第3話 決戦、帝国軍

  1


「あ、あいつだ! あいつが俺たちをやった召喚士だ!」

「なんで子供を連れてやがるんだ!?」

「なんでもいい、たった一人でなにができる、手足をもぎとってやれ!」


 帝国軍の兵士たちから、ざわめきが絶えなかった。連中がなにを口にしようと知ったことではないが、いかんせんこのままでは話ができない。


 だが幸い、帝国軍の隊長と思しき人物が「静まれ!」と兵士たちを静かにさせると、俺と話をするためか陣の前に出てきてくれた。


「貴様か、我が帝国軍に刃向かった召喚士というのは!」


「ああそうだ。おまえたちがなにをしに来たか知らんが、今すぐ立ち去れ。この先は孤児院“大地の子の園”が存在するラメルダ村。帝国軍に親を殺された子供たちが大勢いる、おまえたちが訪れることは許さん」


「知ったことか! この余の全ては唯一神たる皇帝陛下のもの。我ら帝国軍はその皇帝陛下の意に従い動いている、孤児など知ったことか! 皇帝陛下の兵を損なった罪、その身で償ってもらうぞ!」


「話し合いは決裂だな。まあどっちでもいい、孤児たちの家族の仇、思う存分取らせてもらおう。顕現せよノームたち!」


 俺はノーム100体を同時に召喚した。現れたノームたちはそれぞれ大きな石を浮かせる。一抱えもあるほどの石が100個も宙に浮かんでいる光景は、想像を絶する。


 帝国兵たちもまた、その光景に恐れをなした。当然だ、あの岩が今後どういった軌道を描くかよく知っているからだろう。


「見ていろジレン。怖くても決して目をそらすな」


 ジレンに言ってから、俺は精霊たちに命じた。「やれ」と。


 雨のごとく――などと形容するのは不適だろう。100の岩が降り注いだのだ、それはたとえて言うなら噴火した火山のごとく――と言ったところか。


「大盾を掲げよ!」


 だが帝国軍もこれは予期していたのか、前列の兵士たちが大盾を構え、壁を作った。


 もちろん大盾で大きな岩を防ぎきれるものではない。いくつかの投じられた岩は盾を壊し、構えていた兵士をまとめて押し潰した。


 だが多くの岩は盾に当たって弾かれた。なにより、大盾に隠れていた弓兵はほぼ無傷だった。


「今だ、矢を放て! 殺せぇ!」


 俺の初撃をしのいだ帝国軍は素早く反撃に移った。もっとも多くの召喚士を殺してきたと言われる武器――弓矢の一斉射撃である。


 放たれた矢は空を覆い尽くすほど黒い線となって俺とジレンに襲い掛かる。もっとも、しのぐのは簡単だ。ノームに命じて《岩の盾》の術を行使する。俺の周囲を岩の壁が多い、飛んできた矢をすべて弾く。


「隠れたぞ! 今だ、距離を詰めろ!」


 数え切れないほどの兵士たちが前進を始める。弓矢で牽制しつつ接近戦に持ち込むというのは、召喚士と戦う最善の手段だ。さすが王国と7年戦争している軍勢だけあって、手慣れている。一度守勢に回った召喚士が攻勢に転じるのは難しいと知っているのだろう。


 普通の召喚士相手ならばその戦い方でよかっただろう。普通の召喚士相手ならば。


「ジレッド、まずいよ! どうするの!?」


 こちらの攻撃は大して打撃を与えられず、それどころか今は岩の壁の中に閉じ籠もっているだけである。ジレッドが不安に思うのは仕方ない。


「大丈夫だ、対処方はいくらでもある」


 特殊な精霊の力を使ってもいいが、今は地水火風だけで済ませた方がジレンの勉強になるだろう。俺は風の精霊シルフを100体召喚し、《岩の壁》を解除すると同時に強風を吹かせた。


 飛んでくる矢を吹き流すと同時に、兵士たちの足を止める。


 岩を受け流すことができた大盾も、強風の前で掲げ続けるのは困難だ。まるでアリの行列に水を流すがごとく、兵士たちがころころと地面に転がる。かろうじて立っている兵士たちも、数人がかりでどうにか大盾を支えるのが限界という状態だ。


