第15話 正体を打ち明ける

 最後の三日間、拓人たくとは十分に休息はできたが家族と楽しい日々を送る事はできなかった。

 何故なら家族に、拓人に対しての体調や行動に疑心を抱いていたのだ。

 特に妹である真紀奈まきなは毎日隠れて拓人の行動を観察していた。

 真紀奈の疑いの視線は当の本人である拓人も気付いている。


「なあ、今日はお兄ちゃんと、どこかに出かけないか?」

「行かない」


 昨日と二連続。まさかの拒否に拓人は驚きその場で立ち尽くす。

 いつもなら喜んで了承するのに、ここ二日間の真紀奈はいつもと態度が違う。


「そうか。俺は可愛い妹と一種にデートをするのがとても楽しみだけどな」


 軽蔑けいべつする眼差しで、とんでもない一言を真紀奈は口走る。

 

「気持ち悪いんだけど」


 妹に気持ちが悪い、と言われるのは正直、腹が煮えくりかえるほど、怒りを覚えてしまう。

 

「どうしたんだ。いつもなら喜ぶのに。具合でも悪いのか?」

「お兄ちゃん、私たち家族に隠さないといけないことでもあるの?」


 拓人は一瞬目をそらす。その瞬間を見逃さなかった真紀奈は眉をつり上げる。


「ほら、やっぱり! なにか隠し事がある時は、いつもそうやって目をそらすよね! お母さんやお父さんには言わないから、私に話して!」


 このことは口外したくはない。もし口外してしまったら、きっと今まで通りの家族との生活には戻れない。

 拓人の心の中ではまるで渦を巻き起こしている台風のように乱れていた。


「……ごめん。おまえには言えないことだ」


 すると真紀奈は思いがけない事を口走る。


愛萌めめ先生と関係があることだよね。それとのことも」

〈違う!!〉


 拓人の目が大きく見開き出す。


「やっぱり、お兄ちゃんは嘘が下手ね。もしここで本当の事を打ち明けなかったら、今から愛萌先生とブライダルの社長のところに行くからね!」


 この現状に拓人の頭は大混乱を起こす。

 愛萌の所に向かうのは構わないが、伯爵のところに行かせるのは絶対に反対だ。

 もう正直に自分に起きている事を打ち明けるしかない、と思い拓人は目の前で怒ってる真紀奈に口を開く。


「今から言うことは誰にも口外はするな。その約束ができるなら、真紀奈にこれまで起きた出来事を包み隠さず話すから」

「――わかった。大好きなお兄ちゃんの言うことは絶対に守る」


拓人は大きく口を開けた。その口の中を見た真紀奈の表情が、一気に豹変する。


「お兄ちゃん……その犬歯、一体どうしたの!?」


 恐る恐る拓人の犬歯部分をのぞき込む。

 じっと覗き込んでいた真紀奈にさらに驚愕きょうがくさせる事実をもう一つ見せる。


「真紀奈。もう一つ俺の体に変わった箇所があるんだ」

 

 拓人は両目につけている黒のコンタクトレンズを外し、深紅の禍々しい瞳を牧内見せつけた。


「えっ! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ――目が赤い!!」

「さっきまで黒かった瞳はコンタクトレンズで、本当の瞳の色は赤くなっているんだ」

「どうして! 一体お兄ちゃんの体はどうしちゃったの!?」

「実は、今の俺はなんだ」


 拓人は吸血鬼になったことを打ち明けた。吸血鬼の王に遭遇し、襲われた事や、愛萌との協力で吸血鬼の王の居場所を調査したり、真紀奈を使って吸血鬼の王が拠点とするブライダルの偵察など、包み隠さず話した。

 真紀奈の拓人に対する好意を利用したことを話したとき、今まで見せた事ない表情を向けてきたときは、正直驚いた。

 

「明日。吸血鬼たちが集まる晩餐会に襲撃を仕掛けるつもりだ」

「……襲撃するっていうことは、?」

「…………ああ。最悪の場合は死ぬ」

「そんなの無理に決まっているでしょ!! 私は認めないんだから!!」


 真紀奈は今までに怒った事のない憤怒ふんどな表情を見せせた。


「俺は吸血鬼にさせた伯爵とケリをつけたいんだ、いくら止めようが無理だ」


 すると突然空気を切るような激しいビンタが、拓人の頬が真っ赤に染め上げた。


 真紀奈の瞳から大量のしずくが落ちてき、やがて声を立てて泣き叫ぶ。

 両親がいなかったことがさいわいだった。万が一真紀奈の泣き声で両親が来たらもっと複雑になっていたかも知れない。


「イヤだ! イヤだ! お兄ちゃん行かないでよ!」


強く抱きしめてくる真紀奈を力尽くで解き、拓人は優しく言葉を掛ける。


「死にに行くわけじゃない。俺は必ず伯爵と決着を付けて元の人間の姿に戻るんだ」

「……ほっ、ほんと? 絶対、無事に、帰って、これるって、約束、できる?」


 嗚咽おえつを吐きながら、涙でグシャグシャの顔を上目遣いで見つめて真紀奈は喋る。


「心配するな。約束する」

「もし、約束破ったら私も死んであの世でお兄ちゃんを呪い続けるんだから」


 背筋がゾッとするように拓人は身震いした。この妹の事だから必ずやるに違いない。

 吸血鬼より立ちが悪い、と思いながら拓人は今まで伝えることができなかった事実を妹に打ち明けて気持ちが軽くなった気がした。

 真紀奈を悲しませないようにと心に決意をするのであった。

 


 陽が暮れ、人通りが寂しくなった頃、時刻は十時を過ぎていた。

 拓人は明日に向けて早めに就寝する事にし、ベッドに入る。

 今こうしている時も、吸血鬼たちはどこかで罪もない人間たちを襲っている、と考えてしまうとぐっすり寝付けない。


 寝付きが悪い時、部屋のドアが軽くノックする音が聞こえてきた。


「誰だ?」

「お兄ちゃん……入ってもいい?」


 ノックの正体は真紀奈だった。


「どうした真紀奈?」


 ドアを開け、寝間着姿の真紀奈が入って来た。


「今夜だけ一緒に寝てもいい?」

「…………いいぞ」


 寝るという言葉は普通に受け取ってもいい言葉なのか、それとも卑語ひごと受け取るべきか、正直この妹に対して疑いを感じてしまう。


 けれども、明日は妹と過ごすのが最後になるかも知れないので、仕方なく一緒に、に寝る事にした。

毛布を広げると、猫のように飛び込み、拓人のふところに潜り込む。

 正直、襲ってくるんじゃないか、と考えてしまうが明日の件もあるので真紀奈を信じてぐっすり寝息に着く事にした。


  

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