第4話 因果律の結論
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孤児院に戻った俺は、少々派手に戦い過ぎたことを反省した。特に、タイタンを呼び出したのはまずかった。
なぜなら――戦場から離れた孤児院からでも、そびえ立つタイタンの姿は容易に見えたからだ。あんな巨人を子供たちが見たらどうなるか。
「ねえねえジレッド! あれジレッドが呼び出したの!?」
「すっげー! ジレッドすっげー!」
「あれ出して! あの巨人もいっかい出して! ねえ!」
もみくちゃにされた。なにせ50人近くも孤児がいるので限りがない。
「ジレッドすごかったんだ! たくさんの岩をざーっと降らせてさ!」
火に油を注ぐがごとく、ジレンも俺の戦いぶりを吹聴する。
「いい加減にしなさい、あなたたち! ジレッドは大変な仕事して疲れてるんだから! さあ、もう夕ご飯の時間でしょう、食堂へ行きなさい!」
子供たちをどうにか制御してくれたのはシスター・ノアである。
「助かったよ、シスター」
「あなたこそ、ご苦労様。本当に帝国軍を追い払っちゃったのね。すごい召喚士だとは思ってたけど、あんなにすごいとは思わなかったわ……」
「そうでもない。子供を立派に育てることに比べればな」
「そう。そうかもね、それでこそジレッドだわ」
俺たちも子供たちを追って孤児院に入ろうとする。
馬が近づく音がしたのはそのときだった。
すわ帝国軍の残党かと俺は振り返り、シスターも足を止める。馬に乗った旅人がこっちに向かってきていた。
「……誰か来るわ。帝国軍かしら?」
「さっき追い払ったばかりだ、さすがに違うと思うが」
少しでも敵意を見せれば問答無用で攻撃するつもりだったが、その旅人は孤児院の門の前で馬を止め、どこかぎこちない歩き方で武器も持たず入ってきたので手出しする気にはなれなかった。
そして俺とシスターの前までくると一礼する。やけに小綺麗な旅装の若い男だ。いや、雰囲気はどこか中性的で、ひょっとすると女かもしれないが。
「お、お初にお目にかかります、わたしはオルクスと申します。今はこのような格好をしておりますが、この国を治めるグラストル大公閣下にお仕えする精霊騎士の一人です」
緊張でもしているのか、妙に畏まった態度だった。少なくとも敵というわけではなさそうだ。
「そうか。俺はジレッド、こっちはこの孤児院を預かるシスター・ノアだ。それでこの国の騎士さまが、一体何の用だ?」
「ジレッドさま、と仰るのですね。わたしは大公閣下の命を受け、この地を偵察しておりました。それゆえに見ていたのです、あなたが数百もの精霊を……巨人をも召喚して帝国軍を追い返したところを」
「そうか。それで?」
「大公閣下はこの地の動向に深く注目しております。今回のこの勝利を報告すれば、さぞお喜びのことでしょう。そこで私と一緒に是非大公閣下に会って頂けないでしょうか。我が国はあなたのような勇士を必要としているのです」
「断る、今忙しいんだ」
「は?」
断られるとはまったく思ってなかったらしい。オルクスという精霊騎士は目を白黒させた。
「な、なぜ断られるのですか? これほどの名誉を……」
「いや別に名誉なんざまったく興味ないからだ。用はそれだけか? じゃあ帰ってくれ」
「ちょっと待ちなさいジレッド」
俺を制止したのはシスター・ノアであった。
「断るにしても言い方ってものがあるでしょう。相手はわざわざあなたに会いに来たんでしょう? 子供たちの手本にならないことはしないで」
「……まあ確かに」
ぐうの音も出なかった。《過去転移》を何度繰り返してもシスターには適わない。
「分かった、理由を言おう。今忙しいんだ。これから50人分の子供の夕食と後片付けが待ってるし、さっきの戦場には山ほど死傷者が残っている。今のうちに対処しておかないと屍毒が出かねないからな」
「こ、子供の世話、ですか?」
「そうだ。ここは孤児院だぞ、当然だろう」
「わ、分かりました。では人を手配いたします。こちらとしても捕虜は欲しいところですから、戦場の処理をお手伝いさせてください。ただ……その代わりと言うつもりはありません、どうか大公閣下にお会い頂けませんか」
こうも下手に出られては俺としても断りづらかった。
「仕方ないな。分かった、会ってやってもいい。だがそれなら大公がここに来るのが筋ってもんだろう。帝国軍が存在する以上、孤児院を留守にはできないしな。そうだ、そのときは是非手土産として子供用の衣服でも持ってきてくれ。不足してるんだ」
「ちょっと待ちなさい」
シスターがまた俺を制止した。俺の言動がまだ失礼だと指摘するのかと思ったら、違った。
「そういうことなら野菜もお土産に持ってきてくれないかしら。麦はあるけど、野菜がだいぶ不足してるのよ」
「……まあそれぐらいなんとかしてくれるだろう、相手は大公だし」
「あとミルク用の山羊も欲しいわ、それに鶏も。やっぱり子供の成長には卵が一番よ。そうだわ、毛布もそろそろ在庫が尽きるのよ。ただでさえ古いものばかりだし」
「お、おいシスター。さすがに図々しくないか?」
「そんなことないわよ、この国の未来を担う大勢の子供たちのためだもの。この国を治める人なら、躊躇する理由はないはずよ」
かつて俺を一人で育てただけあって、こういうところは実にたくましい。
「……なんとかなるか?」
「しょ、承知いたしました。すべてのご希望に添えるかは分かりませんが、大公閣下には必ずお伝えいたします。それでは失礼いたします」