「なんだこの風は! あ、歩けねえ!」


「信じられん、なんだあのシルフの大群は!?」


「ゆっくりでもいい、距離を詰めろ! 風を吹かせてる間はヤツも攻撃できんはずだ!」


 兵士たちの慌てる様子が手に取るように分かる。さすがは歴戦の帝国軍、風にも負けずゆっくりと前進を続ける。


「誰がノームとシルフを同時に召喚できないと言った? 顕現せよ、ノームたち」


 再び100体のノームを召喚する。


 大盾にしがみついて前進している兵士たちの顔が、見事なまでに絶望一色に染まった。強風に耐えるだけで精一杯だというのに、この状況で岩の雨が降ればどうなるか。


 もちろん、俺は試してやった。


「やれ」


 轟音を立てて岩の雨が降り注ぐ。風に乗って勢いを増した岩は、今度こそ防ぎようがなかった。兵士たちを大盾ごと吹き飛ばしていく。


 すかさず俺は第二射、第三射を放った。敵は数千なのだ、100体のノームに十回以上岩を振らせてもまだ足りないのだから。


 兵士たちにできることは、もはや押し合いへし合い、我先にと逃げ出すことだけだ。もっとも雨あられと降り注ぐ岩をかわせるかどうかは、すべて因果律の采配次第である。


 一番運のよかった兵士たちは、無傷だった。次に幸運だったのは、即死した兵士たちだっただろう。頭かそれに近い部位を岩に潰され、苦しむことなく死んだからだ。


 運が悪かったのは、岩やその破片によって体の一部を失った者たちだ。彼らはさっきまであったはずの自分の手足の変わり果てた姿を見て、痛みを感じるより先にまず絶叫した。


「ひっ……」


 腕の中でジレンが身をよじった。多くの人が潰れていく光景は、大の大人であっても正視できるものではないだろう。


「目を逸らすなジレン。こうしなければシスターやティアナたちがもっとひどい目に遭わされるんだぞ。必要ならおまえも同じことをする覚悟を持て」


「う、うん……」


 体を震わせながらも、ジレンはその目を逸らそうとはしなかった。


  ◆◆◆◆


 第三方面軍を率いるフレーデン将軍は、自軍の惨状に慌てふためいていた。

 数え切れないほどのシルフとノームが、前衛の部隊を散々に吹き飛ばし、押し潰している。しかも敵と思しき召喚士はたった一人しか見当たらない。


「アリアス! 召喚士の部隊がいるという話はどうした!? 見たところ召喚士は一人しかおらぬではないか、この平野では隠れるところもないというのに!」


 同じ召喚士であるアリアスも、動揺を隠さなかった。


「あ、あり得ませぬ。同じ属性の精霊は3体契約できるだけでも10年に一人の逸材と呼ばれるほど。あれほど無数の精霊をたった一人で制御するなど絶対に不可能、間違いなく他の召喚士がいるはず……! そ、そうか、まさか地面の下では!?」


「なんでもよい、早く対処せよ! このままでは被害が広がるばかりではないか!」


「承知いたしました、我らが出ますのでご安心を」


 帝国軍第三方面団は慌ただしく動き出した。前衛の兵士たちは後退命令が出たことを知ると、岩の雨が降る中、怪我人を放り出して後ろに下がった。


 代わりに前に進み出たのは、アリアスが率いる召喚士部隊である。その数50人。もっとも、重要なのはアリアス含む20人だ。残りは補助であり、彼らはシルフとノームを呼び出して強力な向かい風に裂け目を作り、さらに《岩の壁》を作って襲い来る岩の雨からアリアスたちを守った。


 謎の召喚士も状況が変ったことを悟ったのだろう、ようやく岩の雨と強風を止めた。


「ほう、召喚士部隊が出てきたか」


 男は言った。見た感じ、20代前半と言ったところだろう。なぜか子供を片腕で抱えている。その理由を問いただす気にはなれなかった。


「我が名は帝国軍第三方面団召喚士部隊隊長アリアス。貴様も名乗れ、名前ぐらいは知っておきたい」


「ジレッドだ。まあ無理に覚えてもらう必要はないが」


「ではジレッド。貴様が無数の精霊をあたかもたった一人で召喚したように見せかけていることは分かっている。他の召喚士どもはどこだ? 大方、地面の下にでも潜んでいるのだろうが」


