困った風に笑った。

 「うぉれから説明する……おぇぇ」

 中からはまだ吐いていると思しきエマの声がして、だから俺はエマが出て来るまでどうぞ、とお茶を出した。

 近くで見る男は、それはそれは綺麗で、時々目が合って、ん?と言いたげな表情で首を傾げる姿の愛らしさたるや。

 「名前、なんての?」

 「あぁ、ごめんごめん。俺はマサヤ。君はー……シュンタロウ君……だったっけ……いや?もうちょい長い名前だったな、うん。えっとーそうだ、シュンイチタロウ君だ」

 俺の名前を思い出せたマサヤは嬉しそうに手を叩いて笑い、長い名前だねーとか言いながら更に笑った。

 エマとマサヤとの間で、俺の名前が話題に出た事があるんだな?

 「シュンとかシュンイチ、イチタロウ、タロウって呼ばれてるから、好きなのでどーぞ」

 この数々のあだ名は、どれもこれもが公園で知り合ったチェス仲間やらに付けられたモノであり、決して同年代の学校の友達に、ではない。

 俺は高校2年になっても友達作りに失敗したのだ。だから学校では「シュンイチタロウ君(笑)」と呼ばれている。

 「だったらーんー……そうだなー…イチ君。イチ君って呼ぶよ」

 「犬っぽくね?」

 「えーだって好きなのどーぞって言ったんじゃーん」

 犬っぽいってのは否定しねーのかよ。何をそんなに楽しそうに笑ってさ、可愛いんですけど。

 駄目だ、これってまさかまさかの一目惚れ?

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