オルクスと名乗った騎士は、頬を震わせながら俺たちに背を向けた。恐らく笑いを堪えていたのだ。俺だって笑いたくなる。
「なんだかすごいことになってきたわね」
二人だけになると、ぽつりとシスターが呟いた。
「この孤児院も日に日に人が増えて。帝国軍をあなたがたった一人で追い払って、大公が会いに来るって言い出して。歴史が動いてるって、こういう感じなのかしら。それがあたしのすぐ傍で起こってるなんて信じられないけど」
「ああ、そうだな」
歴史が動いてる。シスターに言われると、今更ながらに俺もそんな実感が湧いてくる。
俺はこの地にやってきた帝国軍を薙ぎ払った。本来の歴史ならば、この地域一帯を長期間占領することになる帝国軍の大軍勢だ。一国を治める大公が会いたいと言い出すほどの大事である。
ただでさえ、今回の歴史で俺が殺した帝国兵は一体何千人に上るだろうか。これほど歴史に影響を与えるようなことをしでかしたことはまだ一度もない。
一方で、俺は因果律が存在することを知っている。時空の精霊クロノスや始原の神霊の証言もあるし、俺自身も因果律の仕業と思しき現象に何度も遭遇している。
にもかかわらず、俺がどれだけ歴史を改変するようなことを行っても、一切因果律の修正らしき現象がないのはなぜか。
それは以前からずっと抱いていた疑問だ。たとえば以前、俺は帝国の要塞を破壊したことがあった。人への被害は極力減らしたから因果律による修正はなかったのでは――と考えていたが、そんなこともないだろう。
俺は《過去転移》を繰り返しており、未来はまだ確定していないから――とも考えたこともあった。だがそれも違うだろう。時空の精霊クロノスは言ったではなか、彼女にとっては昨日も明日も今日も同じものだと。そう、世界の時間軸は一本の線でできており、過去も未来も現在もすでに確定している。だからこそ因果律は過去の改変を許さない。
ただ、俺は薄々その答えに気付いていた。すべての謎を解く答えが一つだけあるのだ。
ヒントは始原の神霊がくれた。あの神霊は、当初俺との契約を拒んだ。矮小な人間に過ぎた力を与える理由はないと。
だがどういうわけかすぐ考えを改め、契約してもいいと言い出した。
『今ならばさして意味がないゆえに。我らとて戯れを好むのだ、人間よ』
今なら意味がない。始原の神霊と契約しても、その力が使いこなせない――という意味ではない。ではなぜ今俺に力を与えても意味がないと言ったのか? なぜ俺は歴史を自由に改編できるのか?
答えは最初から与えられていたのだ。時空の精霊クロノスに。
『すべては因果律次第だよ。歴史に大した影響が出ないと因果律が判断すれば、どんな有名な王だって簡単に寿命は縮められるだろうとも』
死ぬ運命が少し早くなったぐらいでは、因果律による干渉があるとは限らない。つまり、結論はただ一つ。
「この世界は、滅ぶのか」
「え? ジレッド、なにか言った?」
独り言ゆえの小声だったためか、シスターには伝わらなかったらしい。
「いや、なんでもない。些細なことだ」
そう遠くない未来のうちに、この世界は消滅する。誰もが死ぬ。そう考えるとすべての辻褄が合うのだ。
仮に世界の消滅が数十年だとしよう。エルフの研究者ファノメネルによれば、この世界ができてからすでに数十億年という信じられないほどの年月が経っているらしい。仮に10億年の歴史があったとすれば、最後のたった数十年の歴史なんてまばたきを一度する程度のことだろう。
だからこそ、因果律は過去改変を繰り返す俺を放置しているのではないか。最後にまばたきを一度する程度の歴史がどうなろうがどうでもいいと判断して。
だが、もちろん世界が消滅するとして、それを受け入れられるほど俺は寛容でも世捨て人でもなかった。シスター・ノアと、子供たちが笑顔で暮らす。そんな世界こそが正しいのだ。
もっとも、いかなる現象で世界が消失するのかも分からない以上、対抗策など思い浮かばない。それでも、一つだけできることがある。戦力を増やすことだ。その時間があることも分かっている。
俺が初めて《過去転移》したのはフェロキア暦218年のことだ。それ以後何度も《過去転移》したが、どんなに遅くてもフェロキア暦218年までにはジレンと融合して《過去転移》を行った。《過去転移》するとジレンが育つまで17,8年ほど待たねばならない。そのときの肉体的な年齢は30代半ばとなり、多少なりとも老いを覚悟しなければならないからだ。死んだら終わりである以上、そういった危険はできるだけ回避したい。
つまり少なくともあと10年は世界が消滅することはないと、俺は知っている。10年。それは子供が成長するに十分な時間だ。
俺は今ジレンを育てている。同じように、今シスター・ノアのもとには多くの孤児が集まっている。無限の可能性を秘めた子供たちだ。彼らに最高の教師と最高の教育環境を整えることができれば、来たるべき世界の消失に備えられるかもしれない。
「さあ、いつまでも呆然としてはいられないわ。ジレッド、夕ご飯の時間よ」
「ああ。大量の後片付けが待ってるもんな」
未来になにが待っているのかは知らない。世界の消滅という予想も、俺の思い込みに過ぎないのかもしれない。
だが――必要とあれば、因果律をも越えて世界の消滅を阻止する。シスターと共に孤児院に戻りながら、俺はそんな決意を固めていた。
世界を救うのは子育ての後で ~過去の自分を最強に育て上げた召喚士、孤児院の護り手となる~ 師走トオル @December
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