「他の召喚士? 地面の下? なにを勘違いしてるかは知らんが、俺は一人だ」


「ふん、まあとぼけるとは思っていた。まあいい、ならばまとめて叩き潰すまで! 感謝するがいい、おまえは帝国の秘密を知ることができるのだからな!」


 アリアスは後ろに控えていた19の召喚士に合図を出した。20人同時に目を閉じ、魔晶石の付いた腕輪を構える。


 優秀な召喚士は数十、ことによると数百の歩兵に匹敵する。それゆえすべての国が召喚術を研究しているが、軍事がすべてに優先される帝国においては、より攻撃的な召喚術の研究が行われていた。すなわち、上位精霊の召喚である。


 サラマンダーの使い手が一万人いようと、火の上位精霊であるイフリート一体には適わない。上位精霊の使い手を各軍団に配備できれば、戦場で大きく優位に立てるのだ。


 だが上位精霊との契約は難しい。召喚士になれるのは1000人に一人と言われるが、その中でも上位精霊と契約できるのはさらに1000人に一人いるかいないかという有様だったからだ。


 そこで帝国では、より容易に上位精霊を召喚する術を編み出していた。


「偉大なる大地の精霊よ! 大地を支えし強靱なる巨人よ! 今こそ契約に基づき我らに力を貸したまえ!」


 三人で同時に詠唱を行う。続いて鏡に反射する光を一つに集めるがごとく、アリアスたちは魔晶石を通して地面の一点を見つめた。


「やるぞ、統合召喚だ! 出でよ大地の巨人!」


  2


「ジレッド、なにか地面の中から出てくるよ! すごいおっきい人みたいなのが!」


 ジレンは驚きを隠さなかった。当然だ、地面を割りながら城よりも大きい巨人が出てくる光景を見れば、驚かない者はいない。


 このとき驚いたのは俺も同じだった。


「まさか20人がかりで上位精霊を召喚するとは……!」


 複数人で精霊を召喚する。まったく知らない技術だ。素直にすごいと思う。


 間もなくタイタンがその巨大な頭部を現す。そして肩が現れ、腕が現れ、強靱な胸が生まれたところで――召喚が止まった。


「……ん? 胸から上だけ?」


 現れた大地の巨人は、まるで子供の作った落とし穴に落ちた大人のごとく、胸から上の部分しか見えなかった。


「はぁ、はぁ! ふ、ははははは! これぞ大地の巨人タイタン! 貴様がノームを100体呼ぼうと決して勝てぬぞ!」


 上位精霊召喚の影響だろう、敵の召喚士は大きく精神力を消耗しつつも、自信満々に言ってのけた。どうやら本当に召喚はここで終わり――つまり胸から上までしか召喚できないらしい。


 もちろんそれだけでも脅威ではある。その強大な腕があればどんな城郭も容易に破壊できるし、どんな投石機より強力な投石が可能だ。下位精霊であるノームの攻撃は一切効かないし、他の下位精霊で撃退するのも困難だろう。


 帝国軍の強さの一端が垣間見えた気がした。帝国の召喚術研究所では、いかに召喚術を軍事に用いるかという研究が行われているらしいが、これがその成果なのだろう。多人数で力を合わせ、限定的に上位精霊を召喚する方法など、俺にも想像がつかなかった。まああまり俺の興味を惹く技術でもないが。


「やれタイタン! 帝国に手向かう者に容赦は無用、地面ごと叩き潰せ!」


 敵が呼び出したタイタンは、ゆっくりと手を振り上げた。それが振り下ろされるが最後、俺もジレンも原型を留めないだろう。


 もちろん黙って見ている必要はない。俺もまた魔晶石の腕輪を掲げた。魔晶石を通して大地を見つめ、それを媒体としてある精霊を呼び出すべく詠唱を行う。


「顕現せよ、大地の巨人」


 再び地面が揺れ、そして割れた。俺とジレンを叩き潰すはずの巨大な腕は、同じく地面を割って出てきた別の腕によって防がれた。


 もっとも、俺の召喚したタイタンは胸から上までだけではない。敵のタイタンの腕をそのまま押しのけ、両足で大地に立つ。


「馬鹿なあああああ!? 上位精霊の完全召喚だとぉ!?」


 二体のタイタンのせいで見えないが、アリアスという召喚士の悲鳴が聞こえた。


 完全召喚なんて初めて耳にした単語だ。むしろ部分的に召喚できる方が珍しいと思うのだが、帝国ではそうでもないらしい。


「やれ、タイタン」


 俺の意に応じ、タイタンが大きく右足を振り上げる。

 敵のタイタンも両腕でなんとか防ごうとしたが、胸から上までしか召喚されてなくては重量も体勢もなにもかもが不利だ。俺のタイタンは、腕ごと頭を踏みつぶした。


 一定以上の打撃を受けたためだろう、敵のタイタンが消える。残されたのは悠然と大地に立つ俺のタイタンだけだ。


「ま、まさか!? 私のタイタンがやられたというのかああ!?」


「ア、アリアスさま! 逃げましょう、あいつは化け物です!」


 彼らは適切な判断をした。すぐさま背を向け、逃げ出したのだ。彼の部下も当然のようにその判断に従う。


 俺は彼らを見逃す理由を考えてみた。逃げるなら見逃してやってもいいのではないか――と。だが、連中は放っておけばまた生きるために略奪するだろう。だったら生きていない方がいい。


 結局、俺はタイタンに命じた。


「逃がすな、やれ」


 タイタンがゆっくりと地面にその巨大な手を差し込んだ。そして信じられないほど大量の土砂をすくうと、背を向けて逃げるアリアスたちに投げ込んだ。


 それで終わりだった。アリアスたちは悲鳴を上げたのかもしれないが、地面の中に埋まっては聞こえない。というかあれほどの土砂が降ってくれば埋まる前に潰れるだろうが。


 構うことなく俺はタイタンに第二、第三の土砂を投じさせた。それは帝国軍の戦列に次々落下していく。


 あっという間に帝国軍は大恐慌に陥った。もはや指令が出るまでもなく、兵士たちは武器や大盾を放り捨てて逃げ帰っていく。


「すごいやジレッド……。勝った、勝ったんだ……!」


 俺の腕の中でジレンは複雑そうだった。どうにか笑顔を浮かべようとしているようだが、歯の根がかたかたと震えている。無理もない、皆の危機を乗り越えた一方で、辺りは文字通り死屍累々、絵に描いたような地獄なのだから。


「ああ、もう大丈夫だ。おまえもよく頑張ったな」


 ジレンの頭を撫でてやると、多少震えが収まる。それにしても、何百あるいは何千にものぼるであろう死傷者の処理を一体どうしたものか。


 とにかく、今優先すべきはジレンやシスターたちを安心させることだ。俺はジレンを抱いたまま飛翔し、孤児院へと戻った。


  ◆◆◆◆


「な、な……。なんなの、あの人……!」


 このときラメルダ村に目を向けていたのは、帝国軍だけではない。帝国軍の先遣隊が何者かに壊滅させられたとの報を受けた公国軍もまた、この地に多くの間者を送り込み、情報を収集しようとしていた。


 そんな間者の一人が、オルクスという女性の精霊騎士であった。もっとも、今は男の旅装をしているので女には見えなかっただろう。女の身で帝国軍に捕まればどんな辱めを受けるか分からないからだ。万が一の場合は懐刀で自刃して果てる覚悟だった。


 そんな危険な地域に潜入することはもちろん嫌だった。そもそも誇り高き精霊騎士が間者をすることにも抵抗があった。


 だが主君たるグラストル大公の命令とあっては仕方がなかった。大公は、正体不明の召喚士を探し出すために全力を注ぐとの方針を掲げたのだ。


 ただ、幸いというべきか危険を冒した価値はあった。間違いなく歴史に残るであろう究極の戦いをこの目で見ることができたのだから。


「信じられない。たった一人の召喚士が数百の精霊を同時に召喚して、数千の軍勢を蹴散らすなんて……!」


 オルクスは精霊騎士、すなわち召喚士でもある。数百の精霊を同時に召喚することが、どれだけ桁違いの偉業かよく分かっていた。それはあまりに衝撃的な出来事で、未だに自分の胸が高鳴るのを感じていたほどだ。


 公国の騎士として直ちに彼に接触し、協力を依頼すべきだった。それにオルクス自身、彼に興味があった。


 幸い、彼が向かった方角は分かっている。ラメルダ村という小さな農村である。